見かけし獣人、追跡せし人間
そんなこんなで、十分な資金が集まるのに一週間が経過していた。
ただ、これに関しては椛が見越していた経過日数よりも大幅に短縮された方で、本来であれば一か月は覚悟していたほどである。
椛の設けた制限には、Bランク以下の依頼しか受けないようにしていたのだが、とある理由により本来であればお目にかかることも一生にあるかどうか怪しく、都市伝説的な扱いになっているRランクという依頼を請けることになったりした。
Rランクとは貴族が内密にギルドへとだす依頼であり、依頼人が依頼人なだけにその報酬もSランクの報酬が金銭的な額だけで言えば霞んでしまうぐらい高い。しかしその分、リスクというものは高く、自覚あるなしに嫌われていたり恨まれていたり、享楽的だったりする貴族がいるのだから、その依頼を行えるのは貴族が指名したものだけ、となっている。
だからこそ、そういった意味としては貴族の目に留まるぐらいの功績や立場が無くてはならないモノなのだが、どうやら三人を指名したその貴族は先日三人がドラクンクルトでのあの試験を知っており、そして、三人がその依頼に適性があるから、ということで指名されたということだった。
ちなみに、指名された者は相当な理由が無ければ断ることは出来ない。また、依頼の内容は他言無用とされ、その内容を知ることが出来るのは依頼を請けた指名者本人と、その指名者の所属するギルドのギルドマスターのみ。もし他言すれば、例えギルドマスターであっても、只では済まない。
そんなわけだから、三人|(主に椛)は戦々恐々としながらその依頼を請けたわけだが、肉体的な意味ではそこまで辛くは無く、けれども精神的に(椋を除いて)疲れる依頼内容だったいう。
ただそのおかげで、予定よりも資金が集まったのだから、椛はこれも良しとしたのだった。
資金は溜まり、準備も整った三人。
あとは未開拓領域に行くというわけだったが、ここで椋の提案により北を探索してみることとなった。
北、というと北東に位置するピメンタからは北西に向かった先にある、フェルラ。
木々が生い茂り、壮大な自然が広がっている土地であり、自然を開拓している国というよりは、自然と共生して栄えている国だ。
善は急げということで、三人はビスタートにその予定を伝えると、あちらにも連絡はしておくので言ってくると言い、と許可も得た。あとは彼から未開拓領域を進むにあたっての支給品などを借り受け、三人はフェルラに向かうのだった。
「ホントにこれ、地図どおりなのかしら……」
「道……はないよね~」
三人がフェルラに向かってから四日が経過した。
辺りは一面草草草の木木木に囲まれており、最初の方にはあったそれなりに整備されていた道は、いつの間にやら踏み固められて出来上がった獣道になっている。
地図を見た限りと方位を確認する限り進んでいる方向は間違っておらず、着実に進んでいるはずなのだが、一面が木々なために細かく場所を確認しなければ遭難するであろう。
加えて、縄張りに近づいたりしていることから森の奥からは威嚇の遠吠えや、小動物らしき何かが木と木の間を巧みに渡り、その際の葉のこすれ合う音が様々な場所から聴こえてくる。
夜になればそこは闇。高い木によって空の明かりは地面を照らすことはほとんどなく、日暮れ前には野営が出来るように準備しなければならないので、進むのは普段よりも遅々としていた。
精霊の力を借りることでの移動方法もあまりに速すぎると細かい制御も難しく、複雑に並び立つ木を避けるのは森の構造を把握しなければ出来ない故に自重した。
ただ楽なのは、どうやら悼也の影精霊はいつからかいなくなっていることから影のスペースが空き、そこに重要な荷物や重い荷物などは収納して運んでおり、移動自体には体力を消費することはない。
「椋のおかげで水脈とかを感知して飲める川を発見したのは救いかもね。一応、水のあるところに人は……いえ、生物は住むようになるもの」
「お水は命の源だからね~」
そしてまた、森に入ってから椋が川を発見した。
地図にある正規?道からは大きく外れおらず、さらに道なりに川が流れていることから、貴重な水を減らすことなく、さらには川を遡って行けば自ずと人の住む場所にはかち合うだろうということを期待して進んでいた。
「ま、ここらへんは人がたくさん通ってくれてるおかげで、魔物や野生動物の縄張りに入り込まないからいいわよね」
「それは同感――ッ!?」
「隠れろ」
それは一瞬の出来事だった。
椛と話していた椋の表情が一変して緊張が走り、目にも留まらぬ速さで椛の手を軽く塞ぎながら周囲を見渡す。それに一拍おいて悼也が咄嗟に椛と椋の腰あたりに腕を回し、近くにあった大樹を背にして息を潜める。彼は声こそいつもと変わらぬ平坦なものであったが、強張った表情と研ぎ澄まされた気配は、只事ではないことを状況の把握できていない椛に理解させた。
――ぎゃおおおおおおおおおおおおおお!!!
