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第一話 オンライイン・イヴ

 1622年 (元和8年) 9月10日。


 長崎市、西坂。

 徳川秀忠の治世。豊臣秀吉のキリシタン弾圧の方針を受け継いだ幕府は、55名のカトリック教徒を処刑。

 その中には成年男性だけではなく、女子どもも多数含まれていた。

 世に言う 『元和の大殉教』 事件である。


 荒く削っただけの木の柱にくくりつけられた少女の足元に、役人は火を放った。

 あらかじめ木の根元に油が注がれていたため、一瞬でその火力は爆発的に膨れ上がり、少女の腿の肉を舐め尽した。焦げた皮膚が割れ、白くなった肉が覗く。

 「お月姉ちゃん! わいら、ジュス様 (イエスの意)信じて死んだら、天国にいけるんやなぁ。そやな?」

 隣りで今から同じ目に遭おうとしている弟が叫ぶのが、辛うじて聞こえた。

 否が応でも、耐えられないほどの激痛を、まだ生きている神経が脳に伝えてくる。それでも、最後の力を振り絞って、お月は叫んだ。

 「そんとおりや。おまいら、見とれや! ウチは絶対に戻ってきたるからなぁ! ジュス様が復活されたんと同じように、大いなる力もろて・・・、悪を滅ぼすために、人を幸せにするために・・・」

 お月は、それ以上は叫べなかった。

 炎が頭部に及んだからだ。





 現代 (2007年10月)



 気がついたら、深夜の三時になっていた。

 モニターに集中しすぎていたせいで、目がショボショボする。この時間だから、眠気もそれに拍車をかけていた。和彦は、キリをつけるために、慣れた手つきでキーボードに指を這わせた。



 アーガイル: そいじゃ、もう遅いし落ちるね。明日には、レベル上がりそうだよ!また夜からクラハン (仲間集団で行うモンスター狩り) よろしく〜

 

ももプー : あいあい。ガイさんもお疲れ。明日盟主 (リーダーの意) INしないかもって言ってたから、ガイさんPTリーダーよろ。あ、12時過ぎてるから明日じゃなくて今日かww


 アーガイル: おやすみなさいー


 ももプー : バイバイ♪


 由梨姫  : まったねぃ




 チャットを終えた和彦はゲームを終了させ、すぐ隣りにひきっぱなしになっている布団にそのまま潜り込む。

 ・・・明日は、もうワンクラス上のアイテムが買えそうだ。

 和彦の頭の中は、寝ても覚めても 『オンラインゲーム』 のことでいっぱいだった。

 目覚ましを9時にセットする。

 今年25歳になる彼には仕事もなく、同居している親以外の人間関係もほとんどなかった。

 明日以降の日々もすべて、彼にとっては朝起きてから夜眠るまでがゲームのためにあった。



 和彦は学生時代、ひどいイジメを受けた。

 気の弱い彼は、必然的に登校拒否、そしてひきこもり、とお決まりのコースをたどった。

 一日中家にいて、することが何もない。かと言って、勉強する気など起こらない。

 そこで手を出したのが、ネットゲーム。つまりMMORPG 『多人数同時参加型オンラインRPG』 と呼ばれるものだ。自分のキャラクターを好きな容貌に作り、職業 (戦士か魔法使いか、弓使いかヒーラーか) を決める。

 そして、広大なゲーム世界の中で、モンスターを倒したりしながら冒険をする。経験値を稼ぎ、レベルを上げて強くなっていく。強くなればゲーム内貨幣 (モノを買える) が沢山稼げ、強いモンスターを相手にできるようになるとレアで強力なアイテムをゲットできるようにもなる。

 和彦は、これにハマった。

 ゲーム内では、誰も生身の和彦を見るわけでない。白銀の鎧に身を固めた勇敢な騎士 (ナイト) 、アーガイルとしか認識していない。ゲームで知り合う者はみな親切であった。イジメにあった生身のクラスメイトたちに比べれば、そのありがたみにおいて天地の差があった。

