猿でもわかるHP
「――うん、あぁ、それじゃ、そっち寄るから待っててくれよな」
ワタルは電話にて、桐華にサイバーゲームをプレイする旨を伝える。あまりゲームはやらないのか、その回答はやけに嫌がっているのが、目に見えてわかる。だが、とりあえず全員でやってみようと勝手ながら決めた事なので、ワタルは帰りがけに桐華の家に寄る事にしたのだ。
「これで全員分ですね。このアルベルト・リングの描かれた紙は、絶対に破いたりしないでください。その瞬間に私の能力が作用しなくなりますから」
結衣が簡単な説明をしている間、ワタルとヒロキはあまり目にしない、その機械を食い入るように覗き込む。現物を持つかなでさえ、本物だと見間違う程の精巧な作りである。
「じゃあ、かなと結衣ちゃんは、うちでプレイするから。ワタル君、ヒロキ君、桐華ちゃんは自宅で何とかしてね。わからなかったら電話かメールして!」
「わかりました!」
「まぁ、オレサマにできねぇもんなんてねぇよ!」
こうしてその日は解散。全員がゲームの準備をする為に、一旦家へ帰宅するのだった。
「――えっと、トーコの家は確かこの辺りだったかな?」
いまいち道を覚えきれていない為、辿々しい道順で、桐華の自宅を目指す。閑静な住宅街。周囲を見ると、一言で豪華。そんな家が建ち並び、都会だというのに五月蠅さを全く感じない。
「……おいおい、オレサマは凄い場違いな気がするぞ……」
事実、この辺に済んでいる人なのだろうか。ワタルの姿を見るなり、まるで不審者を見るような目つきで睨んでいる。そんな視線に耐えきれず、視線を感じないように、なるべく地面を見ながら歩く。
朧気な記憶を頼りに、桐華宅を目指していくと、ようやく桜井の表札が見える。桜井というのは、桐華の名字である。とても立派な門構えの一軒家。あまりに立派すぎて、威圧感さえ感じる。
「話には聞いていたつもりだったが、トーコってこんな所に住んでるのか……」
ワタルは桐華を呼び出す為に、インターホンを鳴らそうとする。しかし直前に思いとどまった。
(もしもここがトーコの家じゃなかったらどうしよう? ……あるいはここが家だったとしても、取り合ってくれるかな)
ワタルは急に不安になり、携帯電話を取り出して、桐華の番号にかけてみる。数回のコール音の後に、桐華は出てくる。
「……どうしたの?」
「あ、いやな、多分お前の家の前に着いたんだけど、とりあえず外に出てきてくれるか?」
「……インターホンで呼び出せば良いのに」
「うん、そうなんだけどね……」
「……わかった、今からそっちに行く」
実際には数分なのだろうが、視線を熱く感じるワタルにとっては、数十分近く待たされたような錯覚さえする。立派な門構えから出てきた桐華を見てようやく安心する。
「ふぅ……。良かった……」
「……? ……それで何か用?」
「あ、あぁ、これだ!」
ワタルは結衣から受け取った具現化されたアルベルト・リングと、それが描かれた紙を見せる。
「……アルベルト・リング? これで何をするの?」
「アルベルト・リング知ってたのか!?」
「……だって巷では有名。何でも何千万人の人がプレイしているっていう、超人気ネットゲームのハードでしょ? 私はゲームとか得意じゃないし、興味もないから買う気も無いけど」
「まぁまぁ、そんな事言わずにさ。息抜きと思ってやってみようぜ? もうヒロキも、かなっぺも、結衣も、スタンバっちゃってるわけだしさ」
「……うん……」
やはり乗り気ではないのだろう。やる気のない嫌そうな顔が、無表情な桐華から見て取れる。
「とりあえず簡単な説明だけはしておくな」
ワタル自身も説明できる程に知識はない為、詳しくは公式HPを見る事。あとは結衣に説明された通り、アルベルト・リングを具現化させている紙は破損しない事の旨を伝える。やはりここでも、結衣の説明だけは簡単に理解していたが、公式HPに関しては渋々といった顔をする桐華。
「まぁ、とりあえず一回で良いからさ。もしもそれでも嫌なら、別にやめてくれても良いから……だから頼むよ!」
「……そこまでワタルに言われたら断れない。わかった、がんばってみる」
桐華の許可も取れたわけで、ワタルも自宅へと帰る。何よりも説得した本人が、どう接続するのかいまいちわかっていないのだ。
――自宅に着いたワタルは、早速アルベルト・リングの接続。そしてユーザー登録を済まそうとする。
「とりあえず、かなっぺは公式見ればわかると言っていたが……全然わかんねぇぞ、これ」
まさかの予想外。かなが言うには、猿でもわかるHPと言っていたが、ワタルには一切理解できない。
「や、やばい……まさか、オレサマは猿以下なのかぁぁぁぁぁぁ!」
ワタルは焦った。接続できない事への焦りではない。もしかしたら猿以下になってしまうかもしれない事にだ。ヒロキ達に大見栄を切ってしまった以上、できないなんて事になったらいい笑いものになってしまう。ワタルとしてはそれだけは何としても避けたい。
「くそ、くそっ、結衣はかなっぺがついてるから失敗はあり得ねぇ。ヒロキはさりげなく機械に強いから何とかしてる。トーコだって興味ないといってたものの、あいつは頭が良いからすぐにコツを掴むはず……い、いかん、オレサマだけが取り残されてる!?」
焦りが焦りを呼ぶ。強敵達との試合ではこんなパニックになる事はない。それなのにたった一つのゲームに異常なまでに焦る。
「くっ……、落ち着けよ、響ワタル。お前はリトルウォーズで優勝する男なんだぞ!? ……そうだ、そうだよ、落ちつくんだ。マックスハートだ、響ワタル。全力でやればできねぇもんなんて無いはずだ、それはゲームとて例外では……ないっ! うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
強烈な雄叫びと共に、アルベルト・リングをぶっ叩く。すると画面には「登録完了」の文字が浮かび上がる。
「……登録完了? キャラクター作成画面へ……ふふふ……ふはははは……はっはっはっは! できたぜ、さすがオレサマワタル様だ!」
この世界は何でもありである。全力の心精神での気合一閃。全ては片づいた。