4.上原君の逃走
「で、今日の欠席は上原と佐伯の二人だな」
朝のホームルーム。
黒板の前には出欠をとる担任。
そして、教室には空席が二つ。
その一つは本日、私がここ数日手塩にかけて育てた弟子の……いや、告白の付き添いをするやつの席で。
「何休んでんだよ、上原君……!」
思わず口の端から悪態が漏れた。
そして、私は一人葛藤していた。
いや、休んだなら休んだで、来週に持ち越しとかでいいとは思う。
だけど、そいつは駄目なのだ。
何故なら……
「誰だよ、これ入れたヤツ」
左のほうから聞こえた声に私はチラリと視線を向ける。
そこには、上原君の愛しの君、黒部勲君の姿があった。
手には昨日上原君がしたためた、ラブレターが握られている。
そう、黒部君の言葉を読み解く通り、上原君は自分の名前を書いていないのだ。
理由は一つ。
『男からもらったと知ったら、絶対に来ないでしょ?』
どんくさいのに変なところに気が回るというか、なんというか。
にしても、なんで上原君は黒部君みたいな男子を好きになったんだろう。
いかにも真面目。いやむしろ、誰も寄せ付けない冷たーいオーラを放っている。
私が知っている限り、仲のいい友達はいないみたいだし。
いつも一人で読書にふけっている。
たしか、成績もよかったんじゃないかな。
運動神経もいいし……
顔も結構整っている方だし、悪くはない。
悪くはないけど……
「好きにまではならないかなあ」
「……」
つい、思っていることを口にしてしまった。
ヤバ……と思った時には時すでに遅し。
何故かこちらに視線を移した黒部君とバチっと目が合ってしまった。
しばしの沈黙。
あ、あれ……すごい、嫌な空気が流れてるのは気のせいだろうか?
「なんか言った? 西野さん」
「え? あー、そうそう織田信長ってかっこいいとは思うけど、好きにまではならないかなーって」
「……」
「さ、最近、ゲームの影響か、戦国武将にはまっちゃってさー」
無理があるだろうか。
そもそも、朝のホームルームの時間に織田信長の事を恋愛対象としてみるかみないかを妄想してる女子なんて無理があるだろうか。
冷や汗交じりで、黒部君の様子をうかがう。
黒部君は少し眉根を寄せ、
「妄想もほどほどにしとけば」
私、撃沈。
完璧妄想女子だと思われた。
上原君の愛しの君に呆れ顔でため息をつかれ、私はいたたまれず席をたった。
トイレに行って少し落ち着いてこよう。
それと上原君にメールをして、今日どうするかをきいてみなくちゃ。
一番いいのは、黒部君が待ち合わせの場所に来ないこと。
けど、もし来てしまった場合は……
待ちぼうけを食らうわけだから……
さっきの黒部君の様子から鑑みるに……最悪のシナリオにしかならないような気がする。
「とにかく、上原君にメール!」
私はブレザーのポケットから携帯を取り出し、さっそく上原君にお怒りのメールを送るのであった。