86話:父子
シロとクロが退室した直後、シムが戻ってきてから話は『聖陽郷のこれからについて』に移る。
「聖陽郷のこれからについてだが、先ずは直ぐにでも取り掛からなければいけないことを挙げていこう」
「直近で言えば、やっぱ戦いで荒れた宮廷周りの復興だろ」
「そうだね。今は特戦隊が出てるから救助は滞りないはずだけど、それでも他に被害があるかもしれない。復興と他の被害がないかの確認は大事だ」
「いや、たしかにそれも大事だけどよ、主郷はどうすンだよ? クロだけじゃねぇ。大全師さン、アンタだって死ンじまうンだろ?」
再び始まった、聖陽郷主勢力の話し合い。話し合いで取り纏め役を担うことの多いレイが今回も話し合いの第一歩を踏み、リゥが間髪入れずに挙手。
リゥが提言した聖陽郷の復興は、確かに最優先にしてもいい事項だ。そんなリゥの言葉にレイを初めとしてその場にいる多くの参加者が頷く中で、リゥの話にゴウが待ったをかける。
「主郷である大全師さンがいなくなる。これは俺たちだけの問題じゃねぇ。俺たちはそれを報告する義務があるし、向こうには知る権利がある。主郷がいなくなれば、新しい主郷が必要になるだろ」
「主郷――大全師さんがいなくなる報告と、新しい主郷の選出……確かに必要な事だけど、それは復興の後でもいいんじゃないかい? 先ずは落ち着いてからじゃないと、余計な心配と混乱を招いてしまう」
「まぁそれもそうだな。どっちを優先するかってンなら、復興が先でいい」
「――申し訳ない。私が至らないせいで、また一つ任務を増やしてしまっている……」
クロの事で忘れがちになるが、元を辿ればクロが禁術を使うことになったのも憑依されたゼンジが先に禁術を使ったからだ。主導権があったとしても禁術を使った体は大全師であるため、クロよりも先に大全師の方が命を落とす。
「別に、今更そんなこと言っても仕方ねぇだろ」
「リゥ……」
頭を下げて謝った大全師に対し、冷たく反応するリゥ。そんなリゥに大全師は申し訳なさそうに目を伏せ、レイは不安そうにリゥの名前を呼ぶ。
「俺には俺でやる事があるんだ。この後の話はそっちで勝手に進めてくれ」
「リゥ、いくらなんでもそんな言い方は……」
「じゃあ何か? お前のせいじゃないとでも言えばいいか? 憑依されたのも禁術を使われて死ぬのも、本人のせいじゃなくて誰のせいになる。――中途半端な気休めは、誰のためにもならねぇ」
大全師関連の話になるや否や、我関せずといった態度でその場から去ろうとするリゥ。そんなリゥの明白な態度に、後ろからレイが呼び止める。
しかし、今のリゥに大全師と真正面から話をするほど落ち着いた心はない。レイの呼び止めに足を止めるも、リゥは振り返ることもせずに暗いトーンで言葉を返す。
「リゥには、アキラやつい先日巻き込まれたこの子どもたちのことを考える必要がある。リゥ抜きで対処出来ることは、俺たちがやるしかないだろう」
「ゲンまで……」
「リゥとゲンの言う通りです。今回の件は、私が憑依などされなければ何の被害もなかった。リゥが一度命を落としたのも、私が命を落とすのも、聖陽郷に住む多くの人に犠牲が出たことも、そもそもこの世界と関わりのなかった彼らを巻き込んだのも、全て私の責任だ……」
リゥを引き止め自責の念に駆られる大全師をフォローしようとするレイに対し、全体を平等に把握しているゲンは首を横に振る。
そしてそんなゲンの言葉に大全師も首肯。当の本人が完全に非を認めたところで、レイもそれ以上のフォローを止めた。
「何も、全てがアンタの責任だって言ってるわけじゃない。元の発端が誰であれ、それ以降の被害は力を持つ俺ら全員に責任がある。自分を責めるのはいいが、必要以上に自分だけで抱え込もうとするな」
「リゥ……?」
「――勘違いするな。俺は全ての責任がアンタにあるなんて言ってねぇし、思ってもねぇ。それとも、憑依されながら見ていた俺は直ぐに責任転嫁するようなクズに見えたか?」
「い、いや……そんなことは……」
確かに、元の発端は大全師がタイラントに憑依されたことだ。しかし、そこから先の失敗や被害は大全師だけの責任ではない。
リゥが命を落としたのはリゥの能力不足であり、アキラを連れてきたのはアキラの選択とリゥの判断。優輝たちが巻き込まれてしまったのは、もはや誰のせいとも言いようがなく、聖陽郷に被害を出したのは力を持つ者たち全員の実力不足。
責任を誰か一人に押し付けられるほど、今回の問題は簡単なものでは無い。
「――僕たちは、一旦席を外すよ。姉妹水入らずがあるなら、親子水入らずもあるべきだ」
「は? いや、別にそんなのはいらねぇって……」
「このまま意地を張って、後悔しないと言いきれるのかい? ――本当に話すことがないなら、別に話さなくてもいい。ただ、僕たちは一旦席を外すよ」
そう言うと、レイはリゥと大全師を除いた全員を連れてその部屋から退室。
約三十人がいた広い部屋の中で、大全師とリゥが数十年ぶりに二人きりで相見える。
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暫くの沈黙の後、満を持して話の口を切ったのはリゥだ。何を話すべきか、何も話さないでおくべきか、迷いに迷いの末、リゥは自ら口を開く。
「――俺を拾って、育ててくれたこと……それは、それだけは本当に感謝してる」
