6話:アキラの決断
時刻は夕方の六時を過ぎ、傾き始めた太陽は瓦礫の山となった宮廷を紅く燃やす。
それはまるで、そこに一人佇む影の心の奥底を表しているかのように――。
「――よお、ここにいたのか」
「これはリゥ様……と、皆様もお揃いのようですね。このような時間にこのような所へ、一体どうなさったのですか?」
数十分ヴォルフを走らせ、一つの人影を見つけるとアキラたちを上に残したまま瓦礫だらけの地面に飛び降りたリゥ。そんなリゥの目に映るのは、普段と何ら変わりのない態度を見せるシロだ。
数メートルの距離まで普通に走って近付いて来たヴォルフの存在に、シロが気付いていなかったはずはない。それでも自らリゥの方へ行かなかったのは、その短い時間でやるべきことがあったということ。
「まだ、流石に整理はつかねぇよな。俺だって何かしてないと虚無感に駆られてどうにかなりそうだし、シロは尚更だろう」
「――ええ、まあ。レイ様が暫く休暇を与えてくださったのですが、何もすることがないというのは却って疲れるものですね。勿論、それがご厚意だったのは承知していますが……」
いつでも毅然とした態度でいるシロの、滅多に見れない弱った姿。それが表すことは、やはりリゥが感じていた虚無感に勝るとも劣らない何かだろう。
何千年と共に過ごしていたクロが、自らの決断とはいえ今回の戦いで命を落とした。手を伸ばせば届く距離にいることが普通だったのにも関わらず、今はどれだけ手を伸ばしても届かない。それは彼女にとって、今まで生きてきた中で最も大きいショックだろう。
「なら、そんなシロに俺から仕事を出そう。俺はレイみたく優しくねぇし、出来るやつには出来ることを全部任せて押し付ける主義だ! ――どうだ?」
哀傷に満ちた目を落とすシロに、悪辣とも言い表せられるような笑みを向けるリゥ。そんなリゥにシロは一度目を丸くするが、その後一度目を瞑り、再びその目を開くと同時に口角を上げた口に手を当てる。
「相変わらずですね、リゥ様は。普段は圧倒的にレイ様の方が周囲への気配りが出来ますが、いつもここぞという時に元気を下さるのはリゥ様です」
「それ、褒め言葉って受け取ってもいいんだよな?」
「ええ、勿論です」
何処か引っ掛かる言い方で微笑むシロに、眉を顰めて首を傾げたリゥ。
普段、周囲への気配りや一人一人への配慮が得意なのはレイだ。いつも人より外側から物事を捉え、誰一人として例外とすることなく平等に気配りを行う。そんなレイとは対照的に、リゥはかなり視野が狭い。ゴウでさえその発想に善し悪しはあるが、それでも柔軟な答えを出すことは少なくない。
にも関わらず、リゥからは基本的に柔軟な答えなど出ない。
しかし、間違わないにしろレイが最適解を出せなかった時にだけ限り、リゥは何故か最適解を見つけ出すのだ。
そしてそんなリゥにシロは、クロは――天使は、ずっとずっと、助けられていたのだ。
「――四天王補佐、天使として、只今よりリゥ様から承る命を遂行致します。どうぞ、何なりとお申し付け下さい」
足を揃え、背筋を伸ばし、真っ直ぐな姿勢のまま深く頭を下げるシロ。一遍の迷いすら見られないその一連の動作にはこれまで以上の迫力がある。
「よし、じゃーその言葉に甘えて、全部纏めていくぞ?」
「はい」
「一つ、大きい荷物を運びたいから何とかしてくれ。二つ、三日後に十二人衆を全員俺の家に集めてくれ。三つ、どうすれば出来るだけ早く優輝たちが想術を扱えるようになるか一緒に考えてくれ。四つ、近いうちにカリュブディスをぶっ倒すから情報を集めておいてくれ。――以上だ」
一切の遠慮なく、寧ろ普段よりも早口で四つの命令をシロに言い渡したリゥ。
しかし、命令とは名ばかりにどれも「しろ」という命令ではなくあくまでも「してくれ」という依頼だ。
「承りました。二つ目はこの後お伝えし、四つ目はそれから行動します。そして一つ目と二つ目ですが……アキラ様を呼んで頂けますか?」
「アキラをか?」
「はい。リゥ様もご一緒に、他の方々も同席して頂いて構いません。皆様にお話したいことがあります」
「分かった。呼んでくるからちょっと待っててくれ」
シロの意図も分からないままリゥがアキラたちを呼びに行ったのは、やはりこれまでで築き上げて来たシロへの信頼があるからだろう。シロがアキラを必要としたということは、その話にはアキラが深く関わるからだ。二人きりと言われれば少し不安もあっただろうが、リゥも優輝たちも同席出来るのなら、その話は全員が集まってから聞けば良い。
信頼と安心から、リゥはそう判断して速やかにアキラたちをヴォルフの上から下ろす。
「話って何?」
「いや、話があるのは俺じゃない。シロからだ」
「シロさんから……?」
「はい。アキラ様に、大事な話があります。皆様もご一緒にお聞きください」
ヴォルフの上から下ろされ、優輝たちと共にシロの前まで来たアキラ。目の前のシロに改まって視線を向けられたアキラは、ゴクリと唾を飲む。
