帰還
二話更新となっています。ご了承ください。
室内に、鍵盤を叩く音が響き渡る。
そのたびに叩くものの目の前に映し出される液晶の画面は文字と枠を表示しては消えていく。叩かれる音に迷いはなく、やがて一つ大きな枠が映し出された。
【権利者番号ヲ 入力シテクダサイ】
人工音声が吐き出したのは、本来であれば一人しか知らないもの。しかし、叩かれる音は一瞬止まったのちに再度軽快な音を響き渡らせる。
文字数にして約十二文字。
表示されている文字は暗号故に打ち込んだ瞬間の指を見ていなければわからないが、そんなことをする必要のある者はこの場にいないので意味はない。
【番号ヲ 確認中…… 確認完了 装置ノ起動ハ十分後ニナリマス 時間内マデニ指示ニ従ッテクダサイ】
その音声とともに新たな枠を表示し、制限時間が映し出された。
「……ふぅ」
それを確認すると、鍵盤を叩いていた者が息を吐く。
「お疲れ様~、椛ちゃん」
「ええ、ありがと」
「ふむ。それにしてもよく暗証番号がわかったな?」
「ああ、それは一応私が調べた資料の中に暗証番号の鍵になりそうなものを見つけたので、それを解読した結果出てきた文字列を打ち込んだだけなんですけどね」
平然と鍵盤を叩いていた椛は言っているが、本来そういった暗号というのはほとんどが本人にしか理解できないもののはずである。それを、片手間程度に解くというのは十分に凄いことではあるのだが、本人としてはさも当然としていた。
現状は、説明書を読んで機械の扱いを覚えた椛が、この世界と自分たちの世界をつなぐ装置があるというのを知り、起動させるというところまで行ったところだった。
個人認証を必要とする場面は今の暗証番号のみであり、機械の時にあれだけの識別をしていたのが嘘だと思えたほどだ。それでも今は逆に好都合なのだから、不満を漏らすということも無かった。
「ともかく、焦るということはないけど念のために急ぎましょう。これで時間切れになったら道化ものよ?」
「ふむ。それもそうだな」
「案内にしたがえ~、って言ってたね」
「ええ、とりあえず行きましょうか」
時間は有限である。なので、四人は部屋の奥へと入るのだった。
【ココカラ先ハ 男女ニ オ別レクダサイ】
「それじゃ」
「あとでね~」
「ふむ」
「ああ」
【荷物ヲ コチラノ台ニ オ預ケクダサイ】
「実際ほとんどの道具は街に捨ててきちゃったのよね……」
「ボクの場合はおじさんからもらったコレとさっきまで使ってた武器しかないね~」
「私は腰の袋に大体の実用品は入れてるし、もらった靴も引っ掛けてるわね」
【衣服ヲ オ着替エクダサイ】
「気づけば、結構汚れてるわねぇ」
「まぁ着てた服は数が少なくて使いまわしてたからね~」
「これって、患者用の服かしら?」
「確かに病院で見たことある奴だね~」
人工音声に指示されながら、椛と椋はこの世界で得た様々な物たちと別れ、それと同時に今までを思い出す。気づかぬうちに変わっていたこともあった。気づかなければ変わらぬものもあった。いざそれらを自覚してみると、随分と自分はこの世界に愛着がわいていたのだと、椛はそう感じた。
真新しい患者着に身を包むと、そのまま奥へと促される。
【コチラノ装置ニ 横ニナッテオ待チクダサイ】
「それじゃ、次に会うときは私たちの世界でね」
「うん、おやすみ~」
「……そうね。おやすみ」
個別に仕切られた、簡素な密閉装置。開いている装置の中に身をすべり込ませると、小さな音を発すると同時に蓋が閉じる。
中は真っ暗で、何も見えない。
「あと、一分」
時間を正確に数えることは基本中の基本である椛は、その時間がくるまでじっとしていた。
そして――
【時間ニナリマシタ 装置ヲ起動シマス】
空間内に声が響くと同時に、真っ暗だった視界は真っ白へと変わる。
それは、三人がこの世界に来た時と同じような光景で、その懐かしさを覚えながら、椛は元の世界へと帰還するのだった。
今章はこれにて終了です。




