10話:報告と宣告
リゥと十二人衆の手により新たな宮廷が建てられてから一時間後。四天王、天使、十二人衆、そしてシムと優輝たちが集まった会議は、普段通りに淡々と進められていた。
今までの進行係であった大全師が落命し主郷が空白となった今、進行係は四天王の頭脳であるレイが行っている。
ここまでの約一時間で行われたことは、アキラの正式な天使としての承認と優輝たちの筆記上の改名、そして主郷の席の削除だ。アキラの天使就任については全会一致で賛成が取られ、優輝たちの改名はそれぞれユーキ、ソラ、ツバサ、レンに決定。そして愛称呼びを決めたツバサ以外のユーキたちは、今後龍翔と呼ぶことを改め、リゥに統一した。
大全師が落命し空白となった主郷の席は、アキラやユーキたちを除いた十八人による多数決が行われ、十一対七で主郷の席を削除する運びとなった。削除派の意見は「主郷の仕事は代理で出来るものばかり」というもので、反対派の意見も「仕事が増える」というだけで代理をたてて行えるということには同意していたためだ。主に代理として任務を熟すであろう四天王の中で、リゥとゴウ、そしてレイが削除派の意見であったため、代理で行う側の過半数がいることによりこれはスムーズに決定した。
「次にこれからの方針だけど、大きな括りとして、聖陽郷の当面の方針は裏世界への突入。そしてそのための戦力増強だけど、これに対して何か意見は?」
「あー……意見っつーか、その、なんつーかな……えっと、つまり、あれだ……」
「なンだよ?」
「――能力、開花したわ」
歯切れの悪い様子で口篭るリゥに痺れを切らし、眉を顰めて首を傾げたゴウ。そんなゴウの「早く言えよ」と言わんばかりの態度に一呼吸置いて言い放つと、その場の空気が一瞬にして凍った。
「――はぁ!?」
「――えぇ!?」
元々リゥの能力を調べた時にいた七人を除き、未だそんな報告など毛ほども報されていなかった者たちは、数秒間の沈黙の直後に大きな声を揃えて叫ぶ。
天地がひっくり返っても交わらないと思っていたものが交わったかのような衝撃。芥ほどにも予想していなかったリゥの言葉は、それでも彼らに疑いの余地は残さなかった。それは決して直感などといった曖昧さを含むものではなく、確実に、リゥがその手の嘘などを自ら吐くはずもないと確信していたからだ。
そしてその確信があったからこそ、リゥの言葉はレイたちの耳に、脳に、心に、一切の抵抗なく流れ入った。
「な、え……まじかよ?」
「兄貴の、能力が……?」
そう聞き返すゴウやレツの頭には、確かに疑いの余地はない。疑いの余地は、確かにないのだ。しかし、それでも、確実に嘘ではないと確信していても、それと交わる矛盾が心の中にあることもまた事実。その事実が、彼らの思考が結論に至るまでの道を少しの間阻んでいた。
「今更、君のその言葉を疑うつもりは無い。そんな意地の悪い嘘を自ら吐くなど、そんな思考は一切ない。だからこそ、今度は敢えて僕の方から訊こう。本当に、能力が開花したんだね?」
「ああ。本当だ。長いこと待たせた。レイたちにも、レツたちにも、そして――」
その先の言葉は、敢えて何も言わない。真にその事実を知ることが出来るのはレイたち四天王だけだが、今の無言にあったのは紛れもなくリゥにとって大事な過去。一切の口出しは無用である。
「俺の能力は、二人で一対の能力。『終生の番い』だ。二人が同時に開花させる必要があったこの能力は、主な効果が二つ。番いとの距離によって戦闘能力が底上げされる効果と、番い対してのみ無類の援護が出来る効果。その代償は、番い同士の距離による戦闘力低下と、一定以上離れることでの死。パートナーは、まぁ大体予想もつくだろうがアキラだ」
リゥの能力が開花したことは、紛れもなく聖陽郷へのプラスだ。先の戦いで見せた目覚ましい成長の全貌が、きっと今の能力で説明がつく。龍神族と鬼神族の混血でありその本来の力を取り戻しつつあったリゥだが、リゥの覚醒はアキラとの対話直後。どちらかと言えば、能力開花の方がリゥの戦闘能力向上に影響を与えているだろう。
