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証拠探しの木曜日

「ハルト、その女、誰?」


あたしがビシッと突き付けた。


ハルトの腕の中には、ユイさんがいる。

ハルトはうろたえた様子で「こ、これは」と口ごもっている。


戸惑っている間もユイさんを離さないのは偉いと思う。

「浮気したのね!」

あたしが泣きながら、ヒステリックに叫ぶと、ハルトが覚悟を決めたように息を吐きだした。


「いや、浮気じゃないよ。ユイが本命だ」

「えっ、そんな―――」

「俺に必要なのはユイだから、もう、お前なんていらない」


ハルトの言葉に、あたしは息をのむと、泣きじゃくりながら後ずさった。


「そんな―――」とかすれた声を漏らしながら、あたしは覚悟を決めた。


「わかったわよ、あんたみたいな男、こっちから別れてやる!ハルトのバカ――――」

叫びきると同時に、あたしは踵を返した。


ふたりを残して、立ち去った。

あたしがいなくなったあと、ハルトの腕の中にいたユイさんがハルトを見上げる。


「良かったの?」

震える声のユイさんを、ハルトはぎゅっと抱きしめる。


「ごめん、怖がらせて。でも、俺が好きなのはユイだけだから」

「ハルト!」


・

・

・

・



うん、シュミレーションは完璧だ。


色々なパターンを考えてみたけれど、このパターンが一番シックリ来る気がした。


目を開けると、シュミレーションの世界から現実に戻ってくる。

なぜか胸がギュッと痛むのは、きっと昔の恋のナゴリなんだと思う。


理想的な修羅場を迎えるためには、やっぱり浮気の証拠を見つけなくちゃいけない。

あたしは今日も、ハルト追跡調査を続行することにした。



大学でハルトのあとをつけてみると、昨日ランチを取っている4人で良く一緒に居るようだった。

誰かがかけることはあるけれど、時間を見つけては4人で集まっている。


ユイさんの視線を追いかけてみると、その先にはハルトがいる。

やっぱりユイさんはハルトが好きなんだ。


「邪魔者」


あたしの頭には3つの漢字が浮かび上がってくる。


早く決着をつけてあげないければならない。

こんな状況を続けるのはハルトも、ユイさんも辛いに違いない。



あたしが無様にこの恋の舞台から去ればいいんだ。

そうすれば、きっと二人にはハッピーエンドが待っているはずだ。



「いつも、おまえって変人だと思ってたけど、最近は彼氏のストーカーでもやってんのか」

「へっ?」


背後から―――耳元で、ささやかれて、あたしはパッと振り返った。


教授のくせに廊下で煙草をくわえたままの三橋 一郎が立っていた。


「いっちゃん!」

「大学で、いっちゃんって言うな」


呆れような彼におでこを弾かれた。

彼はこの大学の教授の三橋 一郎、通称「いっちゃん」である。


実は彼はあたしの従兄弟。

ちょっと年が離れてるせいか、子ども扱いしてくる。


「ちょうどいいや。明日の配布物の整理、手伝えや」

「ええぇぇぇ!? あたし、めちゃくちゃ忙しいんだけど」

「忙しいって、彼氏のストーカーごっこが?」

「いや、ストーカーっていうか。うん、そういうんじゃないんだけど」

「じゃぁ、あいつを呼んでやるよ。おい、くろ―――」

「や、やめて! 手伝う! 手伝うから」

「さっさとそう言っとけや」


カラッと笑ったいっちゃんに引きずられるように、今日のあたしの追跡調査が強制終了した。





********************************************




いっちゃんの部屋で、ホッチキスでパチパチとプリントを止めていく。


「こういうのって、機械で自動的にやってくれるんじゃないの?」

「あー、設定間違えたら、そのまま出てきちゃったんだよ。めんどくせぇって思ってたら、ちょうどマチを見かけたからな」


