戦斧携えしは豪傑なり 後編
続きです。
「はぁあああああ!!!」
「ヤバッ!」
グリュークと椛の差は五メートルは離れていた。
しかし、そのような距離などものともせず、踏み出した一歩で椛の目の前におり、上段に振り上げた戦斧が躊躇いなく振り下ろされる。
命中すれば確実に殺されると感じ取り、椛は自分の体を省みずする余裕などなく、横から叩きつけられるようにして飛ぶことで緊急回避をする。
それでも間一髪。グリュークの振り下ろしは椛の髪の先端を刈り取り、数本の短い髪は宙を舞った。さらに地面と衝突した戦斧は一瞬にして目の前にある地面を抉り陥没させた。当たっていれば真っ二つどころか、挽肉になっていた。
「よく避けたな」
「かはっ、ゴホッ! ……冗談じゃないわよ、あの速さ」
無理な回避によってせき込む椛。
彼女の感じた厄介とはなによりもあの速さだ。単純に振るわれる力、堅牢な防御。それらは移動しない――否出来ないというデメリットがあるからこそ可能だと思われていた。だが、前提を間違えて元より悼也と同じかそれ以上の速さを持っているとなれば、それは一瞬にして形勢が逆転したということな。今までは動いていないということだからこそ椛と悼也だけでも翻弄することができた。だが、この時点で椛の存在は逆に、悼也の足を引っ張るものとなる。
下手に椛が攻め手に出れば圧倒的に力量差のあるグリュークとはお話にならない。さらにグリュークが椛を狙うとなれば常に椛は逃げ回ることに徹するしかないのだ。
「さて、行くぞ」
要塞が動いた。
狙いは変わらず椛であり、一足のしかも低高度での高速移動。跳んでいる間に攻撃の準備は完了し、今度は袈裟斬りを繰り出す。
受け止めることも不可能である故に、避けの一択。
「風莉!」
『うむ!』
傍らに付き添う風精霊にすぐさま叫び、上空へと跳躍した。
単純な跳躍。されど、高度はすでに二十メートルは越えようか、椛はその身を宙へと投げ出した。
またも空振ることとなったグリュークの戦斧は先ほど同様地面を抉り土煙をあげる。
「ぜぁあああああ!!!」
『モミジ、気をつけろ!』
「え!? きゃ、ぐっ!!」
土煙から雄叫びが聞こえたと思った時、風莉が叫び、聞き届けるよりも先にソレは椛を襲った。
咄嗟に反応できたのは腕を顔の前で交叉させたところまで。土の飛礫が椛の全身に叩きつけられる。いくら土といえ質量をもち土塊となっていれば話は違う衝撃を生んだ。
さらに運が悪かったのは最も大きい土塊が椛の鳩尾を直撃し、意識が混濁を起こした。そのせいで徐々に降りていた体は風の加護を失い、重力に従って地面へと墜落していく。
椛が跳びあがったのは真上。故に、まだ下いるグリュークにとっては恰好の餌食である。
「終わりだ」
晴れた土煙の中から、グリュークの姿が現れる。
殺さぬようにか効率よくなのか、握られている柄はそのままでありながら、斧としての象徴である三日月刃を土が覆い形を成していき、鎚となっていた。
「ッ」
無論、そのままグリュークに鎚を振るわせるわけにはいかない。
体勢を立て直していた悼也は舌打ちをしてグリュークの背後へと走り出し、彼自身を踏み台にして椛を救出しようとする。
その時、グリュークの口端が上がった。
「解放」
「なっ!?」
悼也が罠だと気づいたときには遅い。
グリュークの全身を覆っていた土が弾け飛び、悼也の体を殴打した。
避けることの叶わない全方位攻撃によって悼也は足を止められる。その時間は少ないものであったが、グリュークが椛に鎚撃をしかけるには十分すぎるほどに大きい時間であった。
「はぁあああああああ!!!」
そして、振りかぶられた鎚が椛を襲う。
「させっない!!」
よりも早く、椛とは別の少女の声が上がり、今まさに椛を殴りつけようとしているグリュークの背後からその姿を現す。
少女はそのまま跳びあがり、遠心力による強烈な回し蹴りがグリュークの側頭部に炸裂した。
「ぬ……ぐうぅ」
完全に隙をついた形での奇襲により、脳を揺らされたグリュークは体勢を崩し、椛に当たるはずだった土鎚は対象を捉えることは無く振り抜かれたことで地面に陥没する。
「どこに……いた……?」
グリュークの体が地面に落ちようとした瞬間に発したのは当然の疑問であり、脳裏に映ったのは元々三人組であったということだった。
「勝負あり!」
グリュークの体が接地すると同時に、彼の妻であるクィンの声が響き渡り、彼もまた意識を落とした。
椛、椋、悼也の戦い方は極めて単純なものだ。
そもそも三人でいてもグリュークと正面から話していたのは椛だけであり、椋と悼也は椛の斜め後方――即ちグリュークにとっては視界に入らない場所にいた。これは対象の注意を椛一人に集中させることで死角からの奇襲をしやすくするためである。
