未来の約束をする。
『――俺は、片桐巫代さんを殺そうとしました』
片桐さんたちから、驚愕のようなそんな音が聞こえた。
正直、どんな反応をしているのかわからない。
顔を上げてしまえば、二人の表情から何もかもが窺えてしまうから。
一つずつ、あの夜あったことを話す。
どうしてそうなったのか、中学時代の話も全部。
片桐さんたちは最後まで、黙って聞いていた。
全てを話し終えて、俺はただ処遇を待った。
糾弾されようとも、非難されようとも、受け入れるつもりだ。
『それで? 君はどうしたいのかな?』
穏歩さんの言葉に思わず顔を上げる。
そこには、優しくも真剣な眼差しがあった。
片桐さんは何か言いたげだが、穏歩さんに託していた。
『それで、って……俺は巫代さんをっ』
『わかっているよ。僕たちも正直言って困っているんだ』
怒ればいいのか、悲しむべきか。
或いはその両方が渦巻いていると言わんばかりに。
『それなら、尚更』
尚更、俺を責めるべきだ。
『けれど、それは過去の話だ』
言いたいことは山ほどあるはずなのに。
『これから、君はどうするのかな? だから、一人で来たんだよね?』
俺の次の言葉を待っていた。
巫代さんがいればきっと、一緒に背負ってくれる。くれてしまう。
それはいけない。それだけはいけない。
彼女が命を賭けてくれた以上、俺はその責任を背負わなければいけない。
こればかりは、俺一人でないといけない。
『俺は』
巫代さんは全てをくれた。
それに、俺をどうやったら、何を差し出したら応えられるだろう。
その気持ちに。その愛に。
『こんな俺が、賭けられる物は』
探していると、自分という人間がどれだけ浅はかで空虚な人間か気付く。
一度、命を棒に振ろうとした人間に何があるというのか。
「――めさん。彼芽さん?」
「……ああ、巫代さん」
あの子との別れを果たして、気が抜けていた。
極度の緊張状態が解放されたせいか、走馬灯が走っていた気がする。
今は、片桐家の近くの公園で休んでいる。
「ありがとう、巫代さん付き合ってくれて」
最後まで手を出さずにいてくれた。
巫代さんにとってそれは、きっと拷問に近かっただろう。
思ったことを割とハッキリ行動に移すタイプだ。
「……本当ですよ。危うく、握りつぶす所でした」
「本当だ。手に跡が付いているな」
まだ握ったままの手。
俺の手は跡が付くほどに強く握られていた。
その痛みが、俺にとってどれだけ心強かったか。
本当に生きた心地がしなかった。
あの子を目の前にして、思考がショートしてしまった。
それでも戦えたのは、巫代さんのおかげに他ならない。
ただ、その人は絶賛不貞腐れている訳だ。
「巫代さん、ごめん。機嫌を直して欲しい」
「嫌です。怒ります、ムカムカです」
これは困った。しっかり機嫌が悪い。
巫代さんは最後まで、会うことを反対していたからな。
「ですが、今日は彼芽さんの頑張りに免じて怒りません」
「……つまり、明日は怒るのか?」
「はい」
「それは困る。それなら、明日一緒に出掛けよう」
「なら、明後日怒ります」
「なら、明後日も」
馬鹿みたいなイタチごっこだ。
今はその中身の無さが心地いい。
「……明々後日」
「なら、ずっと一緒にいよう」
「なら……?」
「巫代」
困惑気味の巫代さんの手を改めて取る。
「俺は、貴方のことが好きです」
……いや、これは違う。恥ずかしいから言い訳している。
きっと、ずっと前からそうだった。
咳払いして言い直す。
「一目惚れでした」
初めて見た時からずっとそうだったんだ。
「俺と、結婚してくれませんか?」
「――――――」
巫代さんが大きく目を見開く。
言葉を理解するのに数秒かかったのか、一気に赤面した。
『――俺は、巫代さんとの未来を生きます』
片桐さんたちにそう言い切った。
結局、俺が言えるのはそれだけだった。
賭けられるものなんてない。一度捨てようとした以上、命なんて以ての外。
だから誓う。彼女と共に生きると。
『本当にいいのかい?』
