8話:科学<想い
アキラの決断から暫く経ち、リゥとアキラはそれぞれ隣に位置しているカプセルの中に入り施術を開始していた。
「――これは、さすがに……」
「どうしたんですか? シム博士。まさか、二人になにか?」
難しい顔をしてボヤくシムに、レイが反応する。
二人の視線の先、そこにはカプセルの中で眠る、リゥとアキラの姿がある。二人は数分前にカプセルに入り、そのまま無駄な力や思考を生まないためにと眠っている状態だ。
「いえ、二人に何かがあったということではありません。しかし、施術を開始してから算出された時間があまりにも長くなっています。リゥ様は無事に核に受け入れられましたし、アキラくんの場合は強化なので元々そこまで時間がかかりません。ですが、リゥ様の方は予想よりかなり時間がかかってしまいます」
「それは……何故でしょうか?」
「おそらく、リゥ様の核が予想以上に大きいものであり、当初の私の計算違いかもしれません。最低でも一日と言い、同時に最高でも一日半程だと思ったのですが、これでは二日かかっても終わるかどうか……」
予想以上に時間がかかりそうな状況で、シムは額に手をやり首を横に振る。その顔つきは険しく、そんなシムを見てレイにも不安と緊張が走る。
「アキラくんの場合はどうなんですか? 彼もまた、遅いのでしょうか?」
「いえ、アキラくんの場合はそこまで問題はありません。かなり核に馴染み始めていますし、あと半日で終わるかと。しかし、それでも計算よりは長いですね」
「ではやはり、機材トラブルなどではなくリゥの方に問題があるのでしょうか……」
アキラは大丈夫という事実は、安心とともにリゥへの不安にもなる。時間がかかってもなにか急な問題がないのなら大丈夫だが、シムが大幅に計算を間違えるとはレイも考えにくい。なにか他に原因がないか、レイはその場で考え込む。
「シム博士。こういうことがあると遅くなる、みたいなことはありますか?」
「まだ一番初めなのでなんとも言えませんが、何事においても無駄があると遅くなります。それが人間を対象にするなら、無駄な考えや力がやはり原因となるかと思い、睡眠という状態を取っています」
そんなシムの発言に、レイは「無駄な考えや力……」と呟きながらなにかないかと考える。
「――っ! もしかしたら!」
「な、何かお分かりになられたのですか?」
レイは閃いたように声を上げ、シムの方に向く。
「リゥは、アキラくんのことが大好きなんです。こっちに来てからまだそれほど時間は経っていませんが、それでもそれが分かるくらいに仲がいいんです。宮廷でも、食堂でも、家でも、道路でも、ずっと一緒にいたはずです」
「つまり、アキラくんと離れたからその不安が原因だと?」
「今は、それしか考えられません」
レイが考え出した答え。それはアキラと離れたことによる不安だ。
しかし、二人の距離はそこまで離れていない。もしこの距離で不安になるなら、カプセルという密室で、間接的にもアキラのことを感じられないからなのだろうか。
もしそうなのだとしたら、それでは原因がわかったとしても解決は出来ない。アキラも現在カプセルの中に入っているし、それが終わったとしてもその途中からアキラをカプセルの中に入れるのは不可能だ。
「それでも、解決するのは難しいですね。やはり待つしかないのかもしれません……」
「いえ、そうでもありません。一つだけ方法があります」
解決策が見つからず、諦めかけていたレイに、シムが待ったをかける。しかしその顔は少し難しい顔で、明らかに最善とは言えない顔だった。
が、しかし、今はそれを試すしかない。
「本当ですか?」
「ええ。最善とは言えませんが、もしもそれだけの理由でこの遅れが生じているのであれば、試してみる価値はあります」
「試せるのなら、試してみましょう。何をやるんですか?」
「リゥ様とアキラくんの、二人の思考を繋げます」
今は少しでも早く目覚めさせたい。一秒でも惜しいと思うレイは可能性の全てを試したい、と、そう望む。
「どういうことでしょうか?」
「アキラくんがいないことに不安があるのなら、リゥ様の思考へ直接アキラくんを届ければいいのです。その為に二人の思考を繋げれば、二人は同じ夢の空間にいるというような形になります。同じ空間にいれば不安も消えるでしょう」
確かに、同じ空間にいることが出来ればリゥの不安は消える。しかし、それは確かに最善とは言えない。なぜなら――、
「でもそれでは、無駄な思考を生んでしまうのではありませんか?」
そう。二人の思考を繋げ、夢の中で会わせるとすると、前の問題にぶつかる。
