誰がためにそこは在る
申し訳ございませんが、前話にて加筆を行っています。お昼以降に前話を読まれえた方はこのままお進みください。読んでいない方は、もう一度前話をお読みください。お手数をおかけします。
「こんなの、私たちの世界でも見たことないわよ……」
隠された場所。そこかしこを機械が埋め尽くした空間。
機械というもの自体自分の世界でも何度も見ている椛であるが、そこにあるものは常軌を逸していた。よくいえば、現実感というものがない。
戸惑いながらも近くにある壁を調べ、床を調べはするものの、それがなんの役割を以てそこにあるのかなど見当もつかず、戸惑いは増すばかり。
「ふむ。一応の危険性はないように見える。このまま進むしかないだろう」
「そう、ね」
機械技術関してはまったくの素人である椋は、機械の危険性を直接的にしかわからない。なので、こういった意味不明な空間においては椛をどのような状況でも守れるようにしておくことしかできなかった。
それに対して、どうやら紳士はこれらを大まかには理解しているらしく、椛同様しばらく調べたのちに安全性の有無を指摘した。
立ち止まっているわけにもいかない以上、無機質な通用口を歩く。
足音は一つだけで、椛のものだ。歩くたびに壁が音を反射し、複数人の音を生む。あまりにも静かで、なのに機械はあって、不気味だった。
「でも本当に、なんなのこの部屋。確かに近代的ではあるけど、どちらかというと未来的よ」
「ボクはそういうのはわからないからな~」
「椛の言うことも確かではあるな。明らかにこれは、上と数世代も技術に差がある」
いくら上の街が外に晒されているからといって、あの様子は明らかに長い年月を経て出来上がったものだ。それはつまり、それだけの年月が経っているからということであり、この空間もまた同様の時を刻んでいなければならないことになる。
それなのに、この場所は全ての時が止まったかのように時代を感じない。死んでいた街に対して、ここは止んでいた。
無限に道は続いているわけでもなく、やがてそこには一つの扉が現れる。しかしそれもまた現代的でなく、漫画の世界のように無機質で、壁といわれても信じたくなるほどに扉と壁に隙間がなかった。
検知機か何かでこちらを確認したうえで扉が開くと思いきや、特に何事もなく空気の入る音が響き渡り、部屋は呆気なく口を開いた。
「ここはびっくり箱か何か?」
呆れて何も言えない。椛はこれまで非現実的現象を目撃し、自身も行使していたが、それでも自分の常識を打ち砕かれる瞬間というのは、総じて驚くか呆れるかしかなかった。
部屋の中を広さでいえばそこそこであるが、多くの機材が部屋のほとんどを占めており、まともに室内で動ける人数は十人にも満たないほどであった。
ただ、その機材全てが乱立しているわけでも、無数の配線が床を侵食しているわけでもない。ただ、純粋にその質量だけで部屋を埋めていた。
不思議に思えたのは部屋の壁面は変わらず小さな明かりで点灯しているのだが、室内にある機材全て、どれ一つとして起動しておらず、黙していた。
「とりあえず、何かここのことがわかるものがあるか調べましょうか。出来る限り、機械類には触れないようにして」
「は~い」
「わかった」
「ふむ」
室内ということは、そこには過去誰かがいたということになる。全てが電子情報になっていればお手上げではあるが、紙媒体の資料があるかもしれない以上、探さないというわけにもいかない。
特に、これら機材を扱いきるには慣れているとしても問題が起きた時のための説明書などは必須となるはずだ。それを探せば、なにかの手掛かりになる。
最初に探すのは、並べられた机と椅子のある場所であり、机に増設されている引き棚はさすがに手動だった。重さを感じさせながらも開ききると、多くの紙の束が敷き詰められている。これらを読むというのも普通であれば辟易とするものだが、読み物に関しては得意である椛にかかれば造作もないことであった。
辞書以上のぶ厚さをもった束から、ほんの数枚程度に留められたもの、隙間なく敷き詰められた言葉と数字の羅列もあれば、よくもわからない棒線が記録を表しているだけのもの、様々な資料を捲ると読むを同時に行い頭に叩き込んでいく。
「………………」
読む過程において、文章を理解することも重要ではあるが、この場合はまず文章自体を覚えることの方が重要なので、理解を二の次にしていく。それでも、断片的に理解していく頭がたどり着いたのは、ここが研究所であるということだった。
まぁ、これだけの設備を擁しているのだから研究所といわれてもまったく不思議には思わなかったが、資料を読み漁り、その内容を整理していく最中で、研究の内容もまた理解していく。
こことは異なる場所に、こことは違う者たちが暮らし、文明をもつ。それを、知る。
ただひたすらに一つのことに邁進し、病的なまでに執念深く何かを得ようとする研究。そして、何を得ようとしていたのか。それは、すぐに理解できた。
「この世界の仕組みと、それに伴う人類の発展、ね……」
そう、この研究所はまさしく椛の住む世界に存在した研究所だった。
そして、この研究所の役目とは、三人が飛ばされたこの世界を調べることに他ならない。どうしてこの研究所がこの世界にあるのだとか、如何にしてこの世界を見つけたのかという経緯は何一つ情報を得られることは出来なかったが、それでも十分な成果であった。
特に、研究所の施設に関する資料が保存されており、意味訳などもすべて椛の世界の言語で書かれていたから簡単にわかった。加えて、久しぶりに自分たちの世界の文字を読めたということは純粋にうれしくもあった。つまり、それだけ自分たちは近づいているということなのだから。
「よし」
気合を一つ入れ直し、手に入れた情報を報せるべく、立ち上がるのだった。




