疑惑返しの水曜日
昨日までは、大学が終わってからのハルトを追いかけた。
だけど、今日は大学の中でハルトを追跡調査することにした。
そもそも、ハルトが浮気している噂は大学の中で広まっている。
もしかしたら、大学の中で浮気の証拠を見つけられるかもしれない。
今日は1限にハルトが好きな教授の授業があったはず。
掲示板で教室を確認して、あたしはソッと教室の端に忍び込んだ。
ハルトの姿を探せば、前から3列目にハルトの姿を見つけた。
好きな教授の授業だからか、適度にノートにメモを取りながら授業を聞いている
ちらりと横を見ると、ハルトの横に女の子が座っていた。
どこかで見たことがある女の子だ。
時折、見える横顔だけでは、誰だかわからない。
あたしは、授業はそっちのけで、ハルトの後頭部ばかりを見つめていた。
授業が終わると、あたしは教科書で顔を隠したまま、二人が声を掛け合って立ち上がるのを見ていた。
並んで教室を出ていく姿を見ながら、あたしは「アッ」と小さな声を漏らした。
見たことがある女の子だと思ったら、彼女はミス陵彩大の飯島ユイさんだ。
ふたりの並んだ姿はまるで、雑誌のワンシーンみたいにお似合いそのものだ。
ふたりはそのまま、食堂に向かった。
食堂でマサヤともう一人、女の子と合流して、4人でランチを食べ始めた。
食事をとりながら、ハルトとユイの視線が何度か交わっている。
もしかしたら、ハルトの浮気相手ってユイさんなのかもしれない。
ううん、これって浮気なのかな?
ユイさんは本当にきれいで、どう考えても、あたしが邪魔ものにしか見えない。
まぁ、ハルトがユイさんを選ぶのはよくわかる気がする。
あたしが男だって、確実にユイさんを選ぶものな。
4人はランチが終わると、それぞれ、午後の授業のために手を振って別れた。
あたしはひとり歩き出したハルトの後をつけ始めた。
授業の鐘が頭の上で鳴っている。
ハルトは3限が空きなんだろう。
慌てることなく、人気のない廊下を歩いていく。
ん? この先って何かあったっけ?
図書棟も、ゼミ棟も、ハルトの向かう方向にはない。
時間をつぶすにしても、一体、どこに向かっているのかわからない。
ハルトが廊下の先を曲がったのを見て、あたしは慌てて、彼の後を追って廊下を曲がった。
「ぶっ」
変な声を漏らして、あたしは何かにぶつかった。
ぶつかった顔面をさすりながら、見上げると、冷めた目であたしを見下ろすハルトがいた。
「何してんの?」
「えっ?」
あ、あれ―――?
「は、ハルトじゃん! 久しぶりだね。なんか最近、会ってなかったから、久しぶりだなーって思うね」
強張った笑顔を浮かべると、ハルトが小さく息をついた。
「よくわかんないけど、久しぶりってマチに言われたくないけどね」
「ん?」
「まぁ、いいよ。で、何してんの? マチは漫画の仕事が忙しいんじゃなかったの?」
「えっ、う、うん! そうそう。忙しくてね」
「俺を付け回す暇はあるのに?」
「つ、付け回すだなんて」
「こっちには空き教室しかないのに、言い訳のしようがないでしょ」
ハルトに突っ込まれて、あたしはまっすぐにハルトを見れなかった。
宙にさ迷う視線に、ハルトは再び大きなため息をついた。
「まぁ、いいや。今週の日曜日、暇ある?」
「えっ? 今週の日曜日?」
「そう、空いてんのかって聞いてんの」
「えーっと、どうだったかな?」
あははは、と不自然に笑うと、ハルトの目が鋭く尖った。
「わかった。今週の日曜日は絶対に、他の予定を入れんな。前もって伝えてるんだから、絶対、予定を空けとけよ」
ははっ、と頷くこともできず、笑うあたしに、ハルトはさらに厳しい声で告げた。
「土曜日はこっちも予定あるから、日曜日は絶対だから! わかった? マチ、返事は?」
凄むような声に、あたしは戸惑いながら、頷いた。
―――それまでにはきっと、別れているんじゃないかな?
なんて、口が裂けても言えるような空気じゃなかった。
あたしが頷いたのを確認して、ハルトは「じゃぁ、またね」と言って去っていった。
―――って、あれ?
今、大事な情報があった!
ハルトは土曜日に大事な用事があるって言っていた!
もしかしたら、浮気現場を押さえることができるんじゃないか!?
どうやら、あたしの緻密な計画が功を奏したようだ。
「よし、あと一歩!」
あたしは誰もいない廊下で、握ったこぶしを天に打ち上げた。