最終確認の様に、厳しい声色で圧をかけてくる。
『これから先、辛いことがある。悲しいこともある』
『はい』
『それでも、君は生きるんだね?』
『……はい』
しっかりと頷く。
今まで一番、首が重たかった。
この約束は俺にとって、あまりに重い呪いになる。
『それなら、僕から言うことはないよ』
あっさりと納得する。
『え? あの、いいんですか? 今のはつまり、その』
『わかっているよ。むしろ、あれだけあの子の脳を……最近の若者は何と言うんだった?』
『焼く、ですか?』
『そうそうそれだ。あれだけじっくり焼いておいて、今更放っておかれても困るよ』
冗談ぽく笑うが、目が笑っていない。
そんなに焼いた覚えはないが、責任重大かもしれない。
『さて、僕からはお終い。君からは何かあるかい?』
二人とも立ち上がるので、つられて立ち上がる。
『……そうね。穏歩さんと概ね同意だけれど』
そう言いながら、片桐さんは俺の前に立った。
『貴方といることを選んだのは、あの子の選択。だから、それは責めません。けれど』
そのままビンタされた。あまりに小気味いい音が響いた。
ビンタで逸れた視線の先に、苦笑いの穏歩さんの顔があった。
『あの子の大切な人を卑下するのは許しません』
鋭い言葉が、追い打ちのように頬をヒリつかせる。
ただ、そのすぐ後に抱きしめられた。
『それと、ごめんなさい。私たちが貴方を守れなくて』
温もりのある抱擁に唇が震えてしまった。
この人たちに責任はない。それでも、少し救われた。
片桐さんは俺を離し、歩ちゃんの元に戻っていた。
『……彼女のビンタ、すごく痛いよね?』
『はい。滅茶苦茶、痛いです』
『はは。ビンタが上手いのは、いい女性の証拠だよ』
『それなら、巫代さんもすごく良い女性ですね』
ギョッとした顔をして『当然さ』と、笑った。
鼻高々と言った感じだ。
『……すごいですね。親って』
『すごいよ。君たちの思っている以上に』
未だに痛む頬。残った温もり。
不思議と、家族のことが恋しくなっていた。
「――え、あ、え?」
巫代さんが複雑怪奇な顔をしている。
赤面しながら、笑みを抑えきれていない。
心を整理する時間が欲しいのか、顔を逸らそうとしたり、身体をよじったりする。
だが逃がさない。手を強く握って、目をしっかり合わせて逸らさせない。
「あ、あの私ですよ?」
観念したのか、自虐気味の入りだった。
「ちょっと重いですし、性格もあまり褒められたものじゃないですよ?」
……自覚あったのか。
少しかどうか置いておいて、タジタジになる彼女は微笑ましい。
「あの、本当に私で良いんですか?」
一筋の涙が伝う。
目を逸らさないことで、返事をした。
追いかけるように涙が増えていく。
「ごめん。何度も巫代を泣かせるような人間で」
「謝らないでください!」
涙を堪えるように目を瞑った。
顔を上げてくるその仕草が、何の合図かわからないほど馬鹿じゃない。
そっと、顔を近づける。
味は少し湿っていて、何故か鉄の味がした。
たぶん、今さらになって血が流れてきたのだろう。
巫代さんが驚いて一瞬だけ身を引いたが、無理矢理抱き寄せた。
白い月の下、赤い契りをかわす。
永遠に感じるほど、長く。
これにて、この章は完結です。
一章目と違って連載に追われるという経験を初めてしましたが……大変ですね、これ。
話の整合性を取れているかどうかも不安ですし、色々と確認不足が目立っている気がします。
それでも、ブクマが四人に増えているので、最低でも四人は追ってくれたということで。とてもモチベになりましたし、有難い限りです。
気が付けば、小説二冊分位の分量になりましたが「もうちっとだけ続くんじゃ」という奴で、もう少しだけあります。
ただ、簡単な構想を考えるのに少し時間が欲しいので、次回の更新日は未定です。気長に待って頂けると嬉しいです。
完全に自己満足で書いるので、ここまで追ってくれた方がいるかわかりませんが、もうしばしお付き合い頂けると幸いです。




