小鳥遊伊緒の推理③
しばらくの静寂。
それを喘ぎ声とともに破ったのは、私自身だった。
「じょ、冗談……でしょ? 私、そんなストーカーされるような魅力的な女性じゃないし……。それにそんな理由で二人を殺すなんて……」
「でもちょっと納得なところもあるかも! なんか過保護なまでに渡澄さんは深倉さんのこと気にかけてたもんね!」
沈鬱とした雰囲気を嫌がるように、新菜ちゃんが殊更明るい声で言う。
新菜ちゃんの意見には他の人も賛同しているようで、皆微かに首を縦に振っている。
私自身それに関してはずっと思っていた。いくら大学が同じとはいえ、親切で優しすぎると。渡澄さん自身遭難した上によく分からない館に閉じ込められ疲弊しているはずなのに、私の体の心配や心の配慮までしてくれていた。
私はそれを友情だと考えてしまったけれど、普通に考えたら友情を築いている相手にする行為であって、順序が逆な気がする。けれど、もともとストーカーをされるほどの好意を抱かれていたのだとすれば納得できてしまう。
でも、いくら何でもそれが理由で二人を殺したりするだろうか? そんなことをしたら余計私を苦しめることになると分かっていて……いや、そうして苦しんでいる私に寄り添うことで仲を深めようとしていた? 実際日車が殺されたことで彼女との仲はより深まったし、それが狙いだったとか? でもそれならこうして犯人だと疑われるような結果になっているのは変な気もするけど……そこまで考えずに衝動的に殺人を行ってしまったのだろうか? 恋は盲目と言うし、我慢できずについ……。だけどそれはそれで計画的過ぎるというか、スプリンクラーを使った血の洗い流しとか思い浮かばないような気がするし……。もしかして衝動的に行ったのは白杉の殺害だけで、日車の殺害は計画的だった? 今回渡澄さんが犯人と断定されたのは白杉殺害の時にアリバイがなかったのが彼女だけだったことが原因だし……でも私を犯人扱いしたことに苛立って殺したというなら、どうして厚木は殺されていないのか――
「……ダメだ」
考えが全くまとまらない。予想外の事実を知らされて完全に頭がパニックを起こしてしまっている。
こんな状態じゃいくら考えてもまともな推理なんてできるはずもない。
外に出て、新鮮な空気を吸いたい。この異常すぎる環境から今すぐ身を遠ざけたい。
しかし閉ざされたこの館では、外に出ることすら構わない。
募るストレスに耐え切れず、私は左腕に手を伸ばし、思いっきり爪を突き立て――
「でもそうすると不思議だね。どうして渡澄さんは厚木さんを殺さなかったんだろうね」
またも鈴が峰の緊張感に欠けた声が響く。
名指しされた厚木はきょとんとした表情を浮かべ、「なぜ私が殺されなくてはならない?」と間の抜けたことを言っている。
私を含め全員から呆れた視線が飛ぶ中、伊緒ちゃんが厚木を無視して質問に答えた。
「単純にタイミングが合わなかったか、生かしておいた方が使えると考えたからじゃないでしょうか? 厚木さんは、その、どなたからも距離を置かれているところがありますし、事件解決にも積極的ではありませんでしたから。嫌われ役として生かしておいた方が事件的にも、深倉さんとの仲を深めるためにも使えると踏んだのだと思います」
「成る程成る程。それも十分筋が通ってるね。じゃあさ。ちょっと悪いんだけど、伊緒ちゃんの推理、最初からまとめて説明してくれないかな。新しい情報が後からたくさん出て、困惑してる人もいると思うからさ」
「……分かりました」
伊緒ちゃんは緊張した面持ちで小さく呼吸をし、考えを整理する構えを見せる。そのわきで「私は嫌われているのか? なぜだ?」と厚木が喧しく尋ねているが、これは全員で無視。
しばらくして考えがまとまった伊緒ちゃんは、今回の事件の流れを一から語り出した。
「……鈴が峰探偵と伊月さんを除く私たちは、何者かの意思によりこの館へと誘導されました。その人物の目的は分かりませんが、集められた私たちの中で一人、この状況を望んでいる人がいた。それが渡澄さんです。
彼女の立ち位置は不明ですが、どちらにせよ、渡澄さんはこの館についての事前知識があり、そして深倉さんと言う最愛の相手と一緒にいられる状況に喜びを覚えていた。そして今回の件を機により仲良くなろうと、彼女へのアプローチを行っていきました。また仲良くなるうえで見られると困る、深倉さんの写真を収めたスマホを天使の庭に隠したのです」
「それってもしかして、西郷と一緒に館の案内をしてくれてた時――」
私の存在を知ってからスマホを隠したのだとすれば、そのタイミングとしては西郷と一緒に天使の庭について教えてくれた時だろう。あの時彼女は一度庭の中に入ったことがあるにも関わらず、わざわざもう一度部屋の中を調べていた。けれどそれも、スマホをこっそり隠すという目的があったのなら納得できる。加えて悪魔の庭の方に入らなかったのも、すでにスマホを隠し終え入る必要がなかったからと説明がつく。
「初日は疲れ切った深倉さんに親切に接することで、少しずつ仲を深めていこうと考えていたのでしょう。実際それは成功していたと思います。そんな中、二つの事件が起こりました。それは大きな衝撃とともに館入り口の扉が開かなくなったことと、さらに西郷さんが消えてしまったことです」