 しかも、社会と関わりをもって生きている人々に比べ、彼には食事と風呂、一定の休憩以外の全ての時間をゲームに注ぎ込むことができた。必然的に彼のキャラは強くなり、仕事を持ちながら空いた時間でやりくりしてゲームをやっている者たちを、遥かに追い抜いた。そして彼の持つ強力な魔法アイテムは、周囲からの賞賛の的となった。

 現実世界ではバカにされ、さげすまれている彼もこの世界では、他者から羨ましがられ、大事にされる 「ヒーロー」 だったのだ。

 和彦の両親は、仕事もせずゲームしかしない彼を責めなかった。いじめられて、社会不適応になってしまった我が子不憫さに、小言も言わず毎日三食の食事を与え、月々のネット接続料やゲームプレイ代金を支払った。

 もはや、この世界で生きる以外に考えられなかった。





「それじゃ、仲良くやってくれ。父さんはこれから祈祷会だから」

 牧師である水穂の父は、そう言うと二人を残して部屋から去っていった。

 もはや勉強机に向かって宿題の続きをすることなど忘れて、目の前の女の子を見つめた。

 謎の少女は、おもむろに口を開いた。

「なんだ。私の顔に何かついているのか」


 さっきいきなり水穂の部屋に入ってきた父は、この少女を紹介してきた。

「こちらは、月葉 (つきは) ちゃん。知り合いから預かってね、しばらくウチで面倒をみることになった」

 ・・・説明、それだけかい!

 水穂の父は、日本でも顔の広い教会の牧師であったから、こういうことは度々あった。面倒見が良すぎる彼は、困った人の面倒を率先してみた。妻も信者であり、もともと覚悟もあったのか眉一つ動かさずに夫に従った。

 ただ、子どもである水穂は、生まれた時からキリスト教の教育は受けてきており厳密には信者であったのだが・・・、学校ではキリスト教を信じてるなんて友達はなかなかいない。「自分はみんなと違う」 という気後れ。そして遊びたい盛りなのに日曜日は礼拝、行事があればその手伝いをさせられ 「なんでフツーの子と同じように好きに自由時間を使えないのよ!」 という反発。水穂は自分が 「牧師の娘に生まれた」 ということをあまり喜べなかった。

 そして今もまた、いきなりどこから来たのか得体も知れない子の面倒を押し付けられたー。

 これじゃ、好きに遊びにいけないじゃん!


 ・・・でも、よく見るときれいな子。

 目の前に立つ少女は色が白く、長い黒髪を腰まで垂らしていた。意思の強そうな、切れ長の目。

 青いチェックのスカート。紺のブレザーの胸元からは、赤い蝶ネクタイがのぞいている。多分、どっかの高校の制服だ。だったら、年は私と同じだな。

「えっと・・・月葉ちゃん、だよね? 苗字教えてくれるかな?」

 目の前の子は、じっと黙って立っている。とりあえず、話題作らなきゃね。 

「ない」

 答えが思いがけなかったものだったので、水穂は固まった。ない・・・ってそんなアホな!

 顔をこわばらせて、水穂は気を取り直して別のことを聞いた。

「出身はどこ? やっぱり東京?」

 さすがに、出身地がないなんてこと、ないだろ・・・

「ヴァチカン」

 水穂は天井を仰いだ。オーマイガー! 話がかみ合わん・・・。

 だいたいさぁ、ヴァチカンって人が住むとこじゃないじゃん。単にカトリック教会の総本山があるだけでしょ?

 それにアンタどう見たって日本人よっ。しかもカトリックって何? ウチはプロテスタントなのよ!お父さんたら何考えてるのかしらー。

 水穂の父は優しいことと善を行うことでは右に出る者はないほどであったが、することがどこか一本抜けているところがあった。


「でさぁ・・・」

 水穂は、さっきから一番気になっていることを、いよいよ聞く決心をした。

「その・・・・ナニ、月葉ちゃんが腰から下げてるモノって・・・・、刀?」

 月葉は可憐な制服姿に不釣合いな腰の日本刀に手を触れた。

「そうだ」

 あっさりとした答えだった。もう・・・そんなことは分かってるのよっ! なんでそんなモノ腰から下げてるのかが知りたいのよっ!

