影装具現化
――クリムゾンドラゴン
Sランク。
竜型の魔物。
ドラクンクルト南部、シジギウム北部に跨いで存在している火山に生息しているとされている。
名前の通り真紅の鱗で覆われており、暑さはもちろん、山を流れる溶岩は竜にとっては水場の役割を持つようなもの。
また、その大きさは尻尾を含めれば大の大人が四人はあるほどに高く、大きい。
エサは火山周辺に生息する火棲生物。
Sランクに上がるものが最初に乗り越えるべき魔物の一体であり、人間への悪環境と竜にとっての好環境によって単独での討伐は激しく困難なものとなる。
ちなみに竜の形であっても魔物であるため、意思の疎通は出来ない。よって未熟なものが出会ったときは逃げるか、死ぬか。もしくは出くわさないようにすることが大事と、されている。
「熱い……」
誤字ではない。
「そうだね~……」
吹き抜ける風が、三人の間を通り抜け、椛は額から汗が流れ落ちるのを服の袖で拭う。
そしていつもは元気な椋も、どこか語尾の辺りが弱弱しいものになっていた。
「少しは私の風で熱を妨げてるけど、それでもこれはキツイわね」
「うん。ボクの場合は一帯に水がないから力の使いようがないしね~」
溶岩には確かに流動体ではあるが、それは金属が溶けたようなもので、溶岩から水分は得られないらしい。
ただ正確に言えば、三人の荷物の中には水はある。
しかし、それはこの火山内において三人の生命線だ。むやみに使うことが出来ない。
なので苦肉の策として、椛が気流を操作することで幾分か周囲をマシにしている、ということだった。
『嬢ちゃんたち、辛そうだなぁー?』
そこに悼也の影が不気味に揺れ、三人の頭の中に文字が浮かび上がる。
悼也の契約した、影精霊が話しかけてきたのだ。
この現象は既に体験済みであるために特に反応はしていないが、それでも突然このことをされたときは椛と椋は驚いた。
「なによ?」
椛は影へと冷ややかな目を向ける。
暑い中で面倒なのが話しかけてきたのだ。多少こうなるのは仕方がないのかもしれない。
対する影精霊はおどけるように影を揺らす。
『いやなに、こうも熱源の多くさらには火精霊たちが多く存在するところっていうのは人間にとっちゃぁつらいんだろうなー、って思ってね』
「おちょくりに来ただけなの?」
『いやいや、そう焦んなって。一応、俺っちの力が役に立つんじゃねぇか、ってお話よ!』
「?」
『よくわかんねぇだろうな。まぁな、俺っちは影の精霊だろ?』
「……そうね」
『だからこそ、俺っちの力っつうのは基本的に影の使役だ。そしてここには多くの光源があって、さらには多くの岩があり、それによって影もたくさん存在するんだよ』
「………………」
『はっきり言って契約したのは初めてだが、精霊が契約した際の恩恵とかってんのは俺っちもなんとなくわかってんのよ。で、力を行使するのは契約者の創造力しだい。つまり、操れる存在とそれを操る思考さえあれば何でもできるっつーわけよ。
でまぁ、俺っちが入ってる影は俺っちが使っちまってるわけだから使用は出来ねぇけど、まだ嬢ちゃん二人の影はフリーなわけだ。つまり――』
「悼也が私たちの影を操ることで、身を守るというわけね」
『そういうことっ』
椛は影精霊の言いたいことがわかった。
風精霊と契約する際にも言われたことだが、創造力しだいでどうにでもなる。
それはつまり、椛が風を操ることで気流を操作するのもそうだが、それならば、風を集めることで質量をもった武器などにも出来るということ。
それを、今回は影を使うという話だ。
だからこそここで大事なのは、悼也の創造力。
「できる、悼也?」
無表情のままではあるが、それでも汗がにじんでいる悼也へと向けて椛が問う。
「やってみよう」
対する悼也は一言簡素に返し、集中を始めた。
『お、いいねいいね、いい具合に集中できてるよ』
「アンタもうちょっと黙ってなさいよ」
『安心しろって、今は嬢ちゃんたちにしか話してないからよ』
「あ、見て!」
椛と影精霊が話していると、椋が足元を指さす。
それにつられるようにして椛も足元を見てみれば、なんと、自分の影が形を変え、立体になり形を成していく。
それは時間をかけるごとに形を変え、粘土を弄るように丸まったり、伸びたりする。
やがて、影は薄く膜状になり、周囲を包んだ。
それと同時に、先ほどまで少々眩しいくらいには明るかった周囲が仄暗くなり、熱を持った光も風も遮られた。この影の幕の内側と、外側を断絶するように。
「凄いわね……」
椛も、これには驚きを隠すことは無い。椋も同様だ。
『始めての具現化にしてはやるじゃねぇか契約主様よ!』
影精霊は感心したようにテンションが上がりまくっている。無視でいいだろう。
「ありがと、悼也」
「助かったよ~悼也君!」
二人のお礼に悼也は無表情で答える。二人としてはこうなるのもわかっているので気にしない。
「それじゃ、先を進みましょう」
「うん~」
影に幕によって幾分以上に楽になった三人は、警戒をしながら奥へと進むのだった。