ココロにグッとくる体験をしてみませんか?
セミの脱け殻の盛り合わせにギブアップした私は残り全てを未砂記に食べさせ、自分でスクランブルエッグを作った。二日間ほど部屋を空けていたので、期限の迫ったタマゴを消費するにはちょうど良かった。
朝食から3時間はテレビを見たり今日これから何をするかについて話し合い、結果11時を過ぎたところで未砂記と一緒に茅ヶ崎へ向けて出発。茅ヶ崎に到着するとちょうどお昼時で、駅の近くにあるログハウスのようなフーズガーデンでシラスのピッツァを味わった。地元産の食材を使用しているため、お洒落で美味しい料理を安価で味わえる。これは神奈川県沿岸地域の特権といえるだろう。
「いやあ食った食った! いっぱい食べていっぱい動くこれぞ正にヘルシーライフ! さてこれからどうしようクソ暑くて動く気しないから映画でも観る?」
「太りたいの?」
タヌキのように腹をポンポン叩く未砂記は美味しい料理をたらふく食べれてご満悦のようだ。
「だって~、こんな暑い時に動き回ったら焼豚になっちゃうよ~」
「それもそうだね」
私も暑くて動きたくなかったので近くの大型スーパー内にある映画館でコメディー映画を観て涼み、それからサザン通りという車一台通れる程度の細い商店街を抜けて海岸に出た。ここぞサザンビーチと言わんばかりに、周囲は優雅な白い結婚式場のほか、ハイビスカスやヤシの木が描かれた南国チックな海の家が軒を連ねている。
「ああ、風が気持ちいい~」
「ってかあぢ~」
「まだ陽が出てるもんね」
「よし! 脱ぐんだヒタッチ全部脱いで海に入ろう!」
「え~せめて下着だけでも着けてたいな~」
「えっマジ? 下着姿で海入るとか引くわ」
「全裸のほうがよっぽど引くわ!」
「やだなぁヒタッチ。無人島じゃないのに全裸で海入るわけないじゃーん。ジョーダンだよジョーダン! まぁイケるジョーダン」
「わかってるわ! たまにノッてあげるとこれだからね」
「ヒタッチって冗談通じるんだ」
「やめて! 真顔で言われると柔な乙女のハートが傷付くからやめて!」
「はははっ、80年代生まれのオバハンが乙女だなんて冗談キツいよ!」
「お前もオバハンだろっ!」
「私は乙女だなんて思ってないもん! まだ心は少女だもん!」
「言い換えただけじゃんか! っていうかまだ23のピチピチギャルだわ!」
「えへへー。ってかピチピチギャルなんていつの時代だよ」
「なぜ照れる!? でもうん、確かに死語だよね」
お喋りをしながら歩いているうちに、主に地元の人々が集うヘッドランド周辺の海水浴場に辿り着いた。ここにあるのは駐輪場とボードウォークのいう木の板で形成された広場、それとライフセーバーの詰所くらいだ。先ほどのサザンビーチのようには混み合っておらず、富士山を背に何人かがキャッキャとはしゃぐ声と、波の音や風の音がする。頭上にはオレンジ色のトンボが無数に飛び交い、彼らのパーティー会場のようだ。
「ねぇヒタッチ、なんかさここに立って深呼吸したら砂が口の中に入った」
「吐かないの?」
「飲んだ。美味しくないし胃の中チクチクして気持ち悪い。ううぇ~、唾液が大量に滲み出てきた~、でろでろでろ~ん」
「ふぅん」
「ねぇヒタッチ」
「なに?」
たった今までの不快感なんてまるでなかったみたいに微笑んでるけど、アゴにヨダレ付いてるよ。
「後ろ、振り返ってみて」
未砂記に言われて後ろを振り返ると、相模湾と伊豆半島の向こうに煌びやかなオレンジが広がっていた。もうこんな時間になっていたのかと思うと同時に、今日一日がとても充実していて楽しかったと実感した。
「小さい頃から見慣れた茅ヶ崎の夕焼けだけど、改めて見ると優しい波音と水面に反射する光、それに太陽の上にあるハチマキみたいに長くて黒い雲からは天使のハシゴが舞い降りてて、コントラストが素敵だと思わない?」
「おお、確かに言われてみれば。あまりにも日常的すぎて、いちいちそこまで考えなかったよ」
「だべ? そこで私気付いちゃったんだけど、こうやって近所とか近隣の街を散歩するのも、一種の旅行なんじゃないかなって思ったんだ。旦那は電車は一区間でも利用したら営業規則上は『旅行』になるって言っててなんじゃそりゃ、ただの通勤通学とかお出かけじゃんって思ってたけど、規則とか関係なく本当にそうなんじゃないかなって。そんなこと思った」
「わ~お、未砂記にしてはいいこと言うじゃん!」
「ヒタッチとは16年以上の付き合いだけど、そろそろ私をバカにするのやめない?」
「うん、やめない♪」
「そっか!」
本心では未砂記をバカになんかしてないよと思いつつ、やっぱり心のどこかで何か思うところがある。だけどセミに好かれたり抜け殻を料理したり、常人では至らないことを次々と成し遂げる彼女は、実はとても凄い人間なんだと思う。
今回のお散歩旅だってそうだ。旅というのは新幹線や飛行機などに乗って遠くへ行くもよし、自宅からちょっと出歩いて、地元再発見をしてみたり、新しいお店に入ってみるのも立派な旅なんだと思う。もっと言えば、ベランダから景色を眺めるだけでも。
きっとどの地域にでもオリジナルがあって、仮に古びたアパートや団地が密集してて、中心部にはスーパーマーケットくらいしかないよなんて街でも、例えば建物のシミが何かの模様に見えたり、住民や店員さんの新たな一面を発見できたり、彼らの笑顔に心温まったり、そんな日常の‘素敵’が、きっと隠れているだろう。
「ねぇ未砂記、また一緒に出かけてくれる?」
「へへへー、今更なに言ってんの? モチロンだよ!」
「ありがとう」
「ヒタッチにしては素直だね♪」
「うるさいなぁ」
きっと私たちは、目まぐるしい日常の中でちょっとした時間を見付けては、こうしてふらっとお出かけするんだと思う。時には一人で出かけたりもするんだろうけど、それはそれで有意義だ。旅には色んなスタイルがあって、哲学に浸ったり、お店やお祭りを楽しんだり、私や未砂記みたいに目的もなく出かけてみたり。
さあそこのあなたも、たくさんでもちょっとでも足を伸ばして、ココロにグッとくる体験をしてみませんか?
最終話までお読みいただき誠にありがとうございます!
連載開始当初は軽くトークコメディーを書いてサラッと終わらせるつもりが、かれこれ一年八ヶ月以上。
なにはともあれ、今後とも拙作ならびにおじぃをよろしくお願いいたします!




