010
「お……すげぇな」
洞窟を抜けると巨大な満月が頭上にあった。
「夜ですか」
俺と同じように星が煌めく夜空を見る先輩。システムメニューに表示されている時間を見れば夜ではないはずなのだが、空は夜空だった。煌々と光る月の光で見難いが星も出ている。
異世界特有の日の巡りでもあるのかもしれないが、考えても意味は無いことだろう。夜は夜なのだ。
「あと、雪だな」
周囲には雪が積もっていた。純粋に寒いぞここ。
寒さから制服越しにだが、少しだけ腕を擦る。
「雪ですね。……いえ、これはむしろ」
クリスマス? なんて言葉が先輩の口から溢れる。
俺もそれは感じていたことだった。2人で周囲を見る。
足元を見れば岩ではなく土の地面だ。草も生えている。また、むき出しの土が道の形をし、先へ先へと続いていた。
要はこの先を進めということだろうか。
未知のエリアだ。少しの不安もあるが、道の脇に生えている草花は岩ばかり見ていた最近からすればなんとなくほっとするもので、嬉しくなってくる。
しかしそれらには白い雪が降り積もっていた。
元の世界じゃ今頃7月だぜ? なんて思いながら、地面に膝をついて白い塊を手に取ればきんとした冷たさが伝わってくる。ああ、これは雪だなぁ。
そして、道の脇から見える森にはなぜかクリスマス風に飾り付けられた木々が見えて、なんとも奇妙な気持ちにさせられるのだ。
「あら? こちらはここまでですか」
道から外れて森の方に向かおうとした先輩が途中で止まり、宙空に手を突き出していた。
「そういうルールがあるのかもしれない……ですね」
何か壁でもあるのか、そこから先には手も足も進んでいない。
と、先輩が地面にかがみ込む。手を差し出した先は地面に生えた謎の草花だ。
そしてぷちり、とそこそこ背の高い葉っぱをちぎる先輩。なにやってんですかと声をかけるも、先輩はむしゃりとそれを口にした。
「先輩!? ちょ、何やってんすか」
「地球の、いえ、元の世界で見たことがある植物に似ていたもので」
ぺろ、と舌の上に葉の断片を載せた先輩は「しびれはないですね」と呟いてぺっと吐き出している。
「少しとっておきましょう」
せっせせっせと地面の葉っぱを摘み取っている先輩はそれをアイテムボックスに入れて首を傾げた。
「アイテム化してますね。朱雀草、ですか」
マジで? うそぉん、と先輩の横からステータスを覗き込む。
名称:朱雀草
レアリティ:『N』
効果:最大HP+30《8時間》 空腹度回復(微)
説明:野草。微々たる効果だが肉体を強化する。
「えぇ……これアイテムかよ」
野草は料理に使えるのでいろいろ欲しいですね。と道を進んでは脇の草を摘み取っていく先輩。
「料理って、ぇぇ……」
草食うのか。つか、食わされるの俺か。
「お肉だけじゃ栄養が偏りますからね」
栄養もクソもここじゃ肉体が衰えることはねーんだけどな。
そうして文字通り道草を食べながら俺たちは道を進み、あら、と先輩が宙空を見た。
――バトル、スタート
自動的に前衛であるフレンドシャドウの御衣木さんが前に出て杖を構え、俺もぴりりとした空気の変動に手の中の剣を強く握った。
現れる5羽の炎の鳥たち。
道中戦闘2。通常戦闘空間に入ったのだ。
◇◆◇◆◇
目の前で風魔法によって切り刻まれるモンスターたち。
4戦目の戦闘が終了し、俺は小さく息をついた。楽勝であろうとも、戦闘を行ったことで精神に疲労が溜まっていく。
(休みてぇ、でも先輩平気そうだしなぁ)
ドロップ画面を見ている先輩は頬に手をあてながら「見てください。またお肉が落ちました」なんて呑気に言っている。
