表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/96

第8話 まだまだ子供だし

「ところでルージュ。なんで僕がパパなのさ?」


 一旦『祭壇』の地へ戻ってきてからラースは訊ねた。何も身につけていないルージュには上着を着せてあげた。彼女にとっては膝下くらいまでの丈になり、ちょうどワンピースのようだった。


「だって、それ、ママのでしょ。ママはいつも、大切なひとにあげるって言ってた。ママの大切な人って言ったら、パパでしょ?」


 ラースの手にする黒鞭を見ながら答える。


「あ、ああ、これ? これは君のものだよ、ルージュ。君にあげるために持っていたんだ」


「ほんと!? 本当に私にくれるの?」


「うん」


 咄嗟にそう返した。そういうことなんだ、と呑気に思う。きっと農具のように代々使うものなのだと。それが鞭、というのは彼には理解できなかったけれども。

 鞭を手にしたルージュはウットリと眺め、鞭の柄に頬擦りしていた。


「ありがと。私、一生大切にする。ラースからの贈り物だもん!」


「うん、そうだね。大切にしてね」


 そっと引き寄せながら、頭を撫でる。


「よかったぁ。ママは私を捨てたんじゃなかったんだ。私に大切なひとができたから、送り出してくれたのね」


「ん?」


 少し引っかかるものがあった。けれども、ラースの名を繰り返しながら悦ぶ彼女を、そのまま見ていたい気分でもあった。彼はしがみついてきた小さな体の、されるがままになっていた。


『お〜い、ラース〜』


 そんな柔らかな空気のなか、リグが戻ってきた。獲物を引きずりながら飛んでいる。


 ラースは空腹だった。『祭壇』につく前、トウサと最後の食事をしたのはいつだったか。帰りのことなど考えていなかったから、食料など持っていなかったのだ。

 任せろ、と力強く言って森へ消えてから程なく、リグは狩りに成功して帰ってきたのだった。


『どっちにする?』


 誇らしげに突き出したのは二匹の獲物。一方は森の草葉に隠れそうな緑色の蜥蜴。もう一方は長く発達した一本爪を除けば、兎のように見える獣。どちらもリグの体と同じぐらいの大物だ。一人で食べるには多すぎる。いやそれ以前に。


『って、言われても……』


「これ、食べるの? わ、私は大丈夫よ。さっきラースからもらったし」


 顔を見合わせたラースに、意味を察したルージュが首を振る。


 期待に満ちた様子のリグをいつまでも待たせるわけにもいかず。断るのも気がひけて、


『じゃ、じゃあ、そっちを』


 ラースは白い獣を指さした。それはすぐに膝の上に置かれる。


 リグはラースの隣にちょこんと座ると、残った蜥蜴の頭に(かじ)りついた。

 モノがモノなら、森の中でのピクニックという雰囲気だっただろう。現実には、硬い鱗と骨を噛み砕く荒々しい破壊音。血を啜り喉を鳴らす音。遠くから聞こえる鳥の啼き声が、ラースには幻聴のように感じられた。


『……でも、よくこんな大きいやつ二匹も獲れたね。僕は狩りなんかやったことないけど』


 隣を見ずに呟く。膝上の獣がまだほんのり温かい。


『ああ。ちょうどこいつら争っていたから。まとめてやったぞ』


 頭を上げて答えるその口元は血に染まり、それを長い舌が拭った。小さいながらも魔獣の凄みが伺える姿だ。


『喰べないのか?』


 言葉の響きはあくまで朗らか。その落差がラースを混乱させる。まして、リグルヴェルダスを知っている彼には。


「ちょっと! 何一人で食べてるのよっ! こんなのラースが食べられるわけないじゃないのよ」


 我慢できずにルージュが叫んだ。


「何言ってる? オマエは」


「ラースはねぇ。あんたみたいに野蛮じゃないの! ちゃんとした料理じゃないと、ダメなんだからっ! ねぇラース?」


『そうなのか?』


 二人に迫られるように見つめられて、ラースは返答に窮する。実際、このまま食べられるわけもなく。何か食べられそうな果物でも見つけてくる、というのは考えてみれば、リグがやりそうにも思えない。何もできない自分が、せっかく狩りをしてきたリグに不平を言うというのも違っている。ラースはそんなふうに思っていた。


「大体、リグってドラゴンでしょ? ちっちゃいけど、ドラゴンだったら炎ぐらい吐けるんじゃないの?」


『ああ、そうか。ラースはそっちの方が良かったか』


 獲物の片足を自身の尻尾の先端で串刺しにして持ち上げ、それを目の前に吊るす。


 轟!!


