精霊の試練 前編
精霊は、何処にでもいる存在。
それは場所が同じでも条件が違えば違う見方、性質を持つ。
その後、水浴びも終え、着替え終えた椛はテントに戻ると、食事を調理し終えたビスタートがおり、椛もそれにありがたく頂くことにした。
全ての準備も終えたころ、ビスタートが話を切り出す。
「もうあと少しでも登ってしまえば恐らくは精霊のいる場所までたどり着けるだろう」
「はい」
「精霊との契約だが、言った通りに試練に打ち勝った者だけがその力を与えられる。
で、今回オレはこの試練は行わない。よって、精霊との試練の時もオレは見ていることに徹するから、それだけは踏まえていてくれよ」
「わかったます」
「そんじゃ、そろそろ行くか」
そして、ビスタートの言葉は間違いなく、遂に霊峰の頂上ともいえる場所へとたどり着いた。
「すごく高い……」
「そうだな、ここからならピメンタのほとんどが見渡せるな」
頂上からの景色というものは、とても壮観なものだった。
そしてそこには、目的となる存在がいた。
『よく来たのう、ここまで来れた者は久々じゃ』
その姿は椛よりも小さいぐらいだろうか、小柄な少女と言っても差支えがないほどなのだが、その雰囲気と言葉遣いは年期の入ったものだった。
この少女が、風の精霊なのだろう。
「私は、風の精霊と契約に来ました。あなたで、よろしいんですか?」
『うむ、その通り。我こそがこの霊峰に存在し、この霊峰を統べる精霊よ』
「では、あなたとの契約を成すには、どのようにすればいいですか?」
精霊との契約は、試練を乗り切ることで成立する。
だが、その少女は一つ首を振ると、椛を見据えて声ではなく、頭の中にへとその意思が伝わってくる。先ほどからそうだった。
『よいか、契約しに来せし者よ。はっきりというならば、ここまでくるというのが、我なかでは試練なのじゃ。ゆえに、ここまで辿り着いた時点で、お主は我が試練を乗り越えておる。
道中で見たじゃろう? この霊峰に居るゾンビのほとんどは我の試練に打ち勝てず、滅びていった者たちじゃ。ど奴も確かに腕の確かな者たちじゃった。しかし、ここまで来れた者は一握り。その中に、お主も含まれるということじゃよ。といっても、ここまで来れたのはまだ二桁にも上ってないがの』
「では」
『うむ。お主を我が主として認めよう。それと、お主も――』
「あー、オレはいいぜ、オレはそいつの保護者だからな」
『お、お主……まさか……』
「ん? ああ、なんだまさか記憶あんのか? つってもよ、あんときはちゃんとオレはオマエの……まぁ正確には違うのか?まぁいいや。ちゃんと試練を突破してんだ文句ないだろう?」
椛との会話しているときまで精霊の態度は確かに尊大なものだった。
しかし、ビスタートを風精霊が意識にとらえた途端、その尊大な雰囲気は何処かへ消え、うつむき、肩を震わしている。そして、段々とだが、その雰囲気は怒りのようなものを抱き始めている。
『そ、そうかそうか、お主が我が一生の恥を作ったともされるものだったか……』
「いや恥じって」
「何をしたんですか、ビスタートさん?」
「ん、ああそれはな――」
『喋るでないわ小童! お主の口より語れるぐらいなら、我がなぜこのように今怒っているかを教えよう!』
「は、はぁ……」
『あれは、十年前じゃ。この霊峰は呼び名の通り普通の山ではない。周期的にじゃが、この頂上には精霊の力の源とも呼べる力が異常に高まるときがある。そして、この霊峰で生まれた我はその霊峰の周期的な事象に影響されやすいんじゃ。で、その周期の時のわしは口調、性格、姿も変わるのじゃ。荒々しい、雷のようにな』
「それって……」
『うむ。まぁさっしもつくじゃろう。そしてその霊峰の周期日のとき、こ奴は来おった。現在のわしとの契約にな。だが、その時のわしは風の精霊ではなく雷の精霊。本来一度決まった属性の精霊が別の属性になることは無いが、まぁわしがちょっと変わっておるだけじゃ。そして、雷の精霊である時のわしは、現在のわしよりも攻撃性もそうじゃが、精霊としての力も格段に上になる。そして、そのことに無意識ながら雷の精霊時のわしは誇りに持っていいたのじゃ……』
「で、ビスタートさんがやってきて、自分が仕掛けた試練を突破されて、しかも誇りも打ち砕かれたと?」
『その通りじゃ……。ああ、あの時のわしの酷さは……。
やはり、あのままというのは納得せん! あれはわしであるが、わしではない! 小童! もう一度我と勝負せい!』
「お断りだ」
『そうかそうか。……って、なぜじゃ!?』
「いや、オレには特に理由がないし」
『ぐぬぬ……。そう申すなら、契約は無効とするぞ!』
「えちょっ!? 私とばっちり!」
「そうだぜ、オマエ自分で試練は突破したっていってただろうが。そういうのはいいのかー?」
『ぬぐっ……』
「まぁ、そこまでいうなら、俺にも条件がある」
『なんじゃ、それは!?』
なんというか、この精霊とビスタートのやり取りをみて、椛は一つの結論を得た。ああ、この精霊はそこらの人間よりも人間だ、と。そして逆に、ビスタートという男はなんともブレない男だ、とも。
だが、椛はそこで読み違えていた。このビスタートという男が、普通の条件を出すはずがないということと、現在この精霊はまともな思考をしていないということを。
「オレがここに来た理由は今そこにいるツレの保護者監督だからだ。
よって、今のそいつはオレの代理人というわけだな」
『つまり……』
「そうだ。お前と、モミジが改めて精霊の試練を行い、モミジが突破できればオレの勝ち。モミジが突破できなきゃお前の勝ちで。どうだ?」
『ここにおる女子をわしが試練を行い、突破できなければ貴様の負け……。女子は小童の代わり……つまり女子は小童……』
「あの、いや、それはちょーっと意味が変わりませ――」
『よし、ならばよいじゃろう! 女子! これより試練を行う!』
「少しは話しをきけー!」
「しょうがないな、モミジ。これも運命だ」
「アンタが原因だろうぅがあああああ!!」
『ふはははははっ! 決闘など久々ゆえ、気持ちが昂ってきたぞ!』
「もうやだこいつら……」
椛の言葉も二人には意味をなさず、なし崩しの試練|(精霊の私怨)が始まるのだった。