そうだ、西に行こう
一週間が経過していた。
実際のところ新たな種族との橋渡しをしたということで恩賞が貰えるという話が持ち上がったのだが、椛がそれを辞退し、椛が出なければ椋も悼也も出ないので結局恩賞は貰わなかった。さらに、今回の話において三人は自分たちの関与をしてもらわないようにしてもらい、公式の情報ではフェルラのギルドマスターであるリーデロッズが獣人との仲を取り持ったということにしてもらった。
元々この国の者ではない三人なのだから、内政やらなにやらゴタゴタしたことには手を出す気はさらさらないし、何よりも自分たちの所属しているギルドのギルドマスターであるビスタートしか三人の正体を知らないのだから、余計な騒動は起こしたくないというのが正直な話であった。
しばらくぶりにピメンタへと帰還し、家に辿り着いたら休むことにした。また、獣人のところでは本来の目的である自分たちの世界に戻るための方法という情報は手に入らなかったことから、今度は出来る限り情報を集めてから行動しようということもあり、椛はピメンタの資料からドラクンクルトまで出向いて王立図書館の本を読み漁り、そのあいだ椋と悼也は資金繰りや自分たちの身の回りの準備をしていたのだった。
そして、ドラクンクルトから椛が戻ってくるなりに二人に言った。
「西にいきましょう」
「へ?」
「………………」
突然そんなことを言われたのだから、椋も笑顔が少しばかり固まった。悼也も、表情や仕草には出ていないが驚きはあった。
さすがに自分がとんでもない事を言ったことを自覚している椛も、すぐさまに説明する。
「ごめんね。えぇーと、椋と悼也に頑張ってもらってる間に、私が情報取集しに行くってっていうのは言ってあるからわかってるわよね?」
「うん~」
「ああ」
「で、まぁ時間も限られてから図書館の本も半分は読めなかったんだけど、それでも結構面白い情報があったのよ」
「どんなの~?」
「『エルフ』、よ」
言うなり、椛は手に入れた情報をいくらか紙に書き写したものを机に広げる。
ちなみに、王立図書館に保管されている本の総数は七か国最大であり約十万冊あるわけなのだが、椋はその総数を知らないし、数を聞いたところで椛ならやりかねないことぐらいはわかっているので別に気にはしていない。
「正確には明言されてないんだけどね。
すっごく古めかしい手記があって、紙もところどころ穴が開いていたし、文字も掠れて読めるところは少なかったんだけど、多分間違いないわ。
まず、この筆者は自分が遭難するところ始まって、助けられるの。その助けられた人が――」
「エルフなの?」
「そう。
特徴は肌色白く、髪は金色に輝き、耳は丸くなく尖っていた。私たちの方のおとぎ話なんかでも出てくるエルフと同じなのよ。それでね、ほかにもその種族独自の道具なんかがあって、風を纏った靴や仕掛け一つで火が起こったりする炉。それでももっとも重要なのは、『精霊』という言葉は元々エルフから伝わったということ」
「それじゃあこの手記の人って~」
「恐らくは、ギルドを作る発端となった人よ。この国の歴史書を読んだけど、何でもその代の王が突然ギルドを立ち上げた影には、一人の商人の姿があったとも書かれていたわ」
「じゃぁ~、どうして西に行くってことになったの?」
ここまでどうしてという話にエルフが出て来たことはわかった。
しかし、なぜ西に行く必要があるのかが椋にはわからない。
「そうだったそうだった」
つい話に夢中になってしまい、肝心な部分が抜けてしまったことに椛も反省する。
「端的に言うと、手記の幾つかには自然が豊かであったりとか、森にだったりとかもあるんだけど、何よりもこの筆者が迷った場所はここピメンタから西に存在するザントキシルムら辺だったのよ。だから、西」
「よくわかったね~」
「ええ、苦労したわ。持つだけで崩れ落ちそうだったし、文字独特だったし、欠損による文章抜け落ちで、実際あの手記読み解くだけでほぼ一日使わされたわね」
「あ、あはは~」
「ともかく、次の目的地は西よ! 明後日には出ようと思ってるから、準備してね」
「は~い!」
「わかった」
そんなわけで、三人の次の場所は西の森にすむであろう、エルフと遭遇することに決まったのだった。
「おう、久しぶりだな」
「どうも、ビスタートさん」
次の日、椛は一人ギルドを訪れ、ビスタートが出迎えた。
約一週間ぶりになるわけだが、特にどちらも変わりはない。
「しかし、おめぇらも面白いことすんなぁ」
「私としては、やりたいことをしただけでしたし、必要の無いものはいりません。そもそも、関係の無いことにあまり口出しするのは無責任でしょう?」
「自分の事は自分でやるさ。ただ、人間褒められて嫌な気になる奴はそうそういないぜ?」
