17話:予兆
自分の腕が引っ張られた感覚の前後――「ずさっ」か「どさっ」か、そんな表現の詳細は無視して、確かにアキラは自分の真横でリゥが膝から崩れ落ちる音を聞いた。
リゥの頭はほぼ垂直に降下し、崩れた膝で地面に生えていた雑草を潰したリゥ。ほんの数分前まで笑顔だったリゥの顔は、最近には珍しくアキラの存在が映っていない。それも、前にいないから、という理由ではなく、だ。
目の前にいる村長、その横に経つ男、その奥にある木造の家々。そして何より――、
「――ッ!?」
自分の頭や顔を目掛けて飛んでくる礫や枝でさえ、リゥの瞳には何一つとして映っていなかった。リゥの目は、脳は、一切の光を失っていた。
「――お、お前たち、止めないか!」
礫を始めとしたそれらの投擲は、その殆どが二十歳辺りの若年層の大人によるもの。村長が声を大にして抑制を試みるが、彼らは一切聞く耳持たない。
また、肉体年齢でならリゥよりも年上とはいえ、四天王であるリゥの身体を傷つける事は容易ではない。避けないことも念頭に入れ、今のリゥは完全に放心状態。心ここに在らずなどと言った表現では生温い、魂が体から抜けたような状態だ。
「――リゥくんッ!」
放心状態のリゥに向けられ容赦無く投げ付けられる塵芥。挙句の果てに投げられたのは、畑を耕す為の桑だ。
素人の攻撃とは言え、桑などの道具は鈍器の類にさえ類する武器になる。そんな武器からの攻撃は、いくら四天王とはいえど放心状態で何の意識もしていない時に食らえば重症化する可能性もある。
それを意識してか、無意識か――意識していてもしていなくても、が正解だろうか。どちらにしろ、アキラは握っていた手を思い切り引いてリゥの頭をその小さな体に抱き寄せ、間一髪桑の攻撃からリゥを守った。
何故、リゥが放心状態に陥り、そんなリゥが村民に虐げられるような状況に至っているのか。その発端は、現在より半日以上の時を遡る。
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日も完全に落ち、夕闇が段々と黒に染った宵の口。
アキラとツバサを連れてリビングに戻って来たリゥの言葉に、ユーキたちは目を丸くしていた。
「――え、どういうこと?」
三人でリビングに戻って来たかと思うと、すぐに全員を集めて話し始めたリゥ。その内容を一言で表せば、『解散』ということだ。
「レツたちには前に一回話したけど、まぁ一から詳しく説明するな?」
先刻首を傾げたユーキの疑問の前、リゥはリビングの扉を開けると同時に「明日で一旦ここから解散するぞー!」と大声で叫んだ。そしてユーキたちを集めた、と言うよりは、リゥの言葉に全員が集まって来た、という方が正しい。
リゥ自身、ユーキたちに向けて話すには些かの言葉足らずを自覚し、一旦全員の聞く準備を待った。
「んじゃま最初から本題だけど、明日からここでの生活は終わり。理由は三つ、俺がここを離れるのと、レツたち十二人衆にもそろそろ仕事が来ること。それから最後に、ユーキたち四人の基礎が確立したこと」
指を一本ずつ立てていき、リゥはレツたちよりもユーキたちに主を置いて話し始める。
今の話はアキラもツバサもまだ聞かされていたものではなく、今の話に驚いていないのはレツら十二人衆のみだ。
「え、じゃあどうするの? 俺たちこれから一人で過ごしていくの?」
「いやいや。ずっとじゃないにしても、流石にそんな無責任なことはしないわ。ざっくりとだけど、どこで誰と何するかっての考えたから」
自分たちの意思で残ることを決めたとはいえ、それはリゥがいるからという揺るがない根がある。そしてリゥが全員を残した理由も、ユーキたちの意思を尊重するということの他にリゥ自身が一緒にいたいと思っていたこともある。
本人たちの希望があったとしても、結果的に帰すことが出来るにも関わらずここに残ることを許可した以上、リゥは彼らに最低限の生活を用意する義務がある。
「先ずはユーキだけど、ユーキはクラとイルの二人と一緒にレイの所に行ってみて。二人はユーキの適性に合ってるし、氷はレイにも適性がある。イルもレイに制御とか教わってたらしいし、ここ三人は塊でいいと思う。後は適性面で見てネスが加わってもいいね」
適性も含め、きっとこれが一番都合のつけられた組み合わせだろう。レイの元であれば、ユーキだけでなくクラとイルの修行にもなる。もちろんレイやクラたちの仕事次第で多少誰かが欠けることもあるだろうが、そんな話を始めたらなかなか話が前に進まない。多少は本人たちに臨機応変に対応してもらうことを前提に、リゥは更に組み合わせを発表していった。
ソラはレツと共にゴウの元へ。こちらは言うまでもなく、適性からだ。三人とも火のみの特化で、その環境であれば実力の向上とともに能力の開花も見込めるという一石二鳥だ。
続いてレンは、ライと共に東陽都のイータンに。聖陽郷全五陽都のうち東のイータンは他に比べ全体的に科学が進んだ都市とされている。そこでは電気に対する需要が高く、特に電気特化の人間は重宝される。電気に適性があるだけで優遇されるその都市でなら、レンにとってもプラスに働くと考えての采配だ。