しかし、リゥの説明はその能力の主となる部分のみの説明であり、アキラと二人で確認した詳細の一切が省かれたものだ。それを省いた理由は、単に時間短縮という理由だけではない。
今ある情報は、文面から読み取りリゥとアキラの頭で構築されたもので、それは二人の考察の域を出ないのだ。綿密な検証によって証明された訳では無いその情報は、今の段階では戦力として考慮するには些かの不安がある。
「その他は不確定要素が多い。だからこれからの時期は暫くその検証を含め、アキラを戦力として数えられるまで育てる」
「なるほど。そこでアキラくんが戦力となり戦場に立てるなら、リゥの開花させた能力でリゥ自身の戦闘力も上がる……勿論、主な効果の前者はリゥだろう?」
「ああ。それもまだ試してねぇから絶対とは言い切れねぇけど、実感はあった。――だから、一ヶ月だ。あと一ヶ月で成果を出す」
現状、アキラの実力では戦力に数えることは難しい。中途半端な戦力は相手に利用されることもあり、場合によってはそのマイナスで戦況が大きく変わる事も有り得る。少なくとも、アキラは人質として莫大な力を持つだろう。
「一ヶ月……普通に考えれば明らかに短い期間だけど、リゥはそれが可能だと思うんだね?」
「ああ。俺の経験と知識からすれば、今の条件なら一ヶ月あれば戦力とカウント出来るはずだ」
「一ヶ月、なぁ……お前が言うならそれは疑わねぇよ。どうせなにか裏があるンだろ? でも、一つだけ訊く。ユーキ……だったか? そいつらを連れてきたのは、何が目的だ? まさか名前変えるだけってこたァねぇだろ?」
一ヶ月とは、アキラが迷い森へ行くまでの体作りに掛けた時間の半分だ。そしてそれもリゥたちがすぐそばで援護をすることを前提にしたかなり甘く見ての妥協点であり、決して戦闘力として数えられるほどまでのトレーニングは出来ない。一般人からしてみれば多少は辛いと思う人がいる程度で、例を出すならば富士山のハイキングを一人で楽しめるくらいが関の山だ。
天性の才能を秘めていた十二人衆でさえ、戦力として数えられるまでに数年の歳月を要した。
それをたった一ヶ月と言ったのは、クロから引き継いだアキラの能力をフルに使うということだろう。
アキラがクロの跡を継いだことはまだゴウたちも知らないが、それを知らない上でもリゥに策があることは理解している。そんなゴウが知りたいことは、それよりもユーキたちの存在についてだった。
「確かに、俺らはお互いに個人としてあまり干渉しないと決めている。だから四天王としての仕事以外では誰が何をやっていても構わない。それはお互いの信頼からなるもので、信頼してる仲間が信頼できると思ったンならその相手を俺らも信じる。だが、何も言わずにってのは四天王として責任放棄に近しい。別に拒みはしねぇけど、何が目的かははっきりさせてもらおうか」
「ああ、もちろんそのつもりだ。たまたまアキラの話を先にしただけで、元々話す予定だったし。てかなんならアキラとユーキたちのことはセットだ。――アキラに加えて、ユーキたちも残り一ヶ月である程度の段階まで育てる」
様々な注釈を挟みつつも、若干の棘を感じさせるゴウの発言。それに気付かないほどリゥもアキラもユーキたちも鈍くはなく、特に話のメインとして出されたユーキたちの緊張はより顕著なものとなった。
しかし、そんなゴウの言葉にも気圧されず、リゥは一切の迷いなく言葉を放つ。
「素人同然の五人を……全員か?」
「戦闘員として、って話しじゃないが、全員がある程度自由に想術を使えるようになるまでは育てるつもりだ」
「分かった。じゃあ次、なンで一ヶ月なンだ? お前の話じゃあいつらは裏世界で待つと言ったンだろ? なら、どれだけ時間をかけてもいいはずじゃねぇのか?」
この時、何故ゴウの言葉がこれほどまでに尖っている様に感じられるのか、という疑問がリゥの中になかったわけではない。多少なりとも違和感を感じ、その違和感の原因を知りたいとも少なからず思っていた。