「っ!?」
「「………………」」
森に響き渡る、獣の断末魔。
耳を劈く音に椛は身体を委縮させ、椋と悼也は一層警戒を増して意識の網を至るとこに張り巡らせる。
木々同士の擦れあう音を頼りに、不自然な音の動きに耳を傾け、それは捉えた。
「ったく、わざわざこんなところまで来ることになるとは。
いっくら食料をあまり近場で捕り過ぎるとセータイケーが崩れるとはいえ、めんどぉったらありゃしねぇ」
「なに……あれ……?」
「人? でも、あれは馬の下半身だし……」
「ケンタウロス」
それは、上半身が人間の構造でありながら、下半身が馬という、おとぎ話に出てくるケンタウロスそのものであった。
ケンタウロス(男)の腕には、その体よりも軽く三倍はあるであろうか、絶命した、巨大な牛がいた。
馬の男は愚痴るように歩きながら、しかし腕に掴んで引き摺っている牛の重さなど気にせず、馬独特の軽やかさで森の中を歩いていく。
「あー、結構デカい音出ちまったが、ここら辺人間いねぇよな? 見つかると厄介だしなー」
「「「………………」」」
どうやら馬男は三人のことに気付いていないようだ。まぁ、距離からして大きく差があるのでそうそう見つかることは無いはずだ。それでも、用心に越したことは無い。
そうして、馬男は森の奥を歩いていった。
「どうする?」
「追いかけたい~!」
「言うと思った……」
一応、摩訶不思議な生命体を発見したのだ。後々に何か役立つかもしれないので、あとを追うかと問うてみれば、間髪入れずに椋は瞳を輝かせて答えた。椛としては予想通りである。
しかし、ここで追いかけてしまった場合、道から外れてします。最悪、あの馬男を見逃したことを考えると、遭難ということにまで発展してしまうのだ。
「じゃあさ、二手に分かれよう!」
「いいけど、追いかけるのは、一人じゃなきゃダメよ?」
「わかってるって~」
「そう。じゃあ、悼也お願いできる?」
「ああ」
「ええ~、どうして悼也君なの~! ボクが行きたい~!」
「駄目よ、それは。
反論なしに、ああいった尾行は、極力見つかるのを避けなきゃいけないわ。それに一番適してるのは、確かに椋なのだけれど、それは普通の場合よ。あの馬男が何なのかわからない以上、椋を行かせるよりは悼也の使える影を最大限に利用した方がいいわ」
「う~」
「わかってちょうだい」
「わかりました~」
しぶしぶだが、椋は従ってくれた。椛としても椋の意見を汲んであげたかったのだが、万が一を考えた場合、影を操れるという利点を持っている悼也の方が今回は適任である。
椛はそうすると疾く行動に移さなければならい。手持ちの荷物入れから、椛は三つあるうちの一つの透き通った緑石を悼也に差し出す。
「悼也、これを持っていきなさい」
「わかった」
悼也に渡したのは、ビスタートから借り受けた道具。
効果は、同じ色同士の石による会話が出来るというもの。しかし、それには色に適した精霊か精霊と契約したものが扱わなければならないというもの。つまり、椛から悼也への連絡に使えるものだった。しかし、それでは椛から悼也への発信機となるだけで、悼也から椛に連絡を取ることが出来ない。
だがそのことに、椛は考えがあるようだった。
悼也に渡すと同時に、目を瞑り、手の平を出して意識を集中させる。
「ちょっと待ってなさい。
……きて、風莉」
空気が、椛の手の平に集束していく。穏やかに、しかし急速に。
それは一つの小さな珠となり、割れた。
『ふわぁ~。なんじゃ、ある――モミジよ』
「おはよう、風莉」
『おはようじゃの。それで、要件は?』
「悼也についていってあげて」
『ふむ、連絡か。承知した』
椛の手の平に顕れたのは、サイズこそ二頭身の手の平サイズになっているが、椛の契約した風精霊そのものだった。
「え、えええ椛ちゃん! なにそれ!? かわいい~!」
『な、なにをするか!?』
「風莉よ。私が契約した風精霊」
「え、でも椛ちゃん、精霊って皆自分の土地があるから、動けないんじゃないの?」
「ええそうよ。だけど、その風莉は私の契約した風精霊であって、ちょっと違うの」
「どういうこと?」
「んー、説明は後にしましょう。あまりここで時間をかけると、本当に見失っちゃうから。
悼也、風莉」
「行ってくる」
『またの、モミジ、リョウ』
風莉が椋の魔手から逃れ、悼也の肩に乗ると、悼也は大事となる荷物などを影から展開し、馬男の追跡へと向かうのだった。
それを見届け、椛は地面に置かれている荷物を背負う。椋も同様だが、椛より椋は多く。
「それじゃ、行きましょう椋。荷物が増えたのは仕方ないとして、私たちはとりあえず街に辿り着くわよ」
「は~い」
こうして、三人と一柱は二手に分かれ、行動を始めた。
椛と椋は、フェルラのギルドのある街へと向かい、悼也と風莉は、謎の馬男の追跡。
人間と獣人。似て非なり近しい種族の、邂逅を果たす起点となるのは、この時だった。
「ねぇねぇ椛ちゃん。ボクもさっきみたいのって、出来るの?」
「ええ。コツさえつかめば簡単よ」
「ホント~!? 教えて教えて!」
「わかったから、わかったから。抱きつくのをやめなさいって!」
さて、二手に分かれたところで、一つの話の中で同時進行させるか、話を分けて集中的に進めていこうか……悩み中。




