12話:月夜に照らされて
日は数時間前に沈み、多くの人々が眠りにつく深夜帯。宮廷に寝泊まりをすることになったリゥたちは、それぞれの部屋に分かれて宿泊をしていた。
そしてその宮廷でも例外なく、多くの人々が眠りにつき、宮廷は静かであった。
屋上にいる、数人を除いて。
「――やっぱり、ここにいたんだね」
「レイ……それに、ゴウとゲンも……どうしてここに?」
「ここ一番って時のお前、大抵ここにいるかンな」
そう言って屋上に集まるのは、『四天王』の称号を持つリゥ、レイ、ゴウ、ゲンの四人だ。
先にいたリゥは宮廷の屋上にある物見櫓のような所にいた。そしてそこにいるリゥを見つけ、残る三人もそこに上がる。登るための梯子を無視して軽く跳躍し一瞬で辿り着く――あっさりとやってのけたが、軽く人間離れした行動だ。
「リゥは、何かあると直ぐにここに来ていたからね。だから今日も、君が暗い顔をしていたからもしかしてと思ってここに来たんだ。そしたら他の二人もいた」
「考えることは、みんな同じだ」
「気付かれてたか……はぁ、成る可く隠してたつもりだったんだけどな」
四天王の言葉に、リゥは人差し指で右の頬を掻く。
「逆にあれで隠してるつもりだったンなら、お前に隠し事は向かねぇよ。素直に諦めろ」
「うん、あれは誰でも分かるからね。アキラくんも、それが分かっていたから甘えさせてくれたんじゃないかな?」
そんな言葉をかけられ、リゥは瞳を陰らせる。
「――いつもそうだ。普段から俺の揶揄いはすぐに押し退けるのに、こういう時は絶対に受け入れてくれる。だから俺も、それに甘えちゃうんだよな」
実際、リゥも誤魔化せている気はしなかった。それを分かっていて、それに気づかないふりを周りがしていてくれたことも分かっていた。
しかし、心のどこかでそれを認めたくなかった――
「――なンて、思ってる顔だな。昔からだけど、変なところでバカだよな、お前」
「何でも一人で抱えようとするな」
ゴウたちの言葉は、リゥの心を読み取ったかのように的確に的を射ていた。図星を突かれたリゥは、それを否定することなどできずそのまま沈黙する。
「邪陰郷との戦い、そンなに不安かよ?」
「リゥの実力なら、そこまで不安になることもないと思うけどね。やっぱり、アキラくんの事が心配なのかな?」
「――ああ。逆に言えば、アキラの事以外に心配はねぇよ」
そう。リゥの不安は自分の実力などではない。しかし、直接的にではなくても、間接的には疑ってしまう。邪陰郷との戦いで、アキラを守ることができるのか。辛い思いをさせずにいられるのか。そしてなにより――、
「アキラくんの傍にいてあげられるか。それが一番の不安なんだろう?」
「あ、ああ、そうだな。邪陰郷との戦いにおいて、俺が前線組に入るのは確実だ。そこにアキラを入れるなんて思わないし、思いたくもない。でも俺は、アキラの傍を離れたくない」
前世のリゥの実力からすれば、前線組に入ることは火を見るより明らかだ。レイのように策士であったりすれば話は変わってくるのだろうが、リゥやゴウは完璧に前線を上げていく役割だ。
「確かに、リゥが前線に配置されるのはほぼ確実だ。しかし、だからこそのアキラくんではないかい?」
「どういうことだ?」
レイの思いがけない言葉。その真意がわからず、リゥは眉間に皺を寄せる。
「リゥが前線に駆り出されるのは必然的。しかし、だからこそ、それが分かっていたからこそ、シム博士はあの核強化を、アキラくんに施したんじゃないかい?」
「そ、それならなにか? アキラを前線に出すって言うのか? それは、あまりにも……」
「アキラくんにとって、可哀想だと?」
リゥの言葉を先読みして質問するレイ。そんなレイの言動に、リゥは一瞬息を詰まらせ、そして無言で頷く。
「なぜ、それが可哀想だと思う?」
「それは……アキラはまだ力をつけていない。核強化も、核を成長させるための準備に過ぎない。アキラの核はまだ成長していないし、戦力が把握出来ていない邪陰郷との戦いで前線に上げるのは危険すぎる。危険すぎるんだよ……! アキラをそんな危険なところに連れて行けるわけがない。連れて行きたくもない。そもそも、こんなに危険だって分かってたならこっちに連れてくることもなかった。俺が来なければ、それで良かった……あの時! 俺がアキラと向こうに残っていれば! こんな、こんなことには……!」
リゥは、不安を、不満を、後悔を、早口にぶちまける。アキラと離れるという不安、アキラと離れなくてはいけないという不満、アキラと離れる羽目になってしまう後悔。
