2.上原君のキューピット
「あれ? なんで、西野さんがここに?」
「え? なんでって……」
放課後の屋上へ続く階段の踊り場。
めったに人が通らないので、隠れた穴場スポット。
よく告白に使われるとクラスメイトにきいたことがあるが、まさか自分がここに来る日がくるとは……
だが、そこで私を待ち受けていたのは、予想外の展開だった。
だって、踊り場にいた男子生徒が開口一番「なんで、ここにいるの?」とぬかしやがるんだもん。
「いや、だって、昨日……手紙入れたでしょ?」
私はカバンの中から一通の封筒を取り出す。
昨日私の机の中に入っていた、例のラブレターだ。
「……」
私は小さいころから察しがいい子どもだったとよく親に言われていた。
この黒部君の表情を見るに、すぐにピンときてしまった。
ああ、なるほどね。
やっぱ、私にラブレターなんてね。
そういうことだろうとは思ってたけどさ。
ぬか喜びさせやがって!とか誰にあてたラブレターなの?とか、くだらない押し問答をする気にもなれない。
手紙を入れ間違えたことごときで、私は怒るようなやつじゃない。
少し、胸にモヤモヤとした感情は残るけど。
「宛先人の名前書いてなかったわけだし、黒部君が誰が好きなのか私知らないから、出しなおせば?」
私は手に持った封筒をすぅーっと黒部君に差し出す。
黒部君は驚いた顔をして、水面に浮かぶ餌を食べる金魚のように口をパクパクさせていた。
ああ、やっと私にも青い春が来たかと思ったのに。
私は心中毒づいて、この手紙の差出人をまじまじと見た。
そういえば、見覚えがある。
クラスの中ではあまり目立たないほうで、いつも3、4人教室の隅に集まってなんか話してるうちの一人だ。
私よりかは背が高いけど、男子の中では比較的小柄で、柔和な顔だからなんか弱弱しく見える。
男子に言う言葉じゃないかもしれないけど、なんというか可愛い感じの子である。
でも意外だ。
そんな男子がラブレターを出して告白なんて。
一世一代の大勝負ってどこじゃないだろうか。
なのに、机を間違えちゃうなんて……
見た目にたがわずどんくさいのだろうか?
「ほら、返すよ。今度は間違えないようにね。黒部君」
「あ、違うんです!」
「え?」
私が差し出した手紙を受け取ろうともせず、何か伝えたくて必死な様子で私を見つめていた。
もしかして、やっぱり私に告白……?
なんて血迷った妄想をしちゃったけど、最初の「なんで西野さんがここに?」っていうフレーズで、それはないことは証明済だ。
「僕の名前は上原って言います!」
「あっ、そうなんだ。ごめんね、クラス変わったばっかりで名前がどうも……って?」
たしか手紙の封筒の「裏」に黒部勲って書いてあったよね?
表には何も書いてなかったはずだし。
こいつが黒部君じゃないだってことは……
も、もしや……
「その手紙は黒部君に出したんです」
「……いや、ふつう送りたい人の名前は封筒の表に書くもんでしょ? 裏は自分の名前。上原君は今まで手紙出したことがないの?」
「そういうわけでは……。僕って大事なところでヘマしちゃう性質で」
「しかも、「様」とかないし」
私は封筒をひっくり返して裏をじっと見る。
うん、やっぱり様がない。
これじゃあ、仮に机を間違えず黒部「さん」の机の中に入れても、失礼にあたりそうだ。
玉砕間違いなし。
「うぅ……」
「机も間違えちゃうし」
「面目ない……」
「ったく……」
水分0%の土に植えた花のごとく、しおれていく上原君。
言っているほうもなんだか、気分が下がってくる。
ええい、仕方ない。
世話の焼けるクラスメイトだ。
「まあ、幸い私は上原君のこと好きではなかったから傷つくこともなかったし、封筒の書き方と黒部『さん』の机にちゃんと入れたかぐらいは見ててあげるよ」
「えっ……」
「今度また違う人に入れて、上原君の今後の高校生活が荒むのをみたくないからね」
「西野さん……」
瞳をウルウルさせて喜びに満ちた顔で見つめてくる上原君。
たぶん、一人でもんもんと悩んでいて心細かったんだろう。
もしかしたら、相談できる相手が欲しかったのかもしれない。
「じゃあ、ひとまず……」
「はいっ!」
「新しい封筒を何枚か持ってきて、今度放課後一緒に書きなおそう」
「はいっ!」
そんなわけで、私は高校2年になった早々上原君の恋のキューピット役を引き受けることになったのでした。