「アキラ様。場を司る天使の名の元に、貴方を二代目の時を司る天使に任命致します」
「――ッ!?」
シロの言葉に、リゥとアキラ、そして優輝たちまでもが、時を同じくして息を飲んだ。
「え……え?」
「ど、どういうことだ、シロ? 今、なんて言った?」
「これはクロの遺言でもあります。アキラ様さえ良ければ、時を司る天使としての役目をアキラ様に引き継いで頂きたいとの事です」
「クロさんが、俺に……?」
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今より時を数日遡り、禁術の代償に触れた者たちが命を落とす直前。時を司る天使として禁術を行使し余命が僅か数時間にも迫っていたクロは、最後の時を実の姉であるシロと共に過ごしていた。
「姉様、今までありがとうございました」
「――ええ。後のことは私に任せなさい。貴方の分まで、リゥ様たちは私が補佐します」
部屋の最奥にあるベッドに並んで腰掛け、お互いにそっと手を重ねるシロとクロ。姉妹水入らずの時間を作っても、二人の会話にはやはり四天王であるリゥたちの名前が出て来る。
それは、二人が天使として四天王に忠誠を誓っていることの証でもあり、同時に彼女たちの誇りでもあるのだ。
自分たちのこと以上に仕える相手のことを思える。自分たちの仕えている四天王が、それだけ価値のある存在だということがそのまま彼女たちの誇りになる。
「その事なのですが……私たちが天使として仕事をしている理由は、嘗て大全師様に認められ任命されたから、ですよね?」
「ええ、そうですね。元々ただの人間であった私たち姉妹にこの宝天玉杖を与えて下さり、天使としての地位と能力を与えて下さった。――まぁ、たまたま私たちが禁術を授かって生まれたからなのでしょうが」
元々、シロとクロは周りと何ら変わらない人間の姉妹であった。
しかし、禁術と言うのは授かった者が命を落とすと全く別人格の生命に宿る。禁術を行使できる者は基本的に無作為に選出されるが、間違っても禁術を使用出来た者が転生した存在に宿ることは無い。
即ち、輪廻転生を繰り返しているこの世では、幾千幾万幾億もの数えきれない年月の後に禁術を扱える者はいなくなるのだ。
しかし、それは大した問題ではない。最も重大なことは、悪行を働く者にその能力が渡ることだ。
それを危惧した大全師は、禁術を扱えるシロとクロを見つけ出し、二人に天使としての称号と能力を与え自らの側近に置いた。
「それがなければ、私たちはリゥ様などのような方々とは到底交われない一般人。想術すらまともに扱えない存在ですからね」
「ええ、そうですね。幸い長い年月を生きることにより体術の方はかなり上達しましたが、それでも天性の才をお持ちになられるゲン様のような方には遠く及びませんからね」
事実、二人は時と場を操作する他には火や水といった想術が一切使えない。シロは空間の借用でありとあらゆる空間を借り、クロは自分や相手、周囲の時間を操作して戦う。
そしてそのどちらともが、彼女らが嘗て大全師から渡された宝天玉杖というクリスタルワンドのような杖の能力だ。
「つまり、私たち天使の能力はこの杖さえ扱えれば誰にでも扱えるということ……でしたら、私はある方に後任をお任せしたいのです」
「後任、ですか……一体誰に?」
「彼さえ良ければの話ですが……私は、アキラ様にお任せしたいです」
クロの言葉に一度は目を丸くするも、その直後には頬を緩め静かに微笑むシロ。リゥが信頼しているアキラは、やはり彼女らにとっても信頼出来る存在なのだろう。出会ってまだ二ヶ月程度しか経っていないが、それでも後任を任せられるほどまでにアキラの株は上がっている。
「分かりました。そういうことなら、私から今度話しておきます」
「ありがとうございます、姉様。あ、それと――」
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「――それと、クロがアキラ様のために遺した物があります」
「遺してくれた物……?」
「ええ。アキラ様に後任を任せる上で、クロが自ら用意していました」
クロがアキラに後任を任せるという事を話し、それをクロが受け入れた後。クロはアキラに遺した物をいくつかシロに伝えていた。
「もしもクロの後任として時を司る天使を引き継いで頂けるのなら――こちらのステッキを差し上げます」
空中で何かを手繰り寄せる素振りをした直後、何も無い所から忽然とステッキを出現させたシロ。これも場を司る天使としての能力なのだろうが、まだその能力に適応していない優輝たちは後ろで目を丸くして驚いている。当然かの如くスルー出来たのは、アキラとリゥの二人だけだ。
そして二人は、確実に見覚えのあるそのステッキに息を飲む。
「それって……」