「それさぁ・・・、何に使うの?」

 苦笑いを浮かべた月葉は、急に水穂に顔を近づけてきて、真顔で言った。

「知らないほうがいい」




 和彦は追い込まれた。

 確かに、彼は強かった。誰もがうらやむアイテムを持ち、レベルも到達し得る最高に近かった。

 しかし、ゲームとはいっても、大勢の人間が集まって作る世界である以上、社会性の乏しさは彼に様々な問題を引き起こした。

 トレードや狩場での揉め事、妬みからの悪口やクラン (プレイヤー集団) 同士のケンカ。コミュニティ掲示板では、彼のキャラ名が名指しで批判され、書き込みの応酬は掲示板を炎上させた。

 ゲーム内での友人達は、悪い意味で有名になってしまった和彦を、腫れ物に触るように敬遠しだした。

 もはや、彼の居場所もなくなった。どんなに強くても、他人から相手にされなくなっては 『裸の王様』 に過ぎない。

 しかし、彼から今更ゲームを取ってしまったら、何も残らない。

 どうしようもなくなった彼は、新規に新しいキャラクターを作り、いちから育てなおすことにした。

 今度は、女性キャラを作って、自分も女性としてふるまってやるー。いわゆる 『ネカマ』 である。

 そう腹をくくってしまうと、和彦は少し機嫌を取り戻した。

 そして、『自分を演じる』 ということに少なからぬ興奮を抱いた和彦は、アーガイルの所持品とお金をすべて新規キャラに移し、レベル1から育成を始めた。すでに大きなアドバンテージを持っていたそのキャラは、三週間たたないうちにレベル50になった。

 和彦に、再び優越感に浸れる日々が戻った。もう、誰も僕が元アーガイルだったことを知らない。ヘタうたなきゃ、またずっと英雄でいられるー。

 リビングにコーヒーを取りに行った時に、両親がフィギュアスケートを熱心に見ていた。その時画面の中で踊っていた選手に好感をもった彼は、浅田真央選手の名前から一部とって新規キャラを 『魔央』 と付け、魔法使いとして育てた。


 


 ・・・なんか、ヤダ。

 月葉が後ろからついて歩いてくる。

 CDショップに行くんだと言うと、それなら私も、と言うから一緒に家を出てきた。

 水穂は、自分たちが街行く人から注目の的になっていることが、痛いほど分かっていた。一方、月葉は平然とした表情で、機械のように正確な歩調でついてくる。水穂は、ニュースで見た北朝鮮の軍隊の、一糸乱れぬ歩調の行進を思い出した。

 月葉が目の覚めるような美人、だということもあるかもしれない。しかし・・・何と言っても一番の原因は、どう考えても腰の刀だ。

 さっき、不思議なことがあった。

 警察官が、顔をしかめて職務質問をしてきたのだ。・・・ま、当たり前かぁ。

 月葉は顔色一つ変えず、不思議なことを言った。

「警視総監以上に伝えろ。国家ナンバー12・個人番号AKD2003を検索してみよ、と。レベル3の国家機密だから、アクセスには外務省の許可がいるぞ」

 ・・・あんた、スケバン刑事か何か??

 応対した警官は、初め大笑いしていたが、無線で連絡をとっている最中に顔色が変わった。

「こ、これは失礼いたしましたぁ!!」

 解放はされたが、一番事態が理解できない水穂は、もだえて悔しがった。

 ・・・いったい何なのよぉ、この子は!



