山脈に君臨せし黒き竜
新章突入です。
ドラクンクルトを中心とした、遥か南東。
そびえ立つ山脈はその環境の影響により選ばれた者しか受け付けない。
数多の生物たちが住まうのではなく、限られた生物だけがこの山脈には君臨していた。
人間の領地として南東に位置するコエニギ。そこからでも空の澄み渡る日には山脈を拝むことが出来る。そしてまた、その日には必ず『とある』生物が山脈から飛び立ち、帰る姿を見ることができた。
全身に光を照らす金属に近しい光沢を放つ鱗、一薙であらゆるものを平等に吹き飛ばす風を生む翼、捉えれば数多の生物が逃れることは叶わない爪牙。なによりも、体内に存在する個体ごとに持つ特殊な器官を経由することで放たれる強力無比な息吹。
『竜』である。
さらに細かい定義をするならば、竜の中にも翼を持つ『飛竜』、翼は無いが頑強な肉体を持つ『地竜』が存在する。といっても、一般の間にその区別は存在せず、定義されているのはギルドの中だけであるが。
人間の中で竜は魔物の中でも最上位に値する存在であり、単騎討伐を可能とした者は数えるほどしかいない。それほどまでに、竜とは強いのだ。
その竜の中でも最強を誇り、君臨する者こそ『竜王』と呼ばれる存在であった。
『竜王』は山脈に君臨している。そしてそこには、数多の竜が王に伏していた。その山脈はこう云い表されている。
『竜の谷』……と。
「最近暇だなぁ」
そこに、黒き竜がいた。
かつて災害を引き起こし、かつて人に仇名す竜がいた。
今でこそ落ち着いてはいるが、かつてはその竜を止める者は人にも魔物にも存在しなかった。
そんな竜が、ある日消えた。死んだとしてもその巨躯から死体の痕跡は残すはずである。しかし、ある日突然跡形もなく黒き竜は消えた。人々は安心した。苦しめていた竜が消えたおかげで夜も安らかに眠れると。魔物は活発となった。出しゃばれば襲われる危険性のあった竜が消えたおかげで昼も大手を振って動けることに。
だがどれほど経ったか、ある日黒き竜は帰ってきた。
また人々は恐れた。魔物は脅えた。何が起きるのかと。
しかし蓋を開けてみれば、黒き竜は大人しくなっていた。人を襲うことは無く、魔物も命知らずが襲ってこなければ特にどうともしなかった。人も魔物も最初は不思議に思ったが、それが長く続けばやがて黒き竜の眼も気にせずにいつも通りの生活を始めた。
理由はわからない。竜が突然消え、突然帰ってきたかと思えば、今までと一転して大人しくなっていたことなど、きっと竜自身でなければわからないことだろう。
そうして、時は流れていた。
「『竜王』さま」
「どうした?」
すぐ近くに別の竜がいた。その竜は黒き竜を竜王と呼び、黒き竜もそれに答える。
大人しくなったとしても力に衰えはなく、かつて人も魔物もこの黒き竜を止められなかったように、今現在も人も魔物も、同族である竜でさえこの黒き竜に敵う者はいない。故に、『竜王』であった。
「どうやら、人間がこの山脈を目指してきているそうです」
「ほぉ、人間がねぇ……」
「如何いたしますか?」
「基本は傍観だ。そもそも、この山脈に辿り着き、ここまで来れる人間であれば、吾と相対する権利はある」
「承知しました。監視は一人つけさせますが、よろしいですか?」
「ああ。オマエの事は信頼してるからな。頼んだ」
「は」
竜は飛び去っていく。
竜王はそれを目で追うことはしなかった。
だが、
「楽しみだな」
心の内では、久方ぶりの人間に、ここまで来ることを期待していた。
かつての黒き竜を変えた人間がいたように、今度現れるであろう人間が、この黒き竜に何をもたらしてくれるのかということを。
『知恵ある竜』と、『エルフ』に言われた竜は、底深く暗い洞穴の中で様々な事を想像するのだった。
『竜王』。
かつてそれは『悪竜』と呼ばれ、この世界を脅かした存在。
しかし一人の少女との出会いで、この世界を愛した存在。
男の子の浪漫溢れる生物、竜の登場ですね。




