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3. 「襲来! 本命候補の王女さま!」

 広間で隣国の王女殿下を目にした瞬間から、私は言葉を失っていました。

 きらびやかなドレスに身を包み、静かに微笑む彼女。絹のようなプラチナブロンドが、陽の光に照らされてきらきらと輝いています。色素が薄く、細身で、端整な顔貌の彼女には、触れたら壊れてしまうのではないかとさえ思わせるような儚さがありました。


 しかし、私が言葉を失ったのは、ただ王女殿下が美しかったからではありません。


「ごきげんよう、王子殿下」


「……ご、ごきげんよう」


「初めまして――では、ありませんわね」


「……そのようですね」


 あの嵐の翌朝、岸辺に倒れる私を介抱し、王都に戻るまでの時を共にした修道院の女性。その正体が、彼女だったと理解したからなのです。


「ふふ。ずいぶんとお久しぶりですわね」


「……ええ。王女殿下もお変わりなく」


「そのように畏まらずとも結構ですわ。修道院の時と同じように接してくださいませ」


 そのように言って、王女殿下はティーカップに口をつけます。

 私がなんと返そうか思案している間に、彼女は広間の入り口に目をやっていました。


「……ところで、あちらの方は?」


「……ああ……」


 視線の先では、人魚姫さんが広間に押し入ろうとして侍女たちに止められています。

 とりあえず丁重にもてなすように、とは言いつけておきましたが、まさか彼女がこんな暴挙に出るとは思っていませんでした。


「彼女は、その……私のちょっとした知り合いで」


「ふーん……そうですの」


 そう言うなり、椅子からすっと立ち上がって彼女のもとに歩いていく王女殿下。

 王女殿下が近づいてきたと気づくや否や、侍女も人魚姫さんも、その場で動きを止めます。


「……あなた、見込みがありますわね」


『……えっと……』


 人魚姫さんは顔を引きつらせ、緊張した様子で、震えながらもフリップを胸の前に掲げます。

 そして王女殿下は、その場にしゃがんで微笑み、こんなことを言うのでした。


「あなたも、ご一緒にお茶しませんこと?」


『……え?』


 ……え?


 *


 かくして私たちは、庭に出て三人でお茶会をすることになったのです。

 優雅に紅茶を嗜む王女殿下。なんとなく気まずくなる私。そして、人魚姫さんはというと――


『終わった……絶対この方が本命だ……』

『わたしは海の泡……』


 弱々しい文字で書かれたフリップを手に、すっかり意気消沈しているのでした。

 なんと声をかけたものか私が迷っていると、王女殿下が先に口を開きます。


「人魚姫さん、と言いましたわね」


『……はい……』


「聞けば、あなたは人魚だったとか。けれど王子殿下に憧れて、人間の姿になって会いに来たと」


『……そうです……』


「しかも、彼と結ばれなければ、最後には海の泡となって消えてしまうというのに。たいした覚悟ですわね」


『それは……よく知らなかったというか、なんというか……』


「ふふ。いずれにしても、やはりあなたは見込みがありますわ」


 そう言って、王女殿下は朗らかに笑ってみせます。

 しかし、そんな彼女とは裏腹に、人魚姫さんはますます意気消沈し、涙目になってしまうのでした。


『む、無理だ……ヒロイン力が強すぎる……』

『やっぱりわたしは海の泡……』


「なぜそのように思いますの」


『だって……王女さまはわたしよりずっと優しくて、お淑やかで、余裕があって』


「諦めてはいけませんわ!!」


 ばん、という衝撃音とともに、王女殿下が勢いよく立ちあがります。

 え、今テーブル叩いたの誰? 王女殿下??