「それなら……アキラくんと離れたくないなら、離れなければい。前線に連れて行くなら、リゥがアキラくんを守ればいい。違うかい?」
「――っ」
全てを感情的にぶちまけたリゥに対し、レイは至って冷静だ。そんなレイの言葉を聞き、リゥは再度息を詰まらされる。
「お前、なにか勘違いしてンじゃねぇか? おまえの実力を一番理解してンのは、お前じゃァねぇ」
「厳密に言えば、君が知ってる自分の実力は、自分から見た時だけのものだ。君の知ってる君の実力は、君から見たものしか知らない」
「お前の実力は、一緒にいた俺たちが一番よく知ってる」
リゥは、自分の実力を一番理解しているつもりだった。この世の誰よりも自分を認め、そうして今まで生きてきたつもりだったのだ。
しかし、それは全て自分の勘違い。誰よりもリゥの実力を理解し、何よりもリゥの実力を認めていたのは、他でもないゴウたち三人だった。候補者の時代からずっと一緒にいた。四天王になってからもずっと共に協力してきた。
リゥは十数年離れていたが、それでも一緒にいた時間は何十年もある。
リゥは、自分から見た自分しか知らないのだ。周りからどう映っているか、それは分からない。
だが、今ここで分かることがある。それは――、
「お前らの言ってることは……間違って、ない。俺の実力を一番理解してくれてるのは、他でもないお前らだ。だから、俺はお前らを信じるよ。ーーお前らが信じてくれてるこの力を、俺の実力を、俺も信じることにする」
「漸く、本気で覚悟が決まったンだな?」
「ああ、勿論だ。決まったとも、決めてやったさ」
そう言ってリゥは右腕に力を込める。力強く拳を握り、顔の近くまで持ってくる。
「――俺は、アキラと一緒に前線に出る。そこでアキラが危険に晒されるなら、その危険は全て俺が排除する。俺はアキラと、ずっと一緒にいる」
リゥの覚悟は決まった。アキラの安全はリゥが守り、アキラに降りかかる危険はリゥが排除する。
「それは、一人でやるのか?」
「一人で、やりたい。――でも、それは一人で出来るならの話だ」
リゥとアキラの問題。リゥにとって最優先で最重要はアキラだ。その決意はこっちに来ても変わらず、変わるどころか強まっている。
「一人で出来るなら、か。それでは、今回のは一人で出来るのかい?」
「出来るか出来ないかの話は、したくない。やる前から出来ないと言うのは嫌いだ。この世の未来に絶対はない。もしあるとしたら、それが絶対だ。だからこそ、出来ないと決まったことは無い。この世の未来には、限りなく少なくとも可能性はある。しかしそれを出来ないと決めつけて諦めてしまえばそれは可能性をゼロにするのと同じだ。だからそれは、したくない」
やる前から出来ないと決めつけてしまえば、それは可能性をゼロにしてしまうことと同じ。可能性を自ら摘むことはしたくはない。
その思いを、リゥは一気に語る。
「それなら、一人でやるか?」
「出来ないとは、言わない。でも、難しいのは事実だ。一人で全てを抱えるのは困難を極める」
出来ないとは決して口にしない。でも、難しいことをリゥは理解している。可能性があったとしても、それは限りなく低い。
「なら、どうすンだよ?」
「出来なくはない。でも難しい。だから、お前らの力を借りたい。ゴウ、レイ、ゲン……力を、貸してくれるか?」
「それは、質問か? 勧誘か?」
「――願い、だ。お前らに力を貸してほしい。俺の望みに、お前らの力を貸してくれ」
リゥは己の拳をジッと見つめ、その拳を前に突き出す。
「やっと、言ってくれたね」
「ああ。言うのが遅せぇンだよ」
「――早く言え」
レイは優しく微笑し、ゴウは頭の後ろで腕を組んで嘲笑し、ゲンは相変わらず無表情だが、少しだけ左の口角が上がっている。
そして三人は、リゥの拳に各々の拳を合わせる。
「力を、貸してくれるのか?」
「僕たちが、リゥの望みを無下にすると思うかい?」
「そもそも、もっと早く言やァいいンだよ。遅せぇ」
「全くだ」
「――お前らっ……ありがとう……! 本当に、ありがとう……!!」
三人の言葉に、リゥは思わず涙を流す。
両の瞳から、大粒の涙を零し、口に左手を当てて咽び泣く。
「絶対に、守り抜く。何があっても、アキラは俺が守り抜く……!」
『四天王』の覚悟を、『四天王』の優しさを、『四天王』の思いやりを、『四天王』の温もりを。
――そして、『四天王』の友情を……
夜空に浮かぶ満月が、静かに、ただただ静かに、照らし、見つめ、見守っている。