「しかし、体の無駄な緊張の方が核にとっては害があるやもしれません。リゥ様がどれほどアキラくんのことが好きなのかにもよりますが、本当にそれが大きな原因だった場合、それが解決されればこのまま進むより早く終わるはずです」
「そうですか。それでは早速試してみましょう!」
シムの提案にレイが頷き、シムは「ええ」と返事をし準備に取り掛かる。
元々脳の状態を制御するために取り付けていた装置を、思考共有をする装置を通して二つを繋げる。そして二つの脳の状態はその機械から纏めて信号を確認する装置へと繋ぎ、これで二人の思考を繋げる準備は完了した。
「――どう、なんでしょうか?」
思考共有で同じ夢に二人の意識を繋げる。そして脳波などを計測し、どれほどの時間で終わるかを再度計算。その答えが割り出されると、シムは肩を震わせて黙り込む。
「レイ様。お願いがあります」
「な、なんでしょう? 僕にできることならなんでも協力させていただきますが」
レイの言葉に、シムはゆっくりと顔を上げる。
「あの二人――リゥ様とアキラくんは、出来る限り離さないでください」
「――え?」
シムの頼みというのを、今回のことにおいての協力だと思ったレイは、全く想像していなかった頼み事に思わず無理解の声を漏らす。
「あ、いえ。その、どういうことでしょうか?」
「これから先の生活で、あの二人を出来る限り離さないで欲しいのです」
レイにしては珍しく思考が追い付いていない。一体シムが何を言っているのか、発言の意図が汲み取れず、レイは首を傾げる。
「この数値を、ご覧下さい。これは、リゥ様とアキラくんのそれぞれの大凡の残りの時間を計算した結果です」
「これは、まさか……この数値が、残りの予想時間ですか?」
渡された計算結果を見て、レイは愕然とする。レイの質問にシムはぎこちなく頷く。
レイとシムの驚愕、それもそのはずだ。二人が予想していたのは、短くなる、変わらない、長くなってしまう、その三つだった。
しかし、その結果は――、
「――どちらも、二十二時間……?」
そう。二人が目の当たりにした計算結果。それは、二人とも同じ時間。リゥの場合は格段に予想時間が短くなり、アキラはその時間に合わせたかのように少し時間が伸びる。
「これは、どういうことですか?」
「もしあのお二人が本当に仲が良いのだとした場合。考えにくいですが、リゥ様はアキラくんに出会えた喜びから不安がゼロになり、体の緊張がゼロに等しくなってます。そしてアキラくんの場合、自己的に目覚めまいとしています。きっと、リゥ様の場合は二十二時間が最短時間で、その最短時間にアキラくんが合わせようとしているのです」
計算結果から導き出される可能性。それは仲の良さを知っているレイでも考えにくいことで、科学的根拠を覆されたシムにも受け入れ難い事実だった。
「そんなこと、有り得るのですか? そんな、完全に眠っている本人が、起きることを拒むなんて」
「有り得るか否かの話なら、これまでにはこんなこと有り得ませでした。ですが、考えられるとしたらそれだけです。元々、核の強化は元の核に素質を作るだけなので八時間から十時間くらいで終わると計算されたものだったのです。初めてなので狂う可能性もありますし、緊張や不安が高まればそれだけ遅くなったりする可能性も考えていました。それでも誤差範囲は前後二時間程度と割り出しました。そのため二十二時間などという風にはならないはずなのですが……」
そう言いながら、シムは顎に手を当て眉間にシワを寄せる。科学的な計算には収まりきらなかった二人の異常性。これにはただただ、驚愕するしかなかった。
しかし、これは悪いことではない。もし無理にアキラを起こすことになれば、それはまたリゥの時間を長引かせてしまう。しかし、このまま行けばリゥは最短時間で終わることが出来る。
「まぁそういう事ですので、これから先の皆様の仕事でもしも人数的に分かれる時は、リゥ様とアキラくんを一緒にしてあげてください。そうすれば、アキラくんも早い段階で核が開花するはずです」
「ええ。それは勿論。まぁ、元々あの二人が分かれるとも思いませんけどね」
「あ、それと。このことは他の人には言わないでください。もし二人の耳に入ってしまった時、特にアキラくんは変に意識してしまう可能性がありますし。――もちろん、以前のことも同じくですよ?」
「ええ。分かっています。以前のことも含め、口外はしません」
そうして二人が起きるまではなんのトラブルもなく、無事に二十二時間が経過した。
その間、当の本人たちは夢の中で最高の一時を過ごしていた。