「確かに、わたくしは高貴で、優美で、殿方の目には魅力的に映るかもしれませんわ。ですが、それがなんですの!!」


『え、えっと』


「あなたの王子殿下への想いはその程度ですの!? 相手がどれだけ強かろうと、自分が勝ち取ってやるくらいの気概を見せてご覧なさいな!!」


 あまりに突然の出来事に、人魚姫さんは目をぱちくりさせて、頭上に「?」をたくさん浮かべています。無理もありません。私も同感です。

 しかし、王女殿下はそんな私たちを気に留める様子もなく、ばさりと髪を一度かきあげてから着席しました。


「……率直に言いますわ。わたくし、王子殿下との縁談に乗り気ではありませんの」


『えっ』


 そうなの? とばかりに、人魚姫さんは戸惑いの視線を私に向けてきます。

 王女殿下の内心を知ることはできずとも、まあ、そうだろうなとは薄々思っていました。


「人魚姫さん。あなたは、わたくしと彼との関係について、どこまでご存知ですの?」


『えっと……海辺の修道院で、王子さまを介抱されていた、というくらい……』


「そうですわね。ですが、問題はそのあとですの」


 そして彼女は、あの修道院で、私と共に過ごした日々のことを語りはじめます。


 ---


 あの日、砂浜に倒れていた私が目覚めて最初に目にしたのは、彼女の姿でした。

 王族としての装いではなく、修道女の服に身を包んでいた彼女。当然、彼女が隣国の王女などとは知る由もありません。それでも、私は彼女の美しさに目をうばわれました。

 胸元に置かれていた紙に気づくまで、彼女こそが私の命の恩人なのだと信じていたこともあり、一時はこれは運命かもしれないとさえ思ったものです。


 ところが、修道院に滞在して数日が経ったあたりから、雲行きが怪しくなってきました。

 あるときは朝早くに彼女に叩き起こされ、


「今日は素潜りに行きますわよ!!」


「え……す、素潜り?」


「はい! あなたもご一緒にいかが?」


「いや……私は、そういうのはちょっと」


「……」


 また別の日には、


「スイカ割りをしますわ! 海といったらこれですわよね!!」


「スイカ割りですか……」


「はい! これでしたら、あなたもできるのではなくて?」


「すみません……私、三半規管が弱いもので」


「……」


 さらに別の日には、


「砂浜でランニングくらいでしたら、あなたも」


「ちょっと体力が……」


「……」


「……」


「……あなた、何ならできますの?」


 ……と、このようなことが繰り返された結果、私と彼女はまったく相容れないタイプの人間だということを悟ったのでした。


 ---


「分かりまして!? こいつノリ悪いったらありゃしませんの!!」


『そ、そうなんですか……』


「あなたも、彼にアウトドアのアクティビティは期待しない方がいいですわよ」


 と、ぶっきらぼうに言って王女殿下は席につき、紅茶をすすります。

 彼女は外見こそ病弱な令嬢のような儚さがありますが、実態はこのように極めてアクティブなのです。運動が苦手で、基本的にインドア派の私とは嗜好が合うはずもありません。


「……そんなわけで、わたくしは王子殿下と結婚するつもりはありませんの。ですが、わたくし一人の事情で破談にできるようなものではないのも事実ですわ」


『だから、わたしと王子さまをくっつけて……』


「ええ。……でも、それとは別に、あなたの熱意に心を動かされたというのも事実ですわ。わたくし、もともと人の恋路を見守る方が好きですの」


 ティーカップ片手に、王女殿下が人魚姫さんにウィンクしてみせます。

 それを受けた人魚姫さんは、何かに気づいたようにはっと目を見開くと、フリップに何やら書きこみ、ニマニマしながら上目遣いで私に視線を投げかけてきました。


「……あの、何か……?」


 私がそう尋ねると、彼女は上目遣いのまま、おずおずといった様子でフリップを裏返します。


『ということは、つまり……王子さまの本命は、自ずとわたしということに』


「甘いですわ!!」


 またしても、ばん、という衝撃音とともに立ちあがる王女殿下。え、この人またテーブル叩いた?

 そして彼女は、先ほどと同じく目をぱちくりさせる人魚姫さんに向かって、厳しく言い放ちます。


「ライバルがいないから自分が本命だなんて、そんな甘ったれた考えでどうしますの! 相手がどれだけ強かろうと、自分が勝ち取ってやるくらいの気概を見せなさいと言いましたわよね!?」


『で、でも、王女さまにその気がないのに』


「そこが甘いと言っているのですわ! 王子殿下の本命が誰かは彼の心次第ですの! わたくしにその気がなかったところで関係ありませんでしょう!!」


 白紙のフリップを手に、人魚姫さんが涙目でガタガタと震えています。かわいそうに……。

 ですが、言っていること自体は割とまともです。王女殿下にその気がなかろうと、私が人魚姫さんに惹かれなければ結ばれることはない。そこはそのとおりです。言い方はだいぶあれですが。

 どうするのだろう、と私が紅茶を啜りながら様子を眺めていると、王女殿下がびしっと人魚姫さんに人差し指を突きつけてみせます。


「あなたに見込みがあるのは確かですわ。ですが、今のあなたには根性が足りていませんの!」


『こ、根性……』


「これに着替えなさいな。わたくしが、手ずからその根性を叩き直して差し上げますわ!」


 そして二人が装いをジャージに変えると、王女殿下による人魚姫さんのスパルタ式トレーニングが幕を開けるのでした。


「まずは砂浜でランニングですわ! あの岩まで10往復!!」


『そんなに走れないぃ……』


「ランニングが終わったら自重トレーニング! 王子殿下と結ばれる道は甘くはありませんわよ!!」


『ひ〜ん……』


 それもフリップに書くんだ……などと思いながら、私は一人で優雅に紅茶を嗜みます。あ、マカロンおいしい。


 ……そして、日もすっかり傾いた頃。過酷なトレーニングで体力を使い果たした二人は、穏やかな顔をして砂浜に寝転んでいました。


「……ふふ……やはり、わたくしの目に狂いはありませんでしたわね」


『……わたし、王子さまに選んでもらえるでしょうか』


「……ええ、今のあなたでしたら、きっと。わたくしが保証しますわ」


『し、師匠……!』


 寝転んだまま、清々しい笑顔で互いの手を握る二人。

 その傍らで、私だけが「これジャンル変わってないか……?」などと気にしているのでした。

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