もう俺は前衛には立っていない。こちらにターンが回ってくれば先輩の攻撃で戦闘は終わってしまう。だから、奇襲で喰らうダメージはシャドウ御衣木さんにまかせていた。彼女のHPは俺と比べれば倍以上あるから1ターン程度猛攻を受け続けても死ぬことはない。ならば俺が前衛に立つことは痛いだけで無意味だったからだ。
(そして、わかったこと。戦闘型の高レアリティはやべぇ)
本当にやばい。なるほど、『ステータス』が周知されてからあっという間にSRレアリティ以上の連中が『始まりの洞窟』から消えた意味がわかってくる。
ある程度の強さを持った連中は弱いエリアには留まれないのだ。そもそもが。
進み、攻撃するだけで敵が勝手に死んでしまうなら、もはやどうあっても進むことしかできなくなる。
とどまる理由がないならなおさらだった。
「ほら忠次様『朱雀卵』ですよ」
ドロップアイテムの中から新たな食材アイテムを見つけたのだろう。ほにゃ、っと笑った先輩が素材情報の表示されたウィンドウをこちらに向けてくる。
名称:朱雀卵
レアリティ:『HN』
効果:最大ATK+100《8時間》 空腹度回復
説明:朱雀の卵。食べることで肉体を一時的に強化する効果がある。
先程の『大朱雀』か『小朱雀』が落としたものだろうか? 俺のドロップアイテムには入っていない。今回の俺のドロップは『大朱雀の魂』や『朱雀肉』『朱雀剣』などだ。
「戻ったらこれでゆで卵でも作ってみましょうか?」
「鍋がないじゃないですか。先輩」
苦笑して言えば、愛があればなんとかなります。と言う先輩。先輩、それは愛でなんとかなるレベルじゃないと思うなぁ。
さて、4戦目を迎えて、このエリアについてもわかってきたような。そんな感じがある。
このエリアのドロップアイテムで思考の材料が揃ってきたのだ。
もっとも素材アイテムに関しては膨大に種類があるのでドロップしきっている感はないが、一応2人で集めて確認してみたところ、傾向は掴めたと言っていいだろう。
(これは、ソーシャルゲームでいうところのイベントエリアって奴だな)
ドロップアイテムからわかったことだった。
まず、装備類が『朱雀剣』『朱雀弓』『朱雀短剣』『朱雀魔杖』『朱雀錫杖』。
ちなみに魔杖は魔法使い用の武器だ。ステータスは以下になる。
名称:朱雀魔杖
レアリティ:『HN』 レベル:1/30
HP:+30 ATK:+50
スキル:火属性強化(小)
効果:火属性攻撃の威力を1.2倍にする。
説明:燃える神鳥の名を冠した魔杖。
この杖についているスキルは火属性(小)ではなく、火属性強化(小)だった。魔法使いは攻撃魔法をスキルで覚えているから、そのためだろう。
ただそのせいか風属性魔法の使い手である先輩には杖の持つスキルは意味のないものになっている。
なお僧侶用の武器である『朱雀錫杖』についているのも『火属性(小)』ではなかった。『火属性強化』でもない。
『ヒートヒール』というスキルである。
名称:朱雀錫杖
レアリティ:『HN』 レベル:1/30
HP:+30 ATK:+50
スキル:ヒートヒール
効果:ATK0.8倍単体回復魔法。対象が火属性スキルを持っているなら攻撃力を小上昇させる。
説明:燃える神鳥の名を冠した魔杖。
ジョブ『僧侶』の回復魔法の最終威力は杖のもつスキルに依存するのだ。
なお、回復魔法に関しては魔法使いと違って本人のスキル枠を使わないためか、魔法攻撃よりも総じてスキルのATK倍率は低く設定されている。『見習い』シリーズを使っていた茂部沢の回復魔法の威力が糞みたいな回復量だったことを思い出すと、0.8倍というのはかなり高めじゃないだろうか?
