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第八話 彼が挑むのは、夕闇の堕天使

 夕闇の堕天使が地面に沿って、巨大な黒き大剣を振り回す。

 十数もの王国の騎士と騎馬たちが、藁のように薙ぎ払われた。


「ひ、ひるむなー!」

「うおおおおおー――ギャ!」


 何人もの勇敢な騎士たちが突貫するも、近づいた途端、踏み潰される。

 または、大剣の手荒い歓迎を受けて、物言わぬ血肉と化してしまう。


「散開……散開ー!」


 騎士ヤーコプが叫ぶまでもなく、王国の騎士たちは恐れをなし、算を乱して逃げ出す。


 堕天使を倒すためには、炸裂弾が有効だ。


「炸裂弾、投下ー!」


 騎士ヤーコプ自らが部隊を率いて突撃し、炸裂弾に火をつけて投げつけるも、大剣を振り払われたため、有効射程まで近づけない。

 炸裂弾は、堕天使の足元で、一、二発爆発しただけで、まともなダメージを与えることはできなかった。


「ハハハハハハハ! どうだー! 私の夕闇の堕天使はー!?」


 王国の騎士たちの無様さに、夕闇の黒太子アルフレッドと周りの白騎士たちは笑い声を上げる。


 そんな中、赤騎士ミハエルは堂々と愛馬に乗り、距離を取って、夕闇の堕天使と向かい合う。



 ――戦いの前、ミハエルは、


「いざという時には、黒太子の首。拙者が取って構わぬな?」

「構わん。奴を討てれば」


 虎丸と作戦を立てていた。


「ただそうするためには、三つの壁を突破する必要がある」

「白衣の女騎士、白兜の大剣士、そして夕闇の堕天使か。そのためには……」


「虎丸。吾輩は、皆と共に正面から攻めさせて欲しい」

「……自らの手で倒したいのだな。夕闇の堕天使を?」


「そうだ。吾輩がやらねばならぬ……」

「……心得た。拙者は一人、敵の背後に回って奇襲をかけよう。見事立ち回り、あの女を引きつける囮となって、昔の借りを返してくれる」


「……すまない。無茶をさせる」

「なあに。奇襲は、拙者の得意中の得意技。一騎駆けは、戦場の華にて。何より、命の恩人であるお主に助太刀できるならば本望よ。仇は、お主が討て」


「……恩に着る」

「大剣士を掻い潜る手は考えてあるのだろ?」


「ああ……。奴のお気に入りの堕天使を、逆に利用してくれる!」

「おそらく、此度が最大の好機……。やってみせろよ、赤騎士!」


 ――その励ましに、応えるかのように、


「行くぞ、夕闇の堕天使!」


 ミハエルは、巨大な堕天使めがけて、敢然と馬を走らせた。

 堕天使に近づいて、馬の背に両足を乗せて、駆ける馬の上に真っ直ぐ立つ。


『オオオオオオオオオオー!』


 堕天使が大きくかがみ込み、左から巨大な黒き大剣を薙ぎ払ってきた。


 彼の愛馬は右斜めに跳んで、堕天使の黒き大剣を飛び越える。

 馬上にいたミハエルは愛馬の上から跳躍し、堕天使の右腕にしがみついた。


「でやああああああー!」


 そのまま怪物の力を解き放って、堕天使の右腕をよじ登り、肩からまたジャンプして、堕天使の顔面に長剣を突き立てる。


『ヌウウウウー!』


 夕闇の堕天使が、悶え苦しんだ。

 その動きを利用して赤騎士は、頭部を転がり、首の後ろに回り込む。


「おおおおおおおおー!」


 堕天使の首の上に立ったミハエルは、足元のうなじを長剣で一気に斬り開く。

 さらに腰袋から炸裂弾を取り出し、私が教えた魔法で火をつけて、斬り開いた傷の中へ押し込んだ。


「……眠れ」


 そこから、ミハエルは飛び降りた。

 彼の背後で、夕闇の堕天使の首が爆発する。

 夕闇の堕天使の首が炎上し、倒された瞬間を、王国の騎士たち、帝国の騎士たちが目撃した。


 それを呆然と見ていた夕闇の黒太子アルフレッドの姿を、まだ空の上にいるミハエルからは、はっきりとよく見えた。


 夕闇の堕天使は、身長が十何メートルとある。

 そのため、頭の上まで登れれば、高台として利用できる。


 戦場において、高所は絶対の有利。

 先程、城壁の上にいた王国の弓兵たちが、攻めてくる帝国の黒兜兵たちを一方的に攻められたように。


 そんなものを敵の総大将である夕闇の黒太子アルフレッドは、戦場の真ん中に、それも自分たちがいる本陣のど真ん中に、わざわざ用意してくれたというわけだ。


 このことを利用したミハエルは、空の上から下にいるアルフレッドめがけて、炸裂弾に火をつけて振り投げた。


「……お?」

 アルフレッドが、空から投げられた炸裂弾に気づいて、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー!?」