そしてグリュークが実力を見ると言ってすぐに、椋は己の限界で気配を隠蔽し出来る限り悼也の後ろを歩くようにした。このときグリュークが一度も後ろを向かなかったおかげで違和感なく椋は姿を消し、椛と悼也だけとう構図を成り立たせた。さらに椋の奇襲の成功率を上げるために、悼也が真正面から何度もグリュークに特攻する、椛が連携を使わせることで椛と悼也に注意を惹かせる。後に、数度の悼也の攻撃を細かい部分は変えながらも同じものだと刷り込ませていき、変化に対して疎くしていく。
この辺で最も厄介だったのは土鎧だ。一度椛が殴った時にある程度の特性を理解し、悼也が数度に渡る鎧への攻撃によって確認作業を行う。決定的であったのは鎧に攻撃した時、グリュークは殴られたということはわかっていても絶対の信頼感からなのか気にした様子をおこなさなかったことだ。直後に悼也が土を削ることで鎧を剥ごうとしたとき、本来であれば振り払うのではなく悼也に向けて叩き付ければ避けるどころか防ぐことも難しかっただろう。それでも、振り払ったというのは離したかったということなのである。
そもそも、グリュークが動くということも想定にはあった。
確かにあれは堅牢な鎧であり重さがあるのかもしれない。だがそれ以上にグリュークの鍛えあげられた体があの程度で動かせないわけはないからだ。よって、椛と悼也が体勢を崩した時に真っ先に椛を襲ったということも狙っていたこと。もっとも意識を集中させていた悼也に目もくれず椛に向かうということはどちらを先に潰すのかが決まっており、必然的に弱い方を狙う。そして、追い詰めたときに椛を助けなければならない悼也はグリュークへと向かってくる。その時こそが隙であり、本来護るという役目であった鎧を使うことでグリュークは悼也への騙し討ちを成功させた。
だが、これこそが最終的な椛の狙い。
囮としては悼也であろうと椛であろうと構わない。あの土鎧の装甲をどうにかして剥がし、さらには決定的に隙の出来上がる大振りの一撃を放たせる。
その瞬間、今まで隠れていた椋が姿を現しグリュークを仕留めれば全ては成功であり、見事にグリュークを地につけることが出来たのだった。
「命張った甲斐はあってよかったわ……。
寿命がいくらか縮んだけど」
「ありがとね~、椛ちゃん」
「ええ。それと悼也も、助かったわ」
「悼也君もありがと~」
「………………」
現在三人は宿屋にいた。
あれからすぐにグリュークは意識を取り戻したが、脳が激しく揺さぶられたことで酩酊とした状態だった。クィンはグリュークが立てるように補助をして三人とギルドへ戻ると、「実力に関しては合格です。宿のほうにはこちらの書状をお渡しになられれば宿に泊まれますので」と言った。なのでクィンに一つ椛が礼を言うなり宿屋へと向かい、無事泊まることが出来たのだった。
「それでさ~椛ちゃん」
「ん? どうしたの椋?」
「エルフを探すって言ってたけど、具体的にはどうするの~?」
「…………………」
その言葉に、椛は固まった。
確かに、椛が調べたことと推測でエルフがザントキシルムのさらに奥にいるということはわかった。だからといって、奥の何処にエルフたちがいるかということは、椛も見当はついていなかった。
今回の一件に関していえば、前回の獣人の時のように見つけたわけでも追跡したわけでもない。範囲はザントキシルムから西の未開拓領域であり、あまりに広大過ぎるのだ。砂漠から砂金を探すようなものであり、下手をすれば迷って死ぬかもしれない。
「……正直に言って策も何もないわ。
ただ、今回に関していえば三日分の食料で森には潜る。そして、最大でも一週間以内にエルフを探しきれなかったら、出戻りになるわね」
「そっか~……」
「しょうがないわ、捜索範囲が広すぎる」
だからこそ、期限を定めることにした。
椋も、椛の言葉に頷くしかなく、間違っていないとわかっていた。
「だから、明日か明後日には探索するんだから今日の疲れを持ち越さないようにしましょう」
外は既に暗い。
夕食は宿屋の主人が出してくれたので、あとはもう寝るだけ。
一週間近く移動していきなり強者との死闘。密度の濃い一日であったために、疲労は臨界点に達しようとしている。
「そう、だね~」
椋も眠いと決め込んだからには睡魔が襲ってくるのも早く、目頭をこすっては睡眠の体勢に入り始めた。悼也は既に別室に行っている。もう寝ているのかもしれない。
だから椛も言った張本人である故、寝る準備をする。
「それじゃあ椋、おやすみなさい」
「うん~おやす……み」
部屋を照らしていたホタル石の照明に蓋をして、部屋は暗くなる。
そして布団にもぐりこんだ椛は、すぐに寝息をたて始めたのだった。
戦闘描写はやっぱり難しいです。何度も同じ言葉や言い回しを使うというのは語彙の足らなさが原因なんでしょうけども。頑張りたいです。