 高温のブレスが一吹きで毛皮を焼き落とし、皮を、肉を黒炭へと変えた。立ち上る煙を通常の吐息で吹き飛ばすと、地面へ置く。


『ちょっと熱いかも? 気をつけろよ』


『……あ、うん……』


 黒焦げの物体を前に言葉が出なかった。


「あのねえ! こんなにボロボロにしてどうするのよ。私、炎って言ったけど、普通木を燃やすとかじゃないの? 直接燃やしちゃって台無しじゃない。私だって道具があればもっと上手くできるわ」


「そ、そうだよね……。というか、ルージュって料理できるの?」


「もちろん! 私だって人間の料理くらいできるわ。ママに教わったもの。町に行ったら作ってあげるね」


「そっか。すごいんだね。まだちっちゃいのに」


 とはいえ。今はどうしたものか。と、手をつけずにラースは黙ったままだ。それをじっと見上げるリグは、これでどうだ、と言わんばかりの表情。


 それでも戸惑うラースに、


『ん。そうか。仕方ないな』


 小さく飛び上がり、リグは彼の肩の上へ乗った。長い首を回してラースと対面する。いまだ血に濡れた顎を開くと、ラースの口をふさぐ。驚く形の唇を広げさせて、喉奥へ半固形物が押し込まれ——


 ごくっ。


 反射的にラースは嚥下(えんか)した。


「い、いまのって——」


『どう? ラースって凄い術使えるみたいだけど、まだまだ子供だしな。俺が喰べさせてあげないとだった』


 得心いった、とばかりに頷く。すぐにもう一度。送り込まれる蜥蜴だったモノ。


「な、なにしてんのよっ!」


(うるさ)い」


 ルージュが助けに入る。リグの身体を揺する。それをものともせず、『給餌』は続く。


「ダメっ! ソコは、ラースは、私のなんだからっ!」


「オマエに何が出来る? ラースの世話なんか出来ないだろ」


「できるよっ! 私、男のヒトの扱い上手だもん。ママに教わっているんだから!」


「漏らすような餓鬼に、出来るわけがない」


 冷たく、見下したように言い切る。ルージュの顔が真っ赤に染まった。それでも引くことはない。


「も、もら——、ヒドいっ。私出来るもん。それに、あなたの方が小さいじゃないのっ。この、チビトカゲ!」


 流石に気分を害したのか、リグはようやくラースを解放した。噛みつかんばかりに頭を近づけて唸る。


「オレはまだまだ成長する」


「私だって、これからもっと大きくなる!」


「あの……、やめよう、ね」


 睨み合いを続ける二人を、解放されたラースが諫めた。それぞれの頭を引き寄せてそっと撫でる。


『リグ、食べさせてくれてありがとう。もう十分だよ』

「ルージュ、僕のこと心配してくれたんだね。ありがとう」


 それでね。と二人を向き合わせて続ける。


「リグもルージュも、二人とも仲良くしてほしいな。僕も一人になっちゃったし、二人に一緒にいてくれると嬉しいんだ。だから、ね。仲良くしよう」


 決して声を荒らげずに。それはラースの本心だった。

 二人はラースと、お互いを交互に見交わし、ゆっくりと頷く。


「うん、よかった。リグ、ルージュ、改めてよろしくね」


 小さな、柔らかな手と。小さな、鱗に覆われた手と。それらを自らの手で包んで。ありがとう、と彼は繰り返す。


 ラースはやっと落ち着けた気分になっていた。リグルヴェルダスに会い、ルージュ達に襲われ。それらの原因となった二人には——二人が覚えていないこともあって——どこかもやもやとした思いがあった。完全には納得できていなかった。


 しかし、今の二人にラースに対する敵意は微塵もない。そして接点のなかった二人が和解したことが、ラースの僅かな不満を晴らした。これで先に進める。そんな思いに浸ることができた。


『だけど、オレの方が上だからな』


『え、ちょっと、リグ?』


 小さく喉を鳴らすリグに、ラースの意識が引き戻された。


「何? 何か言ったでしょ? ねえ、ちゃんと分かるように話してよ」


 内容はわからずとも、察するものがあったようだ。それも友好的なものではないと。


「い、いや、今のはね。リグの方が年上だって。ああ、そう、そうだ。リグって本当は何歳なの?」


「ん。ん〜〜〜百くらいだな」


「「ひゃく??」」


 ラースとルージュの驚きが重なった。


「百歳ってこと、だよね? 僕てっきり二、三歳くらいかと」


 ああ、でも。子供扱いされたのも仕方のないことだとラースは思った。それでもあのやり方は納得できなかったが。まぁ、自分でどうにか出来たわけではないけどさ、と少し情けない気持ちに彼は陥る。


「オレがそんな殻付きに見えたか?」


「なによ。百年も経ってるのにそんなにちっちゃいんじゃない。やっぱりあなたって——」


「オレはっ!」


「二人とも、仲良くね!」


 荒れそうな流れを断ち切るように、握ったままだった二人の手を強く押し付けた。ラースの言葉に二人は気勢を治める。


 リグって小さいことを気にしてるのかな。もしかしたらルージュも。そんなふうに思うと、ラースには子供になってしまう前の二人の姿が浮かぶ。巨大な掌と、巨大な胸と。


「大丈夫。二人ともとっても大きくなるよ」


 笑顔で。それだけは断言できた。

お読みいただき、ありがとうございます。

ここで第1章完了になります。感覚的には、ここまでで『第1話』ですね。

【次回予告】

幼龍リグ、魔族の少女ルージュと共に進むこととなったラースは、自らの村へ向かう。

しかし、魔獣蠢く森を無事に抜けられるわけもなく——

魔獣との戦いで、ラースは自らの力を、リグの力を知る。

第2章 森の守護者


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