あたしが労働させられているにも関わらず、いっちゃんは優雅にコーヒーを飲みながら「ケケッ」と笑っている。


「鬼」と聞こえるようにつぶやいた声には反応をしない。

あたしは深いため息をついた。


「それで、お前、さっき何してんたの?」

「何って」

口ごもったあたしに、いっちゃんは顔をしかめた。


「どうみても、怪しいストーカーにしか見えなかった」

「うっ」


追跡調査―――って、まぁ、ストーカー行為に違いない。


わかっているけど、もう3日後には別れるんだから許してほしい。

ちゃんと土曜日にはきっぱり、すっきり別れてあげるんだから。


「最近、マチと黒井が一緒に居るところ見ないよな」

「ハルトはモテるから」

「だとしても、マチは黒井の彼女だろ?」

「まぁ、そうなんだけど」

「何、自信喪失してんの?」


なぜか、いっちゃんが驚いたように目を見開いた。


「お前、ちゃんと女の子してたんだな」

「なに、それ! 失礼な」

「いや、俺は黒井が昔から気に食わんが、同情はしてたんだ。だけど、お前がちゃんと成長していたみたいで、少しはあいつも報われるってもんだ」

「いっちゃん、意味がわかんない」

「まぁ、分かんねぇだろうな」

けけっと笑ういっちゃん。


煙に巻くような言い方をする時のいっちゃんは、追求したところで答えをくれない。


その時、ドアをノックする音がした。


「はーい」と間延びした声で返事をしたいっちゃんに、ドアが開いた。

入ってきた彼にあたしは息をのんだ。


「ハルト」


ハルトは、ちらりとあたしを見て、小さく息を漏らす。


「先生、レポート出しに来ました」

「んー、あぁ、これな。まだ締め切りは先だったけど、まぁ、受け取っておくわ」


いっちゃんはニヤニヤしたまま、ハルトのレポートを受け取った。


「マチは、何してんの?」

そのまま、出ていくのかと思ったら、ハルトの視線が急にあたしに向けられた。


「えっ、と」

突然、話を振られて言葉に詰まった。


「鳥波、もういいぞー」

いっちゃんはいつも、あたしを「マチ」か「おまえ」って呼ぶくせに、なぜか突然「鳥波」って呼んだ。


まだ残っているプリントの山を残して、立ち上がった。


突然、ハルトがあたしの手をつかんだ。


「じゃぁ、失礼します」

ハルトはいっちゃんに小さく頭を下げると、あたしの手を引っ張ったまま、部屋を出た。



「ハルト?! どうしたの?」

急に意図の読めない行動をするハルトに、あたしは目を丸くした。


「マチは一体、何を考えているわけ?」


なぜか、厳しいハルトの目があたしを捉えている。


何に怒っているのかさっぱり、分からない。

だけど、確実にハルトは何かに怒っている。


あたしはハルトの怒りの原因がわからないから、答えを見つけられずにいた。


「マチは考えなさすぎるんだ、昔から」


ムッ。


なんだ、それ。

あたしはこの1週間、日々、眠れないほどに考えてきた。

その原因を作ったのは、間違いなくハルトだ。


ハルトが浮気をしなければ、こんなことにはならなかった。

それなのに、何も考えていないって責められる意味が分からない。


「マチ、何を考えているんだよ」

ため息と共に、漏らされたハルトの声に、あたしはつい頭が真っ白になった。


怒りとショックと、悔しさと、いろいろな感情がこみあげてきて、思考回路が完全に停止した。


口から飛び出した言葉は、あたしの脳がはじき出した答えじゃなくて、完全にうっかりと飛び出した言葉だった。


「うん、別れようかと思ってる」


一瞬、シーンとなった。


次の瞬間、あたしはパッとハルトを見上げた。


目を見開くハルトと目が合った。


口に出してしまった。

もう、元には戻せない。


気が付いた時にはあたしは走り出していた。


「マチ!」と追いかけてきた声に、たちどまることなく、あたしは逃げ足の速さを見せつけた。

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