第三者説は動機の面から難しい?
「さて、どこから話すのがいいか少し悩んだんだけど、まずは事件を聞いた際の印象から話させてもらうことにするね」
「事件の印象、ですか?」
全く想定していなかった推理の始まり方に、伊緒ちゃんから困惑した声が飛ぶ。鈴が峰は笑顔で肯定すると、「これ、皆の意見も聞いておきたいところだからね」と言葉を添えた。
「僕のこの殺人事件に対する印象ってさ、『突発的にしか見えないのに突発的ではありえない事件』っていうものなんだよ。だってさ、被害者が事件現場にいること自体偶発的で、しかもそこから事件発覚までの時間もかなり限られているじゃない。計画的に殺人を行おうにも、被害者を見つける段階からかなりハードルが高いはずなんだよ。にもかかわらず、犯行現場はかなり特殊で短時間に行えるようなものじゃない。仮に行えたとしても返り血や現場からの逃走姿など、高確率ですぐ他の人にばれるようなものになっている。凄いちぐはぐだなって感じたんだ」
「それは、確かに……」
鈴が峰の考えに賛同するように、何人かが暫しの思案の末首を縦に振る。しかし黒瀬が、「それ、僕としては微妙なんだけど」と否定的な声を上げた。
「そう? どこら辺が納得いかないかな?」
「取り敢えず、事件が突発的に見えるってところかな。僕はこの事件、計画的に起きてると思ってるから」
「もしかして黒瀬君も何か思いついてるの?」
思わせぶりな発言に、私はつい口を挟んでしまう。
黒瀬は私のことをちらりと見ると、小さく首を横に振った。
「別に、推理は特にないよ。お姉さんに前に話した通り、僕はこの中に犯人がいるとは思ってないし。ただ、二人の殺害には大きな共通点があるでしょ」
「共通点……殺害が短時間で行われたこと?」
「いや、そこじゃなくて。場所だよ場所。日車も白杉も天使の庭で殺されたっていう共通点があるでしょ」
「ああ、言われてみればそうだね……」
特に意識していなかったが、殺害場所が同じと言うのは大事な要素に思える。部屋数だけで言えば十を超えるほどあるのに、その殺害場所が一緒というのは少し不自然だ。
「まあ、それで犯人や犯行方法を絞れるわけじゃないけど、一つ考えられるのは、犯人が天使の庭にいる人物を殺すつもりでいたんじゃないかってこと。殺す対象は決まってなくて、天使の庭に一人できた人物を殺すような計画を立ててたんじゃないかって」
「場所を限定した無差別殺人、ってことか」
鈴が峰や他の人に伝わってるかは微妙だけど、私には黒瀬の言いたいことがよく分かった。元々彼の推理では、殺人犯は私たちをこの館に呼び込んだ黒幕。そしてその黒幕が、館の仕掛けを使って二人を殺害したと考えているようだった。
ここで大事になってくるのは、黒幕が殺害を行う理由だ。短時間で日車と白杉を殺せたことから分かる通り、単純に私たちを殺したいだけならとっくに全員殺されていてもおかしくない。それなのに二人しか殺されていないことから、黒幕は単に殺すだけでなくゲーム感覚で殺人を行っている可能性が高い。今は亡き(?)西郷もそう考えていた節があるし。
そして今回黒幕が自らに制限していたのが、殺害を天使の庭のみで行うということだったのだろう。それもできるだけ凄惨でインパクトのある殺害。ただ、白杉殺害時は私と伊緒ちゃんが早く戻ってきたために、大した装飾を施せなかった――と、黒瀬は考えているのだろう。でも、この考えは――
「うーん、面白い考えだとは思うけど、ちょっと希望的観測が過ぎるかなあ」
少し困ったような笑みを浮かべながら、鈴が峰はぼさぼさの髪を掻く。そして「これは後で話そうと思ってたんだけど」と前置きしてから言った。
「たぶん黒瀬君は、犯人が僕たちの中にはいないと考えてるんだよね。犯人は館に隠された抜け道なんかを使って、誰にもばれずに館内を移動できる第三者だろって」
「ええ、そうですよ。さっきの小鳥遊さんの推理でも明らかになったと思いますけど、相当無茶な論理を掲げない限り、僕たちの誰かが二人を殺すのは不可能ですから」
「確かにねえ。でもさ、そういう僕らに認識されてない人物が殺害を行ってるにしては、あまりにも主張がないと思わない?」
「僕らが疑心暗鬼に陥るのを楽しんでるんですよ。だから敢えて分かりやすい主張はしてないんです」
「成る程成る程。それじゃあこれから犯人はどうすると思う?」
「これから?」
思いがけない質問に、黒瀬は一瞬目を見開く。それから思案気に顔を伏せた。
「……またルールを変えて、僕たちが全滅するまで殺戮を楽しむ、とか」
「ふむふむ。でもそれって、そもそも僕たちが知らないルールを作り、しかもそれを気軽に変更できる殺人ゲームってことだよね。それ、楽しめるかな?」
「……知りませんよ。こんな風に人殺しを楽しむような奴の気持ち分かるわけないですし。でもとにかく、僕たちの中に二人を殺せる人物がいない以上、そう考えるしかないって話です」
少し拗ねた口調でそう吐き捨てると、黒瀬は憮然と腕を組み、ソファに深く座り直した。
実のところ私も、ついさっき鈴が峰に似たような質問をしていた。というのも、館の中を自由に移動できる第三者説は私自身強く疑っていたからだ。しかしまあ今のように、動機の点で明快な解が得られないと保留にされてしまった。
と、それはともかく、こうして第三者説にも違和感が残ることがこの場の共通認識となった。これで鈴が峰の導き出したトンでも推理が、皆に受け入れられやすくなったはずだ。
色々と寄り道をしてこそいるものの、一歩ずつ事件の真相までの道が開かれていくような気がして、自然と私の心は高鳴りだしていた。