 考え事で前方不注意になっていた水穂は、母親に手を引かれている女児とぶつかった。

 女の子の手から、ガスで宙に浮いていた風船の紐が離れた。

 主人の管理下を抜け出した風船は、揺れて高く浮き上がっていく。

「ご、ごめんなさいっ!」

 大慌てで謝った水穂は、信じられないものを見た。

 何を思ったのか、低くかがんだ葉月は、そのまま飛び上がった。

 その跳躍力は、人間のものとは思えなかった。

 月葉は、およそ30mを跳躍して、風船をつかんだ。

 下世話なことを言えば・・・下着が丸見えであったが、あまりのことに街の人々はそんなところを気にするどころではなかった。

 その時、横のビルの四階で仕事をしていた社員の一部は、窓から見えた光景に、夢ではないかと目をこすった。中には、ここが何階か確かめるために、窓の下を覗き込む者まで現れた。

 重力なんて 『そんなの関係ねぇ!』 と踊るかのように、軽やかに着地した。

 「ハイ。お嬢ちゃん、ゴメンね」

 優しく、風船を手渡す。

 ・・・この子、こんな表情できるんだ。

 それは、水穂でさえ引き込まれる、慈愛に満ちた笑顔だった。





 和彦は、精神に異常をきたしてきた。

 ひきこもりのゲーム生活のため、恋人どころか出会い自体が望めない環境の中で、主にAVで若い男性にはどうしようもない性欲を処理していた。

 しかし、朝から晩まで、和彦としてでなく 『魔央』 として振舞う時間のほうが圧倒的に長くなりだした。

 どっちが本当の自分か、分からなくなる錯覚に陥った。

 そして、ゲームだからこそ実現できるプロポーシュン抜群の美人キャラは、いつしか和彦の理想の女性像となっていた。思い通りにならない生身の女性よりも、自分を裏切らない二次元のこの美女のほうが安心だ。いつしか、彼はAVにも実写の女性のグラビアにも興味を示さなくなった。

 和彦は、自分の全てをモニターの中の電子の情報、『魔央』 に投影していった。

 ・・・僕は、魔央ちゃんになってしまいたい。もう、この世はいやだー。

 モニターから、幾筋もの光が差し、部屋を包んだ。

 画面から手が、足がー。そしてついに全身が現れ、一つ背伸びをしたそれは、和彦に笑いかけた。

「ソレジャァ、ヒトツニナリマショウ」

 実体を持った魔央は和彦にの背中に手を回し、唇を重ねた。




「動いた」

 突然、そう言って月葉は立ち止まった。

「動いたって・・・何が?」

 その質問には答えず、月葉は来た道を逆走しだした。

「ちょ、ちょっと待ってよう!」

 水穂は月葉を追いかけたが、追い付けっこないことを悟り、走る速度をゆるめた。

 だって、車追い抜いてるんだもん。



「ここか」

 閑静な住宅地のある一軒の前に立ちはだかった。

 玄関があったが、彼女にそんなものは用がなかった。

 月葉は、助走もなく飛び上がると、二階の窓を突き破って中の部屋に着地した。

 砕け散ったガラスをパキパキ踏みしめながら、異形の女性に近づいた。

「サキュバスか」

 腰の日本刀を抜刀する構えを見せ、月葉は魔法使いのゲームキャラを見上げた。

「あら、意外に早かったのねぇ」

 スピーカーを通したようなくぐもった声が聞こえる。

「でも・・・もう遅いわ。この男の子が、私に命を吹き込んでくれたんだから」

 美形の顔が、グニャリとゆがみ、気味の悪い笑みを見せた。

「・・・プロミネンス」

 サキュバス、と呼ばれたその異界の生物は、変化した。もはや、あのかわいいゲームキャラ 『魔央』 ではなくなった。バカでかい耳のような羽根。手足は鳥、顔と体は裸体の女性のようであった。