「ただこれも、先があるんだよなぁ」
先程は気づかなかったが、この『朱雀』シリーズ。進化武器とかいう謎のカテゴリに属している。
いや、謎っつーか。語感でなんとなく意味はわかるし、ここのエリアで手に入る大量の謎素材からも薄々と感じていることではあるのだが。
「進化する武器、か」
いつのまにかステータスに現れていた『武器進化』の項目にあった『朱雀剣』の必要進化素材を見てむぅ、と唸る。
【『朱雀剣』→『朱雀剣・改』《進化不能:朱雀剣のレベルが最大に達していません》
必要素材『朱雀小羽根』×10 『朱雀骨』×5 『朱雀嘴』×3 『朱雀冠』×1 『朱雀の雛鳥の魂』×1】
朱雀剣の進化必要素材を見て、まだ進化は無理だなぁと嘆息した。いや、まずは朱雀剣のレベルを最大にする必要もあるんだけどな。
そして『朱雀嘴』『朱雀冠』『朱雀小羽根』『朱雀大羽根』『朱雀翼』『朱雀大翼』『朱雀の砥石』。これらは魂や肉、卵、武器とは別に俺と先輩がここで手に入れたアイテムの多くだ。
嘴や冠などは進化素材で、砥石については装備用の専用強化アイテムだった。
名称:朱雀の砥石
レアリティ:『R』
効果:装備用合成アイテム。火属性系スキル所持武器合成時経験値量増大。
説明:炎の武器を強く鍛える効果を持つ砥石。
まぁ武器ばっか食わせてたらいつ進化できるのかわからないからな。こういうアイテムがあるのも当たり前といえば当たり前だった。
「なにをみてるんですか?」
「アイテム見てたら、なんとなくこのエリアがわかってきたので。ちょっと確認中でした」
意識しないと気安い口調で接してしまうので、意識して敬語を使いながら、ドロップアイテムの素材ステータスを見ていた俺に抱きつこうとしてくる先輩の額を手のひらで押さえつつ、俺は推測を披露してみる。
ぐりぐりと俺の手のひらに額をこすりつけてくる元和風美人は前進しながら小首をかしげるという器用な真似をしながら口を開く。
「いべんとえりあ、ですか」
「進化する武器とか、妙に過剰にもらえる素材とかゴールドとか経験値とかから考えてって感じですかね」
そもそも背景の森がクリスマス仕様なのだ。どう考えてもクリスマスイベント用のエリアにしか思えなかった。
「ステータスとかゴブリンとか合成とか強化とか掲示板とかからわかってきたことですけど。ゲームにしか思えない、ですよね」
「寡聞にしてそういったげぇむというのはよくわかりませんが、最初の洞窟といささか趣が違うというのはわかります」
あれは本当に道中という感じで、ドロップアイテムもカスみたいなものだった。
こちらはなんとなくお祭り感がある。地面に広がる草にしても、食用のものがあるというのは不思議なことだし。
「まぁ、それはそれとして。たぶん次がボスだと思うんですけど。進みますか? 戦うのは先輩なんでどうするかは任せちゃいますが」
視線の先では道が途切れ、少し開けた場所に接続していた。そこは雪がしんしんと降る巨大なクリスマスツリーの生えている広場だ。
今までの道中という感じの戦闘場所には思えない。ゴーレムと同じように強力なボスが出現する可能性があった。
一応、手に入れた魂で強化を行ってはいるが、勝てるかどうかはわからない。
先輩がいくら強くとも、俺と先輩とシャドウ御衣木さんだけなのだ。俺以外LRパーティーとはいえ3人という限界がある。5人がパーティー限界なのだから、3人(しかも1人はRなら)では当然といえば当然なのだが。
道中が楽勝といえども、ゴーレムと同じくボスだけやたらと強い可能性があれば油断などできはしない。
そんな俺の迷いを知ってか知らずか、先輩は両の手をあわせ、にっこりと笑う。
「判断は忠次様におまかせします」
「どういう、意味ですかね」
「言葉通り忠次様におまかせします、という意味ですが」
額を押さえている俺の手をぎゅっと先輩は手で握る。女性にしては長身の先輩はこうして向き合うと俺と背丈がほぼ一緒になる。先輩の強い視線がぐっと俺を真正面から貫いてくる。思わず目を逸しかけると、先輩がぐっと手を握ってきて、目が離せなくなる。
「わたしもいろいろ考えてみました。広い道。豊富な食料。2人だけしかいない空間。ここでなら、存分に忠次様の『強化』ができると思います」
「……えっと? 『強化』? 俺のレベルのことですかね?」
いいえ、と胸を張るようにして先輩は首を振る。
「ステータスなどというものは所詮ただの数値です。人を鍛え上げるのは才能や努力ではなく、立場ですわ」
何を言っているんだ。この人は。
『強化』なんてステータスに『魂』をぶち込み続けるだけだろ。という俺の意識を、ばっさりとぶった斬るようなことをこの人は言い出していた。
「つまり、どういうことなんでしょうか?」
「それを実感してもらうためにも忠次様。まずはわたしを使いこなしてみましょう」
頭が痛くなってくる。
本当に、何を言っているんだ。この女は……。