「はい。クロがずっと使っていた物です。正式名称を宝天玉杖と言いまして、こちらのステッキを使えば時を司る能力は全て扱えるようになります」
「そ、そんなに凄いもの貰えないですよ! それに、誰でも使えるなら皆が欲しがるんじゃないですか……?」
「ええ、誰もが欲しがります。ですが、こちらのステッキにもしっかり利用権限の術式を編んでいますので大丈夫です」
利用権限の術式は、とある物に対して編んだ術式と組になる術式を編んでいる者でないとその一切が利用できないという術式だ。利用権限は利用者を複数人設けられるものと、一人のみにしか設けられないものがある。
つまり、元々利用者であったクロが命を落とした今、アキラがその組になる術式を編めば他の者には扱えない。この場合の扱うには振る、叩く、持ち運ぶという物も含まれており、利用者でない者が持った場合はその瞬間にステッキは所有者の元へと強制的に戻る仕組みだ。
「そしてこのステッキには、つい先日クロが独自で開発、構成した術式があります」
「クロさんが自分で……ってことは、今までクロさんが使っていなかった物ってことですか?」
「そうですね。クロが作ったのは、隔離空間の展開術式です。術式を展開した範囲はその間時間の進み方が異常に速くなり、内側と外側が完全に隔離されます」
クロが命を落とす間際に開発したという隔離空間の展開術式。それは、隔離された空間の内側だけ周りよりも速く時間が進むということ。つまり、外での一秒が中では数十秒や数分、あるいは数日となる可能性もあるということだ。
「構成する時間が少なかったため、今は外での一秒が一分。つまり、約六十倍が限度でした」
「え、っと……? リゥくん、どういうことか分かった?」
「お……? 逆に今ので分からなかったのか?」
「う、うるさい! 分かったかどうか訊いてるの!」
シロの説明は十分丁寧だったはずだが、それでもあまりよく理解出来ていなかった様子のアキラ。そこで暫く難しい顔で横に立っていたリゥにヘルプを求めると、リゥは今まで以上に難しい顔をしてアキラの言葉に驚く。今回は全くもって揶揄するつもりなどなかったのだが、アキラにはどうしてもそれがいつもの揶揄いに聞こえたらしい。
「えっと……じゃあ蓮。今のアキラに分かるように説明出来る?」
「んー……今のでも結構分かり易かったから、これ以上って難しくない?」
「あ、そーゆーこと言うとまたアキラが……」
「〜〜〜!! どーせ馬鹿ですよーだ! 分かり易い説明でも理解できなくてごめんなさいね! ふんっ!」
顔を赤くして怒ったアキラに頭を悩ませ、身近で一番頭の良い蓮に話を振ったリゥ。しかし、そんな蓮の発言は火に油を注ぐ物で、アキラは完全に拗ねてしまった。
「え、あ、えっと……! つまりね、晟! うーん……例えば、晟がその……術式? を、展開したとするでしょ? そしたら、晟の周りだけ六十倍時間が早く進むの! それで、例えば普通なら一日しか経ってなくても、晟の周りだけは六十日間進むってこと! だから逆算すると……晟が術式を展開した中で一日過ごしても、それを解いて外に出たら四時間しか経ってないってこと! 分かった!?」
「んー……うん。まぁ、分かった。最初からそうやって教えてくれれば良かったのに……」
拗ねて蹲ってしまったアキラの後ろから、大慌てで頭をフル回転させできる限りの言葉を尽くして説明した蓮。いつになくその頭脳を惜しみなく使った蓮の説明にアキラも漸く理解出来たようで、リゥたちは心の中で拍手喝采を送る。
「――それでアキラ様。どうでしょうか? 皆様が短期間で成長するためにとても役立つと思います。私たちは、アキラ様さえ良ければ今すぐにでもこちらをお渡ししたいと思っています」
時を司る能力。それは、リゥのサポートをする上でかなりの力をアキラに与えるだろう。今まで何も出来なかったアキラとは、天と地ほどの差が出る。そして戦うことを決めた蒼空にとっても、今の術式の効果は絶対にためになるものだ。
――今のアキラにとって、これほどに都合の良い話は無い。
「――分かりました。それが、リゥくんたちのためになるなら……シロさんとクロさんが、俺に任せてくれるって言うなら、俺やります!」
「――。――ありがとうございます。それではアキラ様、これからどうぞ、宜しくお願い致します」
クロの思いとシロの言葉。自分の知らないうちに、自分の思っていた以上に自分を信頼してくれている二人の気持ちに、愈々決心を固めたアキラ。抱えていた膝を伸ばして勢いよく立ち上がると、アキラはキリッと口元を結び真っ直ぐにシロの目を直視する。
そしてそんなアキラにシロは深く頭を下げ、クロの使っていた宝天玉杖を差し出した。
「はい! こちらこそ!」
シロから差し出された宝天玉杖を受け取り、しっかりと握ったアキラ。そして万遍の笑みでシロの顔を再び見つめ、アキラはこの時を以て、二代目の時を司る天使となった。