 目の前に、燃えたぎる火の玉が現れた。それは、まるでミニチュア版の太陽のようであった。

「まずい」

 月葉はとっさの判断で、そばで倒れていた和彦を抱えて、割れた窓に向かって思いっきり跳躍した。

 宙を舞った月葉のすぐ後ろで、轟音が轟いた。

「エヴォケーション (力術) か・・・」

 和彦の家を含む半径200mが、爆風に呑まれた。




 もう、水穂は何を見ても驚かないわよ! という気でいたが、やっぱりたまげた。

 遠くから、住宅地の屋根を蹴って、忍者のようにピョンピョン跳躍してくる月葉が見えた。しかも、誰かを抱えている。

 水穂の目の前に軽やかに着地した月葉は、息一つ乱していない。

「この人を頼む」

 ・・・た、頼むったって・・・。

「ヤツの狙いは私だけ。もし、この人の意識が戻ったら、教えて」

 それだけ言って、月葉は走り去ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 教えるって・・・いったいどうやって?」

 この常人ばなれした行動範囲の広すぎる人に、どうやって追いついて伝えろと?

「祈れ。そうすれば分かる」

 はぁ。

 謎のような言葉を残して、月葉は瞬く間に道の向こうに見えなくなっていった。



 サキュバスは、低空飛行で地上を走る月葉に迫った。電柱や電線をよけるのに苦戦していたが、その影は着実に月葉に迫っていった。

 ・・・歩道は人が多い。車道は車だらけー。

 涼しい顔で地面を蹴った月葉は、歩道と車道をへだてる細いガードの上を、落ちもしないで駆けた。

「チェイン・ライトニング」

 サキュバスの触覚から、まばゆい電流が放出された。

 車道を走る車の一台が、爆音と共に炎上した。

 その電流はそこで止まることなく、水面を跳ねる小石のように次々と車を襲っていった。

 そして、その矛先は、間違いなく月葉に狙いを定めていた。


 月葉は、恐ろしいスピードで街を疾走しながら、腰の刀の柄に手をかけた。

「・・・セイント・ソード」

 それは一瞬の出来事だった。

 素早く抜き放たれた、白金の刃の切っ先は見事な弧を描き、太陽の光を反射した。

 前傾姿勢のまま高く飛び上がった月葉は、半身をひねって空中で回転。

 横真一文字に薙ぎ払った刀の放った 『気』 の塊は、瞬時にして矢のようにサキュバスに向かっていった。

「チッ」

 間一髪にしてよけたサキュバスだったが、気がそれたお陰で電撃攻撃が消えた。

「いやあああああああぁぁぁぁぁぁ」

 周囲の人が震え上がるほどの声を上げながら、月葉は赦せない悪魔の力を打ち砕くべく突進した。

 北辰一刀流奥義・烈火斬翔剣ー。

 月葉はビルの壁を蹴り、斜めに飛び上がって渾身の一撃を打ち込んだ。



「あ、やっと気がついたぁ」

 和彦が目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは・・・、ちょっと可愛いメガネっ娘の女子高生だった。

 どうして自分がこんなところにいて、なんでこの子と一緒にいるのかー。全てが理解の範疇を超えていた。

「き、きみは・・・?」

 聞かれた水穂は肩をすくめた。

「何がどうなってんのか、聞きたいのは私のほうよっ。とにかく、あなた何か得体の知れないモノに襲われそうになってたみたいだよ。まぁ・・・得体が知れないっていう点では、私の連れも負けてないけど」

 そう言ってから、水穂は思い出した。そう言えば、この人の意識戻ったら教えろって言われたような。

 ・・・どうやって? 祈れ、って何をどうするのよう!

 あの子に関することならもう何でもありだ、と開き直った水穂は、目を閉じた。心の中で、念じてみた。 


「・・・月葉さん。聞こえる?」

「ああ。何だ?」

 おおっ、心で会話ができる!

「あなたが連れてきた男の人、意識が戻ったよ」

「じゃ、説得してくれ」


 ・・・へ?

