女王エルサーシュ=スピリクト
3/22 15:17以前に前話を読まれた方、大幅に話を手直しいたしました。手間を掛けさせますが、諸所変わっていますので、混乱を防ぐためにお読みになられることを推奨します。申し訳ございません。
大きかった。
なによりも眼に入ってしまったのがそこなのだから、どうしようもない。
そこは女性を象徴する場所。
確かに雰囲気には神秘的なものがあり、艶のある金の御髪は綺麗を通り越して芸術的だ。
だが……だがなによりも、均等の中にある不均等。そうでありながら慎ましさを保ち煩わしさはなく、不均等の中にある計算されつくしたとしかいいようのない黄金比はよりいっそう見る者の目を離させようとはしない。
自分には到底無いモノ。勝者だけがたどり着く場所に彼女はいたが、嫉妬の気持ちは無い。羨望の気持ちもない。ただ、比べるのさえおこがましいということに気付かされた。それは同じ性別である親友も同じようで、恐らく一目見ただけで自分と比べることを放棄し、徹底的に鑑賞し尽くす気持ちで瞳を輝かせて凝視している。無論気づかれないように。もう一方の親友はといえば、こいつは本当に生物としての役目を果たせるのかと問いたくなるぐらいに無関心だった。だがその無関心さに驚いたおかげで正気に戻ることは出来たので、この場ではよかったものとした。
「あら、どうしたのですか?」
「いえっ、何でもないです」
先に話しかけてきたのは女王の方であった。
最初は座っていたはずだがいつの間にか立ち上がっており、椛たちの前にまでやってきている。
柔和な笑顔と仕草は相手に警戒心を与えないものだ。
「そうでしたか。……では、自己紹介を。わたしの名前はエルサーシュ=スピリクト。この森を守護する者です」
「(スピリクト?)私は、椛といいますこちらが、椋。こちらを悼也といいます」
「はい、よろしくお願いします」
エルサーシュの態度はこちらが人間だとわかっていてもまったく変わっているようには見えなかった。これで本来の自分を隠しているというのなら、相当な演技力だと、椛は思った。
「では、ひとまず感謝を述べさせてもらいます」
「え?」
椛がエルサーシュの言葉に疑問を思うよりも先に、彼女は一つ深い礼をした。そして傍らには、フィリップがいる。
「我が息子フィリップを救ってくださり、ありがとうございました」
「え!? っていうか息子ッ!?」
「ごめんよ。騙す気はなかったんだ」
「い、いや、それはいいわよ。エルサーシュさんも頭を上げてください」
そもそも、フィップルを助けたの自体考える暇もなかったことであり、加えて彼がエルフだと知った時は運が良かったと思っただけだ。彼自身、人間の事を知りたいというからエルフの事との情報交換として接していたようなものである。それに恩義を掲げたかのようにエルフたちの住処に連れてきてもらったという気持ちが無きしにもあらずなので、礼を言われるようなものはない。
だが、エルサーシュは頭をまだ上げない。
「いえ、あなた方は見も知らない者のためにその身を挺してくださり、さらには自分たちとは違う者たちだと知っても態度を変えることなく接してくれていました。
加えてあなた方は無暗に森の生き物たちを殺めることもなく、魔物もほとんどは追い払うだけでした。我々の同胞を救ってくれたことも確かにありますが、それ以上に森の事を考えてくれたことに感謝しているのです」
「……一つ、いいですか?」
「なんでしょう?」
「どうして、エルサーシュさんは森を守るのですか?」
疑問は多くある。
どうして『避け』の外の出来事を知っているのか、彼女は名前の後ろに『スピリクト』をつけながらフィップルには無いのか、精霊と交信が出来るということはどういうことなのか。その他にも聞きたいことはある。だがもう一つに、どうしてエルサーシュはエルフだけでなく他の生命にまで気を配るのかが聞きたかった。
「確かに、争い事や殺生が好かないというのはフィップルから話を聞いています。ですが、だからといって他の生命にまで気を掛けるのはどうしてなのですか?」
その疑問を、人伝えではなくエルサーシュ本人の口から聞きたい。そんな思いが、椛にはあった。
