『たった』それだけで
「正直にお話すれば、わたしにモミジさんたちを元の世界に戻すということはできません」
「そうですか……」
「お力に慣れず申し訳ございません」
「いえっ、そんなこっちが無理を言っているのは承知なんですから頭を下げないでください!」
椛はエルサーシュから自分たちの本当の身分と本当の目的を、会談をしながらしていた。
そして今日、彼女は会談を始める前にこのことを教えてくれた。
元々椛が「自分は異世界の人間です」などと言っているだけだというのにエルサーシュは嘘だと言わず信じ、加えて女王しか閲覧することのできない資料を自分なりに調べてくれた。
結果としては残念ではあったが、調べてくれたというだけでも椛は嬉しかったし、今まで自分が正体を明かしてきた者たちは信じてくれるからこそ明かしたが、心中で信じられていないのではないかという気持ちがあったからこそ、エルサーシュのしてくれたことは本当に信じてくれていると実感できた。
だからこそ、椛にエルサーシュを責める権利などない。彼女はわざわざ代々の女王にしか受け継がれない資料まで読んでくれたのだ。彼女でなければできないことであるのだから、感謝こそすれ、非難を浴びせるなど言語道断である。
それでも、エルサーシュとしては頼ってくれた椛の表情を少しでも陰らせてしまったことが心を痛めた。
「わたくし共の方でも、何かがわかればお知らせします」
「そう言ってくれるだけで嬉しいです」
こうして、椛の個人的用件は終わる。
次の瞬間からは椛個人ではなく、この世界に住む人間代表として、エルフ代表としての話し合いだ。
「それでは、まずわたしたちは『エルフ』はここからもっとも近い『ザントキシルム』に代表者少なくとも二名。多くとも五名まで派遣し、そこにいらっしゃる代表の方との話し合いですね」
「はい。出来ればエルフの方は多い方がよろしいかと。ザントキシルムの代表者と交渉をする方が最低でも一名。及び、出来る限りこちらも『エルフ』との仲を悪くするつもりはありませんが、万が一に備えて護衛を一名。残り三名に関しては、補佐役や護衛の増員でも構いませんが、出来る限り人当たりも良く、馴染みやすい方を同伴させた方がいいかと思われます」
椛の提案はこういったものだ。
交渉役と護衛役は必須であり、定員五名から二人が埋まり残り三名。
この三名を他に交渉役、護衛役で埋めてもいいが、それをするよりは社交性に長けた者を連れ、ザントキシルムの住民と打ち解けさせる。そうすることで異種族に対しての警戒心を薄れさせ、ザントキシルムから広がるようにすればいいということだった。
獣人の時にはこのようなことをする前にリムカヒルが堂々と動いてしまったが、あんな大胆に動けるのは彼ぐらいなものだろう。
なので、今回エルフに必要とされるのは、長寿であることを活かした時間を掛けての人間社会への馴染ませである。地盤を固める以上、田舎であるザントキシルムは最適な国であり、今現在は獣人の事で精一杯なドラクンクルトを焦らせないためのものでもあった。
「なるほど。確かに、まずは隣人同士で仲良くなければいけませものね」
「はい」
エルサーシュも椛の意図を読み、納得する。
長い時間を掛けてきた彼女たちの種族にとって新しい風が入ってくるのは、『女王』としても『エルサーシュ』としても賛成だ。それに、もとより長い年月を掛けて積み上げてきたエルフ。多少数十年を待つことなどあまりに簡単である。
「そうなると、派遣する者を決めなくてはなりませんね。どれほどお時間をいただけますか?」
「遅くとも二日でお願いします」
「わかりました」
「それでは、次に確認になりますが――」
その日の夕方、椛との会談を終えたエルサーシュはフィップルを呼んでいた。
向かいに座る彼女の息子は既に着席している。エルサーシュはお茶を二人分入れると、机に置いた。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
お互いに一息いれる。フィップルとしても、このお茶を飲んだことで気分は大分落ち着いた。
両者の視線が混じり合う。
「フィップル」
「はい」
最初に切り出したのはエルサーシュだった。
呼ばれたフィップルは返事をする。彼の中で、自分の母親が何を言うのかはなんとなくだが察しがついていた。会談の際には呼ばれることは無かったが、彼は自分の意志を母親に伝えている。それを知らぬ母ではないことも知っている。
「あなたを、わたし達代表の交渉役として、任命いたします」
「はい、謹んでお受けします!」
想像通り、エルサーシュの言葉はフィップルの交渉役任命の話であった。
だからといって、選ばれたことが当たり前だと驕りはしない。ここで喜べば、この先人間との交渉事で足元をすくわれる。自分が一族を背負うのだという責任が今ここに彼の中に生まれたのだ。
この時、フィップルはわずかながらでも、母親の気持ちがわかった。一族を守るということを。それが、どれだけの重圧になるのかということを。
「……フィップル。わたしの息子」
「………………」
「わたしはあなたを信じています。わたしたちの事を思ってくれているからこそ、人間の方たちとも上手くいくと信じています。お互いに手を繋ぎ合わせることは可能だと、信じています」