「今闘っている悪魔は、力技では死なん。その男が、心から自分の力で生きようと思わない限り、勝てる可能性は低い」

「なるほど。虜にした人間の魂から力を吸収して、武器にしてるわけね」

「さすがは牧師の娘だな」

 言われた水穂は良かったのか悪かったのか複雑な心境になった。

「それでは、よろしく頼む。とにかく今、私は手が離せない」

 遠方で、大きな火柱が上がった。それと共に、人々の悲鳴が聞こえる。

 ・・・確かに、忙しそうだ。



「そうか。今、そんなことになっていたのか」

 和彦はしゃがみ込んで、道端に座りこんだ。

「僕って、ほんと最後までどうしようもないやつだよ。社会の役にも立たないし、こうして迷惑までかけるし。僕なんて生まれてこなきゃ良かったんだ」

 ・・・迷惑、ってレベル、超えてるんだけどー。火の手が上がり、炎が街を紅に染めるのを遠目にみながらちょっとそうは思ったが、水穂にはやはり牧師の血が流れていた。

 彼女は、父が連れてきた、沢山の人と交流してきた。虐待にあった子や登校拒否児童はもちろんDVに悩む主婦、アル中、ホームレス、リストカットをやめられない女子高生ー。

 みな本当は心根の優しい、普通の人なのだ。ただ、ちょっとばかり生きることに不器用だっただけ。世の中全体が彼らに歩み寄る努力を怠けただけー。

 水穂は、さっき初めて会ったばかりの和彦を、男女の感情とは超越した所で愛しく思った。


「あきらめないで」

 和彦の横にしゃがみ込み、水穂は彼の手を握った。

「今までのあなたはもう忘れて。過ぎてしまった取り返しのつかないことを考えるより、あなたの未来を考えましょうよ。頑張れば、きっとあなたの居場所が作れるわ」

「そうかなぁ」

 一瞬は表情が明るくなったものの、再び懐疑的になった彼はこぼした。

「やっぱり、ダメなものはダメなんじゃ・・・僕は一生不幸な運命にあるんだよ、きっと」

 和彦は、知らないで水穂の地雷を踏んでしまった。

 水穂は過去に、説得する彼女の目の前で、同じことを言って飛び降り自殺をされてしまったことがあった。


「ばかっ」

 水穂は、恥も外聞もなく泣きわめきながら、和彦の背中をボカボカ叩いた。

「なんでそんなこと自分で決めつけるのよう! あんたそんなに世界のことが分かってるの? 真理が分かってるの? なんも知らないくせにぃ、軽々しく自分を粗末にしてるんじゃないわよぅ!」

