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思い出を胸に

 待ち合い室から有人改札口を抜けてホームに出ると空は少しずつ陽が陰り、茜色に染まり始めていた。ローカル単線の線路は一直線に光り輝く。それはもう、おかえりの合図。光のレールに導かれた4両編成の電車が、ゆっくり、ゆっくりと小さなホームへ進入した。


 降車する学生を待ち、広視、絵乃ちゃん、未砂記、そして、私の順に乗り込む。この猪苗代いなわしろ駅で電車に乗り込むとき、私は決まって鼻で静かに深呼吸をする。


 四人ボックスが空いていたので、広視が進行方向窓側の座席に、続いて絵乃ちゃんが広視の隣、未砂記は座らず手すりに掴まった。


「ヒタッチ、窓側座りなよ」


 未砂記が微笑みながら広視の正面の座席に手を差し伸べた。広視と絵乃ちゃんも微笑んで私を見ている。


 答えを理解しながらもどうして? と訊ねると、未砂記は案の定、少しでも長くふるさとを見ていたいでしょ? と返した。私は嬉しくなって、つい顔を緩ませながら着席させてもらった。広視にとってもふるさとなので彼に遠慮の意を込めて目を遣ると、頷きの合図で浸地が座りなと返された。それに対し、私はありがとうの意を込めて微笑んだ。せっかくなのでトンネルに入るまでの約10分間、今回の旅行や幼き頃の思い出を抱き締めながら景色を眺めさせてもらった。


 では、また会う日まで……。


 トンネルに入り窓が風圧でガタガタ揺れ、景色が闇に染まる直前、私は町に別れの挨拶をした。


 トンネルを抜けてすぐ、森の中にある駅に停車した頃からは三人での談笑が始まり、広視はぼんやり外の田を見下ろしていた。列車はやがてビルが建ち並ぶ終点の郡山駅に到着し、ここから新幹線へ乗り換えた。


 最前列とその後ろの二人掛け座席を指定したので最前列の座席を回転させボックス席にした。最前列の席を確保すると、回転させても座席の背面同士がぶつからないため、他の乗客に迷惑をかけずリクライニングできる。


 新幹線に乗ってから東京駅までは1時間と少々かかるが、談笑していれば刹那だ。東京駅からは黄緑とオレンジの帯を纏ったいつもの通勤電車。この電車にも四人ボックスがあり、終点の小田原おだわらまで乗る私が進行方向を向いて窓側、次に遠い茅ヶ崎まで乗る未砂記が私の正面、茅ヶ崎の次に遠い藤沢ふじさわで乗り換える広視が私の隣、最も近い大船おおふなで乗り換える絵乃ちゃんが進行方向と反対を向いた通路側に座った。


 この電車でも談笑していると時は刹那に流れ、ではまたね、じゃあまたなと絵乃ちゃんと広視が大船駅、藤沢駅でそれぞれ降りていった。


 快速なので未砂記の地元、茅ヶ崎にも颯爽と到着したが…。


「降りないの?」


「今夜は帰っても独りだし、良かったらヒタッチの家に泊まりたいなぁって」


 そんなことを言っているうちにドアは閉まり、電車は走り出した。


「しょうがないなぁ」


「そんなこと言って顔がゆるんでるよ?」


「うるさい」


「はははっ、ほっぺ紅くなってるぅ~」


「ちょっ、公共の場でやめてよー」


 茅ヶ崎で乗客の過半数が降り、逆に目立ってしまう。


 終点の小田原駅に到着し、大きな提灯がぶら下がる天井の高いモダンな駅舎を出て、暗い坂道を並んで歩く。私の住むアパートは繁華街と反対側にあり、夜は不気味だ。ぼんやりした街灯と数分に一度通過する新幹線の光が僅かに道を照らす。実家はすぐ近くにあるけれど、一人暮らしをしてみたくて3LDKのアパートを借りた。


 鍵を挿して部屋の扉を開けると、生暖かく重たい空気が全身を覆った。


「おっじゃましまーす! 夜の小田原は涼しいのぅ!」


「暑いけど山の麓だから平地の茅ヶ崎よりは涼しいかもね」


「ちょっと肌寒いから、今夜は私と熱い夜を過ごしちゃう!?」


「遠慮しておきます」


「そっか!」


 ちょっとだけワインを飲んで眠った翌朝、未砂記は先に起きて家にある唯一のコーヒー、ブルーマウンテンを淹れて待っていた。私のブルーマウンテンを勝手に開けた。なけなしのボーナスで買った貴重なブルーマウンテンを。


 ん?


 コーヒーは香りでわかったけれど、寝惚けて視覚が目覚めるまで気付かなかった。テーブルの中央にキャラメルポップコーンのような色をした何かが山盛りになっている。


 欠伸あくびをして目を擦ると、未砂記が山盛りの中の一つを取り出し、あーんしてきたので、私はされるままにそれを口に入れさせた。ちょっとチクチクした食感はエビだろうか。外はカリカリ中はふわふわ。


「おいしい?」


「うん…」


 私は眠気のため目を閉じたまま答えた。


「よかった! これね、セミの抜け殻にスケトウダラのり身を固めたものを砕いて詰め込んでみたんだー」


 スケトウダラの擂り身、つまり蒲鉾かまぼこを砕いたというわけだ。


 あれ、ちょっと待った。未砂記、なんかとんでもないことを言ったような。


「今なんて言った?」


「セミの抜け殻にスケトウダラの擂り身を固めたものを砕いて詰め込んでみたんだーって言ったよ!」


「ふぅん」


「意外とおいしいでしょ?」


 ダメだ。この子放っておいたら何するかわかんない。


 さて、セミを食べてしまった混沌とした気分を切り換えて三連休の最終日、今日は何をしようかな。

 ご覧いただき誠にありがとうございます!


 更新まで長らくお待たせいたしました。次回で完結予定でございます。

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