意地を捨て、深呼吸し、腹を括ったリゥ。そんなリゥの小さな声に、静かに俯いていた大全師はゆっくりと顔を上げる。
そしていつの間にか自分の顔を見ていたリゥと目が合い、大全師は驚きと戸惑いで視線を外そうとした。が、しかし。何故か、一度合った視線は糸で繋がれたように外せない。外そうと思えば外せるはずの視線が、リゥの目から外れないのだ。
「確かに、アンタが憑依されたことで色々と被害は出た。聖陽郷にも被害は出てるし、アキラはともかく優輝たちは完全に巻き添えを食った被害者だ」
全く関係のなかった優輝たちが、人質という目的で違う世界に連れてこられ更には戦いの渦中で拘束されていた。目の前で多くの人が争い、血を流し、苦鳴や悲鳴を上げる場所で見たことも無い生物の中に拘束される。これが、どれほどの恐怖と不安を優輝たちに与えたかなど到底予想もつかない。
そんな彼らのことを思えば、今もリゥの腸は煮えくり返る。
「――でも、アンタが憑依されて俺が命を落としたことで、大切な出会いが俺にもあった。アキラや優輝たちとの出会いは、アンタが憑依されてなかってら起き得なかった奇跡だ。だから、全部が全部悪いだなんて思ってない。沢山の被害を出すことになった発端に感謝するなどあってはならない事だが、アキラや優輝たちとの出会いは今の俺にとってかけがえのないものだった」
リゥから放たれた、あまりにも予想外過ぎる発言。そんなリゥの言葉に目を丸くするも、その見開いた目でリゥの顔を見れば自然とその言葉にも頷ける。
今のリゥの目には、前世のリゥにはなかった煌びやかに輝く何かがある。
勿論、前世のリゥにも守るべきものや愛しているものはあった。聖陽郷の四天王として、十二人衆の兄として、日々楽しそうに生活していたリゥ。しかし、前世のリゥには無く今のリゥだけにある物が確かに一つ。
それは、一生をかけてでも必ず幸せにすると心に決めた存在。いつ何時でも決して見失うことの無い、リゥの心の中に輝く一つの星。リゥの目的であり夢であるゴールを、延々と指し示す北極星。
「前世の俺に無かったものを与えてくれたのは、他でもないアンタだ。アンタが俺を拾い育ててくれたことで、俺は人生で一番大切な存在を見つけられた。――本当に、心の底から、これまでの一生とこれからの一生……その二生を掛けて、感謝します」
目を閉じ、腰から深く頭を下げるリゥ。そんなリゥの言葉に呆気に取られていた大全師は、何秒間もの時間その体勢をキープし続けたリゥにハッと気付き慌てて声をかける。
「い、いやいや……! リゥ、先ずは頭を上げて……」
「本当に、心の底から感謝してる。本当にありがとう」
「わ、分かりましたから……!」
慌てて頭を上げさせた大全師に、顔を上げた後にも感謝の言葉を放つリゥ。腹を括って話したリゥの圧倒的な威圧感に、大全師は心底戸惑う。
が、しかし。そんなリゥの態度が、今の大全師にとってはとてつもなく嬉しいことだということは言うまでもない。
己の失態のせいで沢山の被害を出した今回の件で、リゥからは特に責められると思っていた。一度命を落としたことも、大切な人を危険に晒したことも、憑依されていたとはいえ裏切ってしまったことも。数多くの迷惑をかけて傷付けてしまった。それを責められる覚悟でいた中、リゥから放たれたのは心の底からの本音の感謝。許された、などとは思えずとも、やはり感謝されてうれしいなってしまうのは親の性だろう。
しかし、いつまでも浮ついた気持ちでいられないのが現状。大全師は右手を口の前に置き「コホン」と咳払いをしてから、緩んでしまっていたであろう顔を引き締めて口を開く。
「そうであっても、私が御身に多大な迷惑をかけてしまったことは事実です。なので、私自身の戒めのためにも、どうか改めてしっかりと謝罪させて欲しい。――本当に、申し訳ありませんでした」
先のリゥのお辞儀と同じほどに頭を下げ、その体勢を数秒間キープする大全師。そんな大全師の様子に、今度はリゥの顔が緩む。
目の前の大全師にプッ、と吹き出し、リゥはその顔に笑みを浮かべる。
「何か、それだけ敬語ってゆーか畏まって話されると言い難くなるなぁ……」
「な、何か言いたいことでも……?」
「最後くらい、言ってみたいことがあるんだよ。何十年も生きてんのに、まだ言ったことねぇ言葉があってな」
突然鼻に手を当てて笑い出したリゥに、オドオドと戸惑う大全師。今日だけで何度目になるかもわからない大全師の戸惑いが更にリゥのツボに刺さり、思っていたよりもリゥの笑いが長く続く。
そして一頻り笑ったリゥは乱れた呼吸を整え、笑みを浮かべたままくるりと反転。大全師に背を向けて部屋の中を歩くと、そのまま部屋の扉に手を掛ける。
「はぁ〜ぁ……最後に笑えて良かったぜ」
ドアノブに手を掛けた瞬間首だけ回して後ろを向き、万遍の笑みを大全師に向けるリゥ。
「――今までありがとな」
溜めに溜めた言葉を、笑顔を崩さず直接ぶつけたリゥ。
そして最後に、万遍の笑みを弾けさせてただ一言――、
「――オヤジ!」
「――――!」
――一言。たった一言の言葉に、大全師の気が一瞬動転。
『オヤジ』
そのたった一言だけが大全師の頭を埋めつくし、ひたすら脳内を駆け回る。
そして次に気がついた時には、もうリゥの姿は無かった。
――大全師の目から涙が出ていたことは、言うまでもないだろう。