ただ、ギルドマスターであるビスタートには、椛たちが何をしてきたのかはわかっているようで、人目があることから明言を避けているが十分に会話通じる。
ビスタートとしては自分の所属するギルドの者が手柄を得るというのは嬉しい事でもあるのだが、もとより三人は期間限定であり、さらには別の世界から来たというんだから、あまり大事になってしまうと身動きしにくくなってしまうこともわかっていたからこその、言葉であるのだが。
「それよりも、明日にでも西に向かおうと思ってます」
ただ、椛はそのことをビスタートと話に来たのではない。なので、早々に本来の用件を伝える。
「……そうか。前の事もあってお前らは一部で有名人だ。とりあえずオレの知ってることはあいつ等もだいたい知ってると思っとけ。一応まだ個人の特定が出来てんのは少なくはあるが、面倒なヤツらに目をつけられねぇようにはしておく」
「ありがとうございます」
「いやなに、今度は何をしてくれんのか楽しみだしな。頑張ってこい」
「はい。失礼します」
「おう」
一応保証人であるビスタートにどこへと行くかという話は言っておく必要があった。三人が本当にこの世界出身であればそんなことは基本的に必要ないのだが、自分たちの存在を公的に繋ぎとめらていられるのはビスタートのおかげなのだから、何かあるときはどこに行ったのかを知らせた方が彼もまた行動しやすいということでの報告である。
そして伝えるべきことを伝えた椛は、ギルドをあとにした。
椛が去った後、ビスタートは一人考えに耽っていた。
そこに、このギルドの受付を主に行っているアネモアがやってくる。
「どうか、」
「しましたか?」
「ん? ああ、アネモアか。
いや、ちょっとな」
ビスタートにしては上の空だと認識したアネモアは質問するが、ビスタートの答えは曖昧。
なので、原因が先ほどの話にあるとは思っていたのでそれを聞く。
「先ほどはモミジさんと、」
「お話していた様子ですが、」
「何か問題でも?」
「んー、いやまぁ西に行くっつう話をしててな。なーんで西に行くか今思い出し中」
目を瞑って無精髭を触りながら唸るビスタート。
アネモアもビスタートが悩んでいることに関して一つ助けになろうと考える。
「それは、」
「あれではないですか?」
そして、一つだけ思いついた。
アネモアは基本的に受付嬢をしているわけなのでギルドメンバーや依頼主の話を機会もあり、他にも仕事が開いているときは本を色々と読む。その多く蓄えられえた知識の中に、西という言葉で思い至ったものがあった。
「たしか、」
「『エルフ』」
それは時折絵本に出てくる想像上の種族。
しかしこの七つの国から成り立つ歴史を読み解いていけば確実に何かが介在したことが裏付けられる外部の存在。それを、どうして聞きつけたかとある筋では『エルフ』という存在が現れるようになった。
同時に、正体不明の人間に似た種族を『エルフ』と揶揄することもあった。
そしてその『エルフ』は、西にいるという噂が存在していた。
「そうかっ!!」
アネモアの言葉に目を見開き、頷いたビスタート。
彼もエルフという存在を耳していた。何より、ギルドマスターである前に『Drifter』である時に、未開拓領域を探索しようとする者にとって『エルフ』という単語は切っても切れないものであった。
まともな開拓も出来ていない場所で正体不明の人影を見たとき、エルフがいたというぐらいには有名である。
そして、西に住まうエルフという噂が小さくとも絶えていない以上、まず異種族を発見しようという者たちはまず西へ向かう。そしてそのような情報は子供おとぎ話から、歴史のお話まで混じっているのだから、元の世界に戻ろうとしている椛たちにとっては大きく期待できる存在なのだ、エルフとは。
「エルフか。それなら納得だ」
「悩みが晴れたようで、」
「なによりです」
「ああ、助かった」
「それでは」
ビスタートに助言が出来たということで、アネモアは去って行った。
「しかし、エルフか」
アネモアの背を見送りながら、ビスタートのその表情は楽しげであった。
なにせ、あの異世界の少女少年は今まで人間以外に意志の疎通が出来る存在がいないと思っていたのにたった数か月でその長かった常識を打ち砕いた。獣人という存在を見つけることで。
そして今度は、エルフだ。
真実を知っているからこそ、期待してしまう。
『あいつ等なら』見つけてくるのではないかと。
「これでヤりやがったら、マジで本物だぜ」
期待を再度口にして、ビスタートは己のするべきことをするために行動を始めた。
この世界は、近い将来に大きな変化が訪れる。それが良い結果になるか悪い結果になるかはまだわからない。それでも、楽しんだもん勝ちだということをビスタートは信じていた。
久々の登場はすぐに退場。アネモアさんなんて、いたの?と思われるぐらいなのに……。