 絶叫する。


 周りの騎士たちが慌てふためく中、白兜の大剣士が庇うように覆いかぶさった。

 直後、落下した炸裂弾が爆発し、周りの騎士たちを吹き飛ばす。


「アルフレッド様ー!?」


 爆発の外にいた騎士たちが、彼の無事を確かめる。

 騎士たちが倒れている中、彼らの身体を押しのけて、アルフレッドは立った。

 白兜の大剣士が盾となってくれたおかげで、無事だったのだ。


「お、おどかしやがっ……!?」


 アルフレッドが一安心した瞬間、ミハエルが目の前にいた。

 着地した後、すぐにここまで駆けつけて来たのである。 


 千載一遇の好機。


 ミハエルは怪物の力を解き放ち、アルフレッドの心臓めがけて長剣を突く。

 長剣の先は、一気に、アルフレッドの肉体を貫いた。


 ――しかし、貫いたのは、左肩と胸の間で、心臓ではなかった。


 咄嗟に起き上がった白兜の大剣士が、ミハエルとアルフレッドの間に割って入り、自身の大剣で、彼の長剣を上に受け流したからだ。

 さらに大剣の刃は長剣の鍔に当たり、一気に押し返されて、長剣を握りしめるミハエルは後ろに吹き飛ばされた。


「ぬおっ!?」


 ミハエルは、地面を転がりながら体勢を整える。


 信じられなかった。

 炸裂弾の爆発をまともに受けて立ち上がり、自身の身体を押し返されて。

 この大剣士は、一体何者なのか?


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!?」


 アルフレッドが肩から血を流して悲鳴を上げ、地面をのたうち回った。

 ミハエルはとどめを刺したいが、彼の前に白兜の大剣士が頑然と立ちはだかる。


 千載一遇の好機を、逃してしまった。


「……くっ、そおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!!」


 ミハエルは、悔しさの余り絶叫した。

 その声は凄まじく、アルフレッドの悲鳴まで押し黙らせてしまう。


「貴様は……」

 アルフレッドは、彼の声と赤髪に見覚えがあることに気づいて、

「……あの時の!」

 ようやく思い出す。

 ミハエルの方は、アルフレッドを睨み続けた。


「撤退だ、撤退ー!」


 王国の指揮官、騎士ヤーコプの命令が聞こえてくる。


 夕闇の黒太子が重傷を負った。

 後ろにいた帝国の援軍が、敵本陣へ近づいてきている。

 ヤーコプは、退き際だと判断したのだろう。

 

 それに合わせて、彼の元に愛馬のリョーマが駆け寄ってきた。


 ミハエルは愛馬にまたがり、


「覚えておくがいい! 夕闇の黒太子アルフレッド・ヴォルフガング・エーデルアーベント!!」


 アルフレッドに向かって、言い放った。


「我が名は、赤騎士! 赤髪の赤騎士! ミハエル・フォン・シュバルツ! 吾輩がいる限り、メラニー様と黄昏の王国は、貴様の好きにはさせんとなあー!!」


「貴様、待て……待てえええええええええええーー! ぐぼっ!?」 

 

 アルフレッドが怒り狂って、血反吐を吐く。

 ミハエルは無視し、背を向けて馬を走らせる。


「赤騎士、貴様……このままで済むと思うなよおおおおおおーー!!!」


 この時より、赤騎士と黒太子は、宿敵同士と相成った。


 仲間の騎士たちと共に敵本陣から撤退し、途中で生還した虎丸とも合流して、城塞都市の城門に悠々と帰還する。


 それから間もなくして、夕闇の大帝国軍は撤退した。

 総大将であり、帝国の後継者候補でもある黒太子アルフレッドが重傷を負ったためだ。


 黄昏の王国軍の大勝利である。


 城塞都市の城門を通って、凱旋する騎士たちを、市民たちは大歓声で出迎えた。


 主役はもちろん、赤髪の赤騎士、ミハエル・フォン・シュバルツだ。


「お帰りなさい」


 城の前で、紅姫メラニーに迎えられる。

 ミハエルは馬から降り、彼女の前に跪いた。


「よくやりましたね、赤騎士」

「姫様……ありがたき幸せ」


 こうして赤髪の赤騎士は、黄昏の紅姫に仕える騎士となる。


 ――彼の恋が、本格的に始まった。

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