竜のお膝元
舗装も整備もされていない道を進むというのは酷く大変なことだ。
特に山道というものは考えているよりも危険であり、慎重に歩を進めなければ、根に足をとられて挫きもすれば行動力が落ちてしまう。そこを凶暴な獣や魔物に出くわしてしまえば一巻の終わりだ。
『竜の谷』こそ魔物は『強く少ない』が、その周りの魔物は『弱く多い』。
つまり、今椛たちが歩いているこの山道は、『弱く多い』魔物が多いのだ。ここ二日でも、既に二桁を超す魔物と遭遇している。どれも基本は群れを好む狼類の魔物が多く、大型の単独行動を好む魔物は見かけもしなかった。
おかげで峠を三つは越えなければいけないというのに、まだ一つ目の八合目あたりまでしか進めていない。三人の進みは大幅に遅れていた。
「これ厄介ね……」
魔物が出てくるのはいい。集団なのは考え物だが、強さはそこまでであり、ほとんどの敵は重傷を負えば逃げ出す、群れの頭を潰せば解散する。だがそれ以上に、戦闘態勢に移ってから戻りまた移動するというこの行程は、時間を大幅に喰うのだ。
食糧には限りがある。
出来うる限り保存食は避け、その日のうちに採れた食べられるものを調理するという対策は常にとっている。幸いにも椛はこの世界に来て最初のうちに様々な図鑑を調べることで野草や茸、毒の見分け方などを学んだために今のところは『中った』ことはない。自分の知識と経験に基づいてわからないものであれば手は出さない。そうすることで、可能な限り危険は避けていた。
それでも、一日に必要とされる最低限の栄養を摂らなければ満足に動く事もままならなくなるので、持参している干し肉や乾酪は確実に減っていた。
加えて、休息をとるのもままならないものがある。一人ずつでの交代制であり、焚火を起こすわけだが夜になれば夜行性の獣が活動を開始する。遠吠えで意識が覚醒するなど、ザラであった。
「弱いのはいいんだけどね~」
椋の言う通りであった。
今のところ背後から魔物に襲われるということは起きておらず、また偶発的に魔物とも遭遇していないので突発的な戦闘にはなっていないが、それでも魔物を感知したらすぐに歩みを止め、戦える準備をしなくてはならないのだから、疲れもするのだった。
「とりあえず、食糧が尽きるまでには行かないとね」
「は~い」
それでも此処から引き返すわけにもいかず、三人は一つ目の峠を二日目も半分過ぎたあたりで超えるのだった。
「やっと着いた……」
コエニギを出発して約一週間が経過した。
まだ目的には辿り着いていないというのに、椛の中では大きな達成感があった。
それもそのはずで、山を三つも越えたのだから計り知れぬ疲労があるのは仕方がなかった。
といっても、三つめの山に関していえば、魔物にはほとんど出くわさなかった。
理由としては、『竜の谷』が近づいていたことが原因だとわかる。そのおかげで最後の山はたったの一日半で超えられたのだから、楽なものだった。
「椛ちゃん、野営はどうしよっか?」
「そうね……真後ろの山だったら魔物にはほとんど遭遇もしなかったし、そっちよりの方がいいかもしれないわね」
「りょ~か~い」
この日はお昼過ぎに『竜の谷』へと来れたわけだが、無理して進んで暗くなるのは危険だ。なので、万全を期するために野営を建設し、辺りの見回りを行うついでに『竜の谷』の入口を偵察することに決まった。
「悼也、こっちは私と椋で何とかなるから、念の為に辺りの確認だけしてきて。一通りでいいから」
「わかった」
そして野営建設の間、悼也には警戒に出てもらうことにした。彼が戻ってきたのは、椛と椋が野営を建設してから一刻も少しばかり過ぎた頃だった。
「どうだった?」
「問題ない」
「そう。ありがと」
「それじゃ~いく~?」
「ええ。出来る限り最初の道は把握しておきましょう」
「おっけ~」
そうして、三人はある程度の荷物を置いていくと、『竜の谷』の探索を始めるのだった。
『竜の谷』は端的に言って、緑の少ない場所だった。
木は生えていても群生はしておらず、草は生えていても花は咲いているものがほとんどなかった。
所々の道は『獣道』というべきであり、大きな足跡がありもした。対して小さな足跡や糞というのは少なく、大型の生物――および魔物――がいるということは明確であった。
麓に近い場所でこうであるのだから、上の方になればこれ以上に大きな魔物もいる可能性がある。いやそれ以上に、『竜』がいる。
「大きくて、群れを成さない魔物がこの山にはいるってことね……」
先ほどまで三人が通ってきた三つの峠とは逆の、『強く、少ない』。そこに、『大きい』という言葉が加えられた。生物上、確かに大きな生物というのは強い。力のつくものの大体が強い。生命力が高い、膂力が高い。大きいからこその不利益というのは確かにあるが、個体だけで生き争っているこの『竜の谷』では、不利益はほとんど意味をなさないからだ。故に、大きければ大きいほどこの場所では強い。
「なるべく、出会いたくはないわね」
人間である以上、魔物にとっては些細な攻撃も致命傷になりかねない。図体がデカいからこそどこにいるかはすぐにでもわかるだろうが、出くわしてしまえば逃げるというのは難しいだろう。それも、上に行けば行くほどに。
そう言った関係から、洞穴は避けることにした。大型の魔物の巣窟である可能性は高い。下手に不在の時に入り、帰ってきてしまったら、逃げられる術は限られるからだ。
「今日はこの辺にしましょう」
「は~い」
「………………」
山は一合辺りまで登ったところで、日も暮れ始めたので下山することにした。
道中は魔物の気配も無い。そうなれば夜行性が多いということだろう。そう言った理由もあり、三人は野営地に引き返すのだった。
最初の方は知ることも出来た。
明朝の早く、そこからが本番だ。