エルサーシュは椛の言葉を受け、ようやく下げていた頭を上げる。
「わたしたち種族――人間の方々の言葉ならば、『エルフ』の女王は精霊様と交信できることはご存知ですね?」
「はい。フィップルから」
「結論を述べるのならば、わたしたち『エルフ』は皆、精霊様と交信することが出来ます。ですが、ほとんどのエルフは女王の必要とする『交信』ができないのです」
「どういうことですか?」
「そうですね。モミジさん、そこにいらっしゃるのは風精霊様ですよね?」
「えっと、はい」
『いかにも、その通りじゃ』
「今そこに顕現成されているように、姿を成せる精霊様とは『上位精霊』に属しております。上位精霊とは、大まかに言ってしまえば『象徴』の具現化であり、確固たる一つの意思を他者へと伝えることが出来るのです。ですから、モミジさんともフィップルとも精霊様は意思の疎通が出来るというわけですね」
そういえば確かにそうだと、椛もフィップルも気が付いた。
上位精霊と意思の疎通が出来るというならば、そもそもエルフの中に『女王』は生まれないはずだ。
その答えを、エルサーシュは続けて話す。
「ですが、女王の必要とするのはそちらではありません。形を成さず、流動的な意思を持ち、世界に溢れている存在、『下位精霊』との交信。つまり、流れくる意思を受け止め、形の成さない力に指向性を与えること。それが、『女王』となるべき者に必要とされる最低限の資格なのです。
そこから先は『女王』となった者の意思。精霊様たちの意思を聞き、どうすればいいのかを判断する。わたしたちのために、自然のために。そして精霊様たちはなによりも自然を『象徴』とする存在。すなわち、森の調和を保つことこそが、精霊様への一番の貢献となり、わたしたちエルフを守ることへと繋がるのです」
彼女の言葉独善的であるかもしれない。
だがそれでも、彼女の意思は確かにエルフという種族を守るための行動なのだということがわかった。
「……それにしても、人間の方の訪問は何十……いえ、何百年ぶりでしょう」
「そういえば、ここに人間の商人が訪れたって資料を読みました」
「ええ、そうですね。今でも思い出せますよ。倒れているあの人を介抱したのは、わたしですから」
「そうだったんですか!?」
「はい」
椛も誰かの手記を読んだとき、どのようにしてこの商人はエルフと遭遇したのかと思ったが、まさか目の前にいるエルサーシュがその商人を知っていてしかも商人を救った当事者だったとは。椛もこれには驚いた。
「あの、その話を詳しく聞くことは出来ませんか?」
「ふふ、いいですよ。わたしも昔を思い出すのは楽しいですから」
エルサーシュは微笑む。
今でもつい昨日のことのように思い出せるあの時を。彼女が生きてきた中で、もっとも活気に満ち溢れていたエルフたちのこと。そして、初めて目にした人間のことを。
「あれは――」
言葉を紡ぐ。
あの日の事を。色褪せない思い出を。
「もう、暗くなってきましたね」
気付けば、巨木に射しこむ光は茜色に染まっていた。夜の帳は下りてきて、しばらくすれば真っ暗となるだろう。
「思い出話だけで終わってしまって申し訳ございません」
「そんな、貴重な事を聞かせて貰いましたから」
「しばらくは、ここに滞在するつもりですか?」
「よろしいのであれば、是非」
「そうでしたか。でしたら、わたしの家にお泊りください」
「え、でもそれは……」
「大丈夫ですよ。ここは女王の住まう場所ですから。夜になれば、わたしは一人のエルサーシュです。住んでいる場所も、ここではありませんから」
「そうでしたか」
元々エルフと交流を図るためにやってきたのだから滞在はするつもりであった。
そして、泊まらせてもらうという言葉はありがたいものだった。
最初にエルサーシュの家に泊まると言われたときは、いきなり外から来た者が女王のいる場所で寝るなど駄目ではないかと思ったが、次に続いたエルサーシュの言葉を聞いて椛は安堵した。
「さ、参りましょう。今日は久しぶりに楽しい夕食になりそうね」
そう言った時のエルサーシュの顔は、懐かしさを含ませた笑顔であり、彼女が長く生きている女王ではなく、ある日の少女のようだった。
冒頭は暴走した結果なので大目に見てください。




