13話:離れられない二人
屋上での会談を終えた四天王たちは、それぞれに用意された部屋へと戻る。宮廷には元々、四天王と天使の個室が用意されているのだ。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そう挨拶を交わして、リゥは三人と別れる。それぞれが個室に入って行くのを見届け、リゥもまた個室に入ろうとドアノブに手をかける。音を立てないようにそっとドアを開けるリゥは、かなり慎重だ。
それは、他の部屋で寝ている人を起こさないようにというためではない。リゥの注意は個室の奥に集中している。
リゥの視線の先にあるのは一人用のシングルベッドだ。そしてそこには、アキラがすやすやと眠っている。
アキラと同じ部屋がいいと、リゥが駄々を捏ねた結果だ。そしてアキラも特に反対をせず、二人の合意があるならと、簡単に認められた。
そして、物音をできる限り立てずに扉を閉める。
「――リゥくん?」
「――っ、アキラ……ごめん、起こした?」
扉を閉め、振り返ろうとしたその瞬間、不意に後ろから聞こえた声にリゥは肩を竦める。
「ううん、ちょっと前に目が覚めちゃって。でもリゥくんがいないから、どこに行っちゃったのかなって」
「そっか。ごめんな、ちょっと屋上行ってて」
そう言いながら、リゥはベッド脇の椅子に座る。
そのままアキラの頭を撫で、優しく微笑む。そんなリゥの行為を跳ね除けず、アキラは珍しく素直な様子だ。
「うん、大丈夫」
「そう? ならもう寝るか。――うん?」
アキラを撫でる手を止め、リゥが椅子を立ち上がった瞬間。布団を掴んでいたアキラの手が、リゥの袖を掴む。
「どうした? あっ、もしかして具合悪いとかか!? どっか痛い?」
そう言って首を傾げたあと、何かあったのかと思い直ぐにアキラの前にしゃがみこむ。そしてアキラの額に手を当てながら、リゥは慌てたようにアキラの体を確認する。
「う、ううん。どこも、俺は大丈夫。――大丈夫じゃないのは、リゥくんじゃないの?」
「――どうして?」
「だって、夕方からずっと辛そうだった。庭にいて俺に抱きついてた時も、ゴウさんが戻ってきた時も、夕飯の時も、お風呂の時も、それに今も、やっぱりちょっといつもと違う」
やはり、レイの言う通りだ。アキラも、リゥの異変に気付いていた。気付いていて尚、隠そうとしていたリゥを気遣い、敢えて触れなかったのだ。
「あ、ああ。やっぱり、気付いてたんだな……その事なんだけどさ、アキラに、話したいことがあるんだ」
「俺に?」
そんなアキラの確認に、リゥは「ああ」と頷き、隣に置いてあるランプを灯す。再び椅子に腰を掛け、アキラの方をじっと見る。
じっと見られるアキラも、リゥの違和感には気づいていたとはいえ、その内容までは流石に把握出来ていなかった。改まって話したいことがあると言われ、アキラは疑問と不安が同時に浮かぶ。
会議であった邪陰郷のことだろうか。その会議があまりにも重要なことで、アキラは次の会議に出席できない、それならまだマシだ。しかし、あの話からして邪陰郷という存在がかなり大きいということはアキラも把握していた。その勢力に対抗出来るような力をアキラは持っていない。だとしたら、元の世界に戻されてしまうのだろうか……
「アキラが、嫌じゃなければの話だ」
「う、うん……」
リゥが話を始め、アキラは息を呑み、恐る恐る頷く。
嫌じゃなければということなら、アキラにも選択肢はある。元の世界に戻れということなら、それを否定する覚悟くらいはアキラも準備した。
「もしアキラが嫌じゃなければ、これからあるだろう邪陰郷との戦いで、俺の傍にいて欲しい」
「――え?」
思いがけない言葉。逃げろ、と、そう言われると思っていたアキラは、目を丸くして呆気にとられる。
「どういう、こと?」
「邪陰郷との戦いの時には、俺の傍にいてほしいんだ。――多分、俺は戦いの最前線に駆り出される。そこで普通なら、アキラはここら辺で待機組に入ると思う。でも正直、アキラと離れるのが耐えられるとは思わない。もし俺が前線にいるときに後ろが襲撃されて、そこでアキラのために行動できないことがあったらと思うと、辛すぎる。俺は、アキラを最優先で最重要に考えて行動する。前線にいても、アキラの安全を一番に考える。だから、俺と一緒に、来てほしい……!」
そう言って、リゥはギュッと目を瞑り、アキラに向かって頭を下げる。
「リゥくん。――最前線に行くのは、怖いよ……俺は、リゥくんみたいに強かった前世はないし、ゴウさんやゲンさんみたいに強くもない。レイさんみたいに頭がいい訳でもないし、クロさんみたいな特別な力も持ってない。そんな状態で戦いの中に行ったらと思うと、本当に怖い……」
アキラは布団を強く握り、今にも泣き出しそうな、そんな辛い顔をする。
その言葉に、表情に、リゥの目が曇る。
――馬鹿だ。馬鹿だった。心のどこかで、アキラならついてきてくれると、そう思ってた。
でも、アキラはイエスマンでもなければ、ロボットでもない。感情も、自分なりの考えも、恐怖も、何もかも揃っている。
そんなアキラが危険な前線に行きたいと、そんなこと、言うわけがない。
「その、アキラ、ごめん……今のは、なかったことに……」
「――でも!」
アキラのあまりにも辛そうな表情に、辛い思いをさせてしまったことに、恐怖を与えてしまったことに、自分の誤ちに、リゥは後悔をした。そして、咄嗟に前言を撤回しようとする。
――前言を、撤回しようした。撤回しようとしたが、その瞬間。アキラは声を大きくして叫ぶ。
「――でも! リゥくんと離れる方が、よっぽど怖い。俺はもう、リゥくんから離れたくない……! どれだけ危ないところでも、どれだけ怖いところでも、リゥくんと離れるくらいなら、そこに行った方がいい! 俺は、リゥくんが傍にいてくれるなら、どこにでも行く! リゥくんの近くにいたい!」
恐怖があり、拒否されると思った今回の提案。慌ててそれを撤回しようとした瞬間、アキラはそれを拒絶するように、声を大にして話す。
そんなアキラに、リゥは言葉が詰まった。
「あ、アキラ……いい、のか?」
「うん、それでいい……ううん、それがいいの。俺は、リゥくんと一緒にいたい……!」
そんなアキラの言葉に、リゥの瞳からは、また涙が溢れる。今夜二度目の、喜びと感動、そして感謝の気持ちの表れである涙。それは、その瞳に映るアキラも同じだ。アキラの瞳からもまた、同じように涙が溢れている。
「アキラ……っ!」
「ぅ、あ、ちょっ!」
好情を、歓情を、真情を、激情を。心の中で抑えられなくなったリゥは、ベッドの上のアキラに飛びつく。
突然のことに、アキラは驚き手を構えるがそんなことはお構い無し。抱きつき、倒れ、転がる。
――いつの間にか、アキラもリゥを抱いている。
「――大好き」
「ーー俺も」
「――ずっと、守るから」
「――ありがとう」
『――ずっと一緒』
お互いが想いに正直になり、誓いを立てる。
そしてそのまま二人は夢の世界へ誘われ、ハグは翌朝まで続いていた。