しかし、それでもリゥは顔色も話も変えようとはしない。それは意識してのことではなく、無意識下によるものだ。それは、ゴウの違和感が脳の片隅に引っかかる中、それを優に凌駕するほど大きなものがリゥの頭を占領していたからに違いない。
リゥがゴウの微妙な違和感を気に止めなかった理由。それは――、
「一ヶ月後に、カリュブディスを伐つからだ」
「――! リゥ、それは……」
「一ヶ月後に俺はカリュブディスを伐つ。これは決定事項で、既にシロには情報収集を頼んでる。当然、これは俺の単独撃破だ。戦闘中の掩護入らないし、無いと思うがそれを邪魔する様なら容赦はしねェ」
カリュブディスの討伐。その言葉を自ら口に出した瞬間、リゥを包む空気が変わった。今まで微妙に感じられていたゴウの違和感を大きく上回る怒気が、一瞬でその場の空気を支配した。
「――分かった。誰も君の邪魔はしないし、僕が責任をもってさせないようにしよう。災厄が一つ伐たれるならそれに越したことはないし、ゴウもそれは分かっているだろう?」
「ああ。元々それは聞いてたことだし、構いやしねぇよ。アレを殺すのがリゥだってのはずっと前から決まってたことだ。今更何か言うこともねぇ」
絶対に引かないというような覚悟を込めたリゥの強い言葉に一切の忖度を込めず、呆気なくその言葉を承諾したレイとゴウ。本当に前から決まっていたからという理由だけの快諾なのかは甚だ疑問であるが、理由はどうであれリゥの決意は揺るがない。
支障がなければ遂行するだけ。あったとしても遂行するだけ。リゥの頭の中は、既にそんな使命感で覆い尽くされている。
「因みに話を戻すが、一ヶ月でアキラくんたちを育てるのであれば、それなりの人員がいるのではないかい?」
「問題ない。既に適性はチェックしているし、各々の適性に合わせて十二人衆に協力してもらう。アキラだけは適性が光の上にサポート支援をメインになるが、それもこっちで協力を要請する。俺よりも適任がいるから、この後そっちに出向く予定だ」
「そうか。分かった、だとしたらもう僕たちは何も言うことは無い。他に、リゥからの話はあるかい?」
「ないな。俺が今日の会議で話そうとしてたのは今の二つだけだ」
既にリゥから放たれていた怒気は収まりつつあり、話の主導権もレイに移っている。極僅かでしかないが懸念されていたリゥとゴウの衝突も無く、そのまま安定した会議が再開された。
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『特殊警戒獣』
この世界に生息している獣の中でも特に警戒をするべきと判断された魔獣の総称。全三階級に分かれており、最下級でも十二人衆と同等程度の戦闘力を持つとされている。
・超特級警戒獣
現在確認されている中でも最も危険度の高い魔獣に与えられるランク。
概要
一般人……発見即避難、最低でも姿が確認出来なくなる距離まで離れてから通報すること。
戦闘員……発見即通報、一般人の避難を最優先し、十二人衆以上の動かせる戦力を総動員し討伐に当たること。十二人衆よりも実力がない場合、原則として討伐には加われない。但し、戦闘に関わるものの判断が成された場合はこの限りではない。
・特級警戒獣
現在確認されている中で最高レベルの警戒を要する魔獣に与えられるランク。
概要
一般人……発見即避難、最低でも姿が確認出来なくなる距離まで離れてから通報すること。
戦闘員……発見即通報、戦力差が大きい場合は退き気味で対象を抑え、最低でも四天王一人、或いはそれと同等以上の戦力で討伐を行うこと。
・准特級警戒獣
現在確認されている中で特級に準じるレベルで警戒すべき魔獣に与えられるランク。
概要
一般人……発見即避難、姿が確認出来なくなるか、その他の方法で安全を確保してから通報すること。
戦闘員……発見即通報、十二人衆以上の戦闘力を持つ発見者は一般人の安全を確保した上で即迎撃。戦力に乏しい場合は応援を待ち、その間一般人の避難誘導に徹底すること。