「そう言えば西郷の消失はどう考えてるの? それも渡澄さんがやったって考えてるわけ?」
ここまでの話からかなり疲弊の色を濃くした黒瀬が尋ねる。伊緒ちゃんは「それは違います」と小さく首を振った。
「彼に関しては渡澄さんは関係していないと思います。館の封鎖と同時に起きたことから、ここに私たちを誘い込んだ黒幕の仕業だと思っています。やったこととしては、以前白杉さんが語っていた通り、西郷さんが館の外に出た直後に扉を封鎖させたのではないかと。館の外に残された西郷さんのその後に関しては、黒幕の目的次第であり、何とも言えませんが」
「まあ、殺害じゃなくて消失であることを考えたらやっぱりそこはそうなるよね。ごめん、続けて」
渡澄さんが犯人でないと言われたからか、黒瀬はあっさりと引き下がり、伊緒ちゃんの話が再開された。
「この二つの事件は、渡澄さんからしてみれば特に困ることではありませんでした。むしろ館から出られなくなったことにより、深倉さんと一緒にいられる時間が増えたと喜んでいたかもしれません。だけど、そこで予想外なことが起きてしまった。この二つの事件を機に怯え始めた日車君を励まそうと深倉さんが動き、結果として彼との仲を強固なものにしてしまったことです。それにより、深倉さんの隣にいるポジションを彼に奪われてしまった」
「……そう、かな?」
少し記憶を掘り返してみる。確かに日車と仲良くなってから、渡澄さんと話をする機会はちょっと減ったようには思う。でもだからといって日車とずっと一緒にいたわけではない。
二日目の夜は黒瀬と二人で談話室で過ごしたし、朝のお風呂も新菜ちゃんと一緒に入ったわけで日車と一緒だったわけではない。
……ただまあ、問題なのは渡澄さんがどう感じたか。日車と仲良くなって以降渡澄さんとやや距離が遠くなったのは事実な気もするし、逆恨みをしてしまった可能性はゼロとは言い切れないかもしれない。だけどそうすると、私と日車が一緒にいる時に見せていた渡澄さんの笑顔も嘘だったということに。それはやっぱり、信じられないことであって……。
どうしても納得できないでいる私をよそに、伊緒ちゃんの話は続いていく。
「そのことを恨んだ渡澄さんは、日車君の殺害を企みました。彼を殺して自分が再び深倉さんの隣に立つために。そして日車君の行動をこっそり観察する中、彼が天使の庭に一人で行くことを知りました。天使の庭には彼女しか知らないスプリンクラーの仕掛けがあり、それを利用すれば返り血の問題から自身を容疑の外に置けると考え、このチャンスを逃すまいと殺人に走ったのです」
「ふむ。となれば事件があのタイミングで起きたのは偶然だが、天使の庭での殺害計画自体はきっと夜の時点で想定していたのだろうな。そうでなくては体を拭くためのタオルも殺害用のナイフも用意できなかったはずだからな」
「……そうですね。おそらく殺害方法自体は夜の時点で複数考えており、そのための準備も済ませていたのだと思います」
厚木の賛同しているのか否定しているのか判断しづらい発言に、伊緒ちゃんはやや戸惑いつつも同意を示す。
突発的な殺人とするには時間がかなり限られるため、ある程度計画のうちだとする考えは自然だと思う。ただやはり、日車殺害を決めてからその計画立案・準備までを一晩のうちに行ったというのは無理があるような気もするけれど。
彼女の推理に対しやや納得できていない、微妙な雰囲気が形成されるが、伊緒ちゃんはそれに構わず推理を続けた。
「殺害方法としてはスタンガンを用いて気絶させたのち、一度服をすべて脱いでからナイフで刺殺。その後返り血をスプリンクラーを利用して洗い流しすぐさま医務室へ帰還。あとは誰かが死体を発見するまで医務室にいるつもりだったのだと思います。本来ならもう少し時間が経ってから発見される予定でいたと思いますが、結果としてはアリバイのない人物が少ない状態で発見されてしまいました。とはいえ返り血の問題から私たちの中に犯人はいないのではと考えさせることができていたため、あまり危機感は抱かなかったと思いますが」
「成る程。本来ならもっと時間が経ってから死体が発見される予定だったのですね。だから積極的にアリバイを作りにはいかず、私のいる医務室まで戻ってきたと」
「……そうだと思います。それにあの時の彼女の立場的に、伊月さんを一人医務室に残して動くことはできなかったと思いますから」
「そういう意味では渡澄さんは随分とリスクを冒したものですね。医務室に戻ってくるまでに私が起きてしまうか、誰かに姿を見られていれば一発で犯人と断定されていた恐れもありますから」
「それは――」
「とはいえ一人で行動していた際の言い訳も難しくありませんね。鈴が峰を探していた。そう言えば疑う人は誰もいなかったでしょうから。話を遮って申し訳ありません。どうぞ続けて下さい」
「……はい」
今度は伊月から、伊緒ちゃんの推理の穴をつくような発言が出てくる。しかしこれも自分で勝手に解釈してしまい、伊緒ちゃんが反論するまでもなく済まされてしまった。
けれどこれにより、先よりもさらに彼女の推理に対する疑心が、部屋中を漂い始めていた。