 過去の悔しさが、そして目の前の一人の命も十分に救ってやれない自分の力のなさが、水穂の目から狂った水道の蛇口のように涙をしたたらせる。

 水穂に背中からしがみつかれ、服越しにジワッと広がる涙の温かさを感じながら、和彦は思った。


 ・・・ゲームでは、僕が強いから、お金やアイテムを沢山もっていたから、チヤホヤしてくれた。

 親も、僕が血を分けた子どもだから、こんな情けない息子でも養ってくれる。

 でも、この人は、さっき会ったばかりの見ず知らずの他人。なのに、こんなに泣いて、心配してくれている。何も得することなんかないのに。

 無条件の愛情って、世の中にもあるんだなぁー。

 水穂に感謝した和彦の心から、『魔央』 の占めるスペースが急速に縮まっていった。





「ハイドロ・ブラスト」

 サキュバスは空中に静止したまま、低い声でつぶやく。

 来るー。

 月葉は刀を一旦鞘に戻し、すかさず横転した。

 周囲数十箇所のマンホールのフタがシャンパンの栓のように飛び上がり、勢いよく水の柱が地上数十メートルの高さまで噴き出した。

 その水流は生き物のように曲がり、月葉めがけて襲い掛かってきた。

 十分に引きつけてから、コンマ数秒の差で上空に逃げた月葉は、サキュバスに生じた一瞬のスキを見逃さなかった。

「超力招来・金剛雷電雲」

 上空に黒雲がひしめき、まるで夜のように周囲は闇で満ちた。

 一閃の稲妻が、天空の真上からひらめき下ってきた。

 月葉の髪は波打つように逆立ち、スカートは風に激しくはためいた。

「柳生風神流・月下崩牙旋破剣」 


 月葉を取り囲む、目を射るほどのまばゆい光の球体が現れた。

 宙を蹴り、柄に手をかけたまま全身の神経を利き腕に集中させる。

 月葉は光の塊となって、サキュバスに突っ込んだ。ミサイルのように、光が背後にその軌跡を残像として残しながらー。

 驚愕の表情を浮かべ、月葉を見るサキュバス。

 怒りに満ちた月葉の視線は、悪魔のかしらを貫き通した。

 居合い斬りの要領で、月葉はすれ違いざまに刃身を鞘に滑らせ、時速にして600キロの速さで横一文字に薙ぎ払った。

「破魔!」

 弾け飛んだ肉片が、放射状に地上へと落ちていった。


 


「法皇。あの子を日本へ送り込んだというのは、本当ですか」

 ローマ教皇庁の建物の一室。教区長の司祭、マッテオは言った。

 後ろに手を組み、窓から市内の夜景を見ていた法皇、パウロ・ヨハネ四世は振り返らずに答えた。

「その通りだ。預言にある七つの悪魔どもは、もうすでに動き出しておる」

「なんと・・・すると先日の日本からの情報は、まことだったのですか」

「サキュバス。悪魔リヴァイアサン直属の使い魔」

 暗記していた単語を思い出すかのように、言葉を続ける。

「イエス・キリストの十字架から2000年。主の来臨を前に、サタンが最後の攻撃に出てくる。あの子は、それに立ち向かうために主から選ばれた器なのじゃ」

「なるほど。それで 預言にある 『日の出づる国』 ーすなわち日本がまず狙われたわけですね」

「・・・あの子の戦いは始まったばかりじゃ。過去の剣聖たちの魂を取り込んだとはいえ、悪魔の勢力も手ごわい。相当な試練を強いられるだろう。我々は、ただあの子の勝利を祈るしかないのじゃ」

 そう言ったきり、法皇はこうべを垂れて、長い時間祈りを捧げた。



 


 ミスドの禁煙席で向かい合った月葉と水穂は、ドーナツをほおばっていた。

「ありがと」

 突然そう言われてもなんのことか腑に落ちなかった水穂は、かじりかけのフレンチクルーラーを皿に置いて、「ヘ? 何のこと?」 と聞き返した。

「あの男の人、説得してくれたじゃないか」

 ああ、あのことか。別に大したことじゃないよ、と言って、水穂はカフェオレをすする。

「・・・アンタと私は、最高のコンビになりそうだ」

 水穂は飲んでいたカフェオレをふき出しそうになった。

「ブッ。もうイヤよ! あんな怖い目にあうの・・・」

 首をブンブン振ってイヤイヤをした。

「あきらめなよ。あんたも多分、『主に選ばれた器』 だから」

 なんじゃそれ。牧師の娘だけど、どちらかというと信者としては劣等生のこの私が?


「でもさぁ」

 首を傾げて水穂はつぶやく。

「あんなに強くって不思議な力も持ってるんだから・・・。月葉が単独でも勝てるんじゃないの?」

 それを聞いた月葉は、顔を伏せてちょっと寂しそうに笑った。

「そうはいかないんだ。悪魔に勝利するためには・・・、私じゃなくみんなの 『ココロ』 が悪魔に勝たなきゃいけないんだ。そして、その手助けに打ってつけなのが、アンタ」

 ・・・やれやれ。やっかいなことに巻き込まれたなー。




 二人の戦いは、始まったばかりなのだ。


 




 


 参考作品:「リネージュ2」(オンラインゲーム)

      「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ」(オンラインゲーム)





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