「ご期待に添えられらるよう、信頼に応えられるよう、頑張ります母上」
「お願いしますね」
「はい」
翌日の朝、エルフたちは椛たちが来た日のように、女王の巨木の前に集まっていた。
今のエルフの人々に最初の頃の無関心さは無い。皆が皆、三人を知り間接的にも人間を知るようになったからだ。
「皆さん、朝も早くにお集まりいただきありがとうございます」
エルサーシュの声が響き渡った。
全員の意識が、彼女へと集まる。
「わたしは今ここにいる、『人間』の方と数日の間お話をしました。皆さんもお話なされましたか? お話された方はどう感じましたか? わたしは、『エルフ』も『人間』もこの方たちと話していた大差はないと感じました。確かに寿命はわたし達の方が長いです。対して彼、彼女らはわたし達以上に仲間がいます。家族がいます。ですが、『たった』それだけなのです。住んでいる環境が違います。文明が違います。歴史が違います。ですが、『たった』それだけなのです。わたし達は言葉が通じます。意思が通じます。ですが『たった』それだけで、わたし達は繋ぎ合うことが出来ます。意見を交わすことが出来ます。ぶつけることが出来ます。確かに争いは起こるでしょう。まだお互いよくも知らないのでは疑惑も生じるでしょう。ですがそれも、わたし達にだってあることでしょう。だったらわたし達は、『人間』の方たちとも通じ合えるはずです。手を繋げるはずです。触れ合えるはずです。……愛せるはずです。
昔、わたし達の場所に一人の人間が来ましたね? 覚えている方は多いでしょう。そして、今皆さんの顔はあの時のように楽しげな顔をしています。わたしにはそう見えます。そう、『たった』一人のわたし達とは違う方がいるだけで、わたし達はこうも胸が湧き踊る体験をしたのです。ならばそれが、一人ではなく、たくさんであれば? きっと……もっとわたし達は、言葉に出来ないほどの、これまで以上の充足感に満ち溢れた生活を送ることが出来るのだと、わたしは思っています。信じています。その気持ちを、わたしはあの時の人から、そして今ここにいる彼、彼女たちから与えられたものです。
……だからほら、手を繋ぎましょう? 隣の人と。隣の人と。手を繋ぎましょう。そして自分たちの中で輪を閉じないで。広がりましょう、近くにいる人の手を繋いで。隣人である、『人間』と手を繋いでいきましょう。そうすれば、わたし達は手だけじゃなくて、心で繋がりあえるから。
わたし達はこれから『エルフ』と名乗り、『人間』との交流を始めようと思います」
「「「………………」」」
エルサーシュの言葉が終わり、場に沈黙が降りる。
だが沈黙は、エルフたちの意思であった。
だから彼らは、声にした。気持ちを伝えるために、声にした。
「「「おおおおおおおおおおおおお!!!」」」
歓声が響き渡る。
笑い声が響き渡る。
思い思いの声が響き渡る。
手を打ち鳴らす者もいれば、肩を組むんでいる者いる。
仏頂面をしながらも、その口端が僅かにあがっている者いる。
はしゃぐ者いる。
総意は賛成であり、楽しくなるであろう未来を想像して皆が笑う。
「ありがとうございます、皆さん」
予想以上のエルフの喜びに、『女王』として『エルサーシュ』として、彼女も喜んだ。
目には、一筋の涙が零れ落ちていた。
出発はその日うちに行われることになった。
盛り上がる中に出ていった方が、彼ら意志であると胸を張れるような気がしたから。
選ばれたのは、交渉役にフィップル、護衛役にエルフの女性が二名、外を学ぶためと有志で男性と女性の二名で計五名となった。
ちなみに、エルフの護衛の一人は悼也にちょっかいを掛けていたエルフで、護衛の枠には半ば強引に入ってきたらしい。
そうして、椛、椋、悼也を合わせた八人が出発しようとしたとき、一人の男性が現れた。
「あ、おじさん!」
椋が笑顔を深くする。八人の前に現れた男性は、エルフの職人であった。
「持ってけ」
「は、はぁ」
「ありがと~」
「………………」
職人は三人の前に来るなり、袋を一つずつ渡していった。
椛としては何が何だかわからない。椋は喜んで貰い受け、悼也は受け取る際に小さく会釈をしただけだった。
「ふん」
職人は渡すなり、背を向け歩き出す。
椋は、その背中に手を振るだけだった。
「で、これなに椋?」
「さぁ~」
「いや、あんたが一番把握してなきゃダメでしょうが!」
「ん~、でもあのおじさんがくれたのは役に立つからくれたんだよ」
「そうなの?」
「うん~」
「……わかった、信じてあげるわ」
「ありがと~椛ちゃん」
椛は親友を信じることにした。時たま信じられないことをやらかすが、基本的には一番信じているのが椋である。疑って得するようなことは無い。
そして椋も、椛には濁しながらもあの職人が何をくれたのかはわかっていた。
わざわざ、人間であるというのに自分たちのために作ってくれた武器が入っている。それは確かめるまでもなく、器用でありながら不器用な職人のしそうなことであると、椋は笑顔の中で思っていた。
そんな紆余曲折を経て、八人はザントキシルムへと出発したのだった。
演説は難しいです……。
そして次話で、『エルフの森』は終わりとなります。
このお話も終盤に差し掛かってきましたが、どうか最後までよろしくお願いします。