そしてツバサは、イオとネイ、それからセトと共に南陽都のサグラスへ。サグラスは自然豊かであり、街というよりも広大な村に近い。数多くある自然は観光地としても有名で、自然の想術を扱うのであればイメージトレーニングにもなりやすい。
「最後にアキラだけど、アキラは俺と一緒にちょっと遠出な。アキラの場合適性が光特化だから、光に詳しい知り合いのとこ行くよ」
「リゥくんの知り合い?」
「そーそ! 歳は……もうアキラより結構上か。この前誘った時断られちゃったからなぁ……」
リゥの言葉に「うん?」と首を傾げるアキラだが、独り言の様な言い回しとそれに対する十二人衆たちの何とも言えない反応から、アキラは直感的にスルーを選択。
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結局その日はその程度で話も終わり、リゥたちはそのまま就寝。そして朝を迎え、リゥたち一行は新しい宮廷に向かっていた。
「いやー、急な召集でもすぐ集まってくれて助かるぜ。ホント」
「まぁ今までの問題も終わってかなり楽になってるからね。今まで暗躍していた集団も全員邪陰郷に吸収されてたみたいだし、纏めて一掃できたことは幸いだったかもね」
顔の前で両手を合わせてウインクするリゥに、聞くだけで心が落ち着く様な優しい声で答えるレイ。透明感のある笑顔を向けるレイの横には、レイと一緒に協力を要請したゴウだ。
シロには依然カリュブディスの調査を依頼中で、ゲンも今日は任務に向かっている。
「で、頼みたいことってのはなンだ? 十二人衆もアキラたちも全員連れて来て、何かあったか?」
「ああ。思ったよりもユーキたちの成長が早くてな。もう基礎が確立したから、この後はゴウとレイにも協力してもらいたいんだ」
「――!? もうだと? やるって言ってからまだ一日だぞ!?」
「それはまぁ、斯々然々あったんよ」
そう言って、リゥはアキラがクロから引き継いだ力と二ヶ月の事を話した。
「なるほどね。それなら合点がいく。でも、アキラくんに紹介する人って言うのは……」
「おう、お前らも知ってるテルだよ。俺は副属性のどっちも他に比べて苦手だし、光だったら俺よりもテルの方が得意だからな」
アキラの協力者、テル。ここに来て初めて聞かされたその名前に、アキラの脳は異常な程に反応を示した――ような、示さなかったような。そう、ちょうど中間だった。
初めて名前を聞かされたことにも、大して驚きも高揚もない。その名前が妙にしっくり来たことにも、特に違和感はない。しかし、妙に違和感がない裏で、奇妙な違和感が感じられないこともなかった。
テルという名前から一番に連想された漢字は「照る」だ。それは光に対しての連想も難くなく、しっくりくる理由にもなる。しかし、違和感無くその名前が当てはまったはずなのに、違和感のないその納得の奥に違和感があった。
そんな奇怪な矛盾に胸焼けのような不快感を感じたアキラだが、それも何故か大したことではない様に感じられ、自然と無視することが出来た。
「そうかよ。ンじゃソラは俺に任せろ。レツと一緒にしっかり鍛えてやる。――弱音、吐かねぇだろうな?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。ソラは俺の後継だ。俺がやることならソラもやるぜ。そのうちレツと一緒にお前を超えてくれるさ」
「え、ちょ……リゥくん!?」
アキラの無意識な苦悩を他所に、淡々と話を進めるリゥとゴウ。忙しければ断られると思っていた今回の依頼も、あまり忙しくないのかゴウはすんなりと受け入れる。
少し圧のあったゴウの確認に勝手に答え、さらにはハードルまで上げたリゥの言葉。後継という言葉に喜悦を感じたのも束の間。リゥと同等の実力を持つ四天王であるゴウを相手に宣戦布告とも呼べる言葉をぶつけたリゥに、ソラは目を丸くして更には顔も青ざめてしまった。
「で、レイもいいンだよな?」
「うん。僕も構わないよ。クラくんにもイルくんにもまだ教えられることはあるだろうし、ユーキくんも含めて後見を育てるのも僕たちの役目だからね」
「二人とも助かるぜ。俺だけじゃ手に負えないこともあるからな。ユーキとレイは相性も良さそうだし、ゴウとレツは感覚派だけど、ソラなら臨機応変に出来るだろ。どっちも……っていうか、ツバサとレンもだけど。全員期待してるからな。――もちろん、アキラもね」
突然の頼みであるにも関わらず容易に快諾した二人には、リゥも頭が上がらない。困った時はお互い様などとは言っても、戻って来てからの最近は頼ってばかりだ。
「だから、俺も出来る限りのことはやらねぇとな。いつか返すぜ、この仮も」
「言っとくけど、貸の分だけ利子も良い色付けてもらうかンな」
そう言ってリゥとゴウが純粋と不純の間にあるような笑顔を向けあった後、全員各場所に分かれた。




