第八話:ローンの騎士とポンコツ馬車
王都を脱出して三日目。
私たちは街道沿いの安宿場町にいた。
「……限界よ。もう一歩も歩けないわ」
私は道端の切り株に座り込んだ。
ドレスは泥だらけ、ヒールは折れかけ。優雅な悪役令嬢にあるまじき姿だ。
隣では、クラウスが地図を広げている。
「お嬢様。次の街まであと徒歩で二日です」
「無理。絶対に無理。文明の利器(馬車)が必要よ」
「ですが、予算が……」
現在の所持金は、ピギー男爵家からくすねた小銭と、私が隠し持っていたヘソクリのみ。
新品の馬車など夢のまた夢だ。
「おい、メス。俺が担いでやろうか?」
賢者が猪の丸焼き(朝食)を齧りながら提案してくる。
彼の肩は乗り心地が最悪だし、何より獣臭い。
「遠慮するわ。……クラウス、あそこを見なさい」
私が指差したのは、宿場の隅で埃を被っている、ボロボロの幌馬車だった。
車輪は歪み、幌は継ぎ接ぎだらけ。馬車というより「車輪のついた粗大ゴミ」だ。
「あれなら安く買えるはずよ。直せば走るわ」
「……承知いたしました。交渉して参ります」
クラウスが馬車の持ち主(強欲そうな親父)の元へ向かう。
数分後。
彼は涼しい顔で戻ってきた。
「商談成立です。金貨三枚で手を打ちました」
「安っ! どうやったの?」
「『この馬車には幽霊が出るという噂を広める』と提案しました」
「さすがね。性悪執事」
こうして、私たちは「幽霊馬車」を手に入れた。
乗り心地は最悪だが、歩くよりはマシだ。
***
ガタゴトと不穏な音を立てて進む馬車。
御者台にはクラウス。屋根の上には賢者。そして荷台には私。
平和な旅……と言いたいところだが、後方から猛烈な砂煙が迫ってきていた。
「待てぇぇぇぇ!! 貴様らぁぁぁぁ!!」
白銀の鎧を纏った騎士が、愛馬を駆って追いかけてくる。
王都警備隊長、聖騎士レオナルドだ。
彼は鬼の形相で馬車の横に並ぶと、抜剣した。
「年貢の納め時だ、悪党ども! 王都破壊の罪、償ってもらうぞ!」
「あら、レオナルド様。奇遇ですね」
「奇遇なものか! 三日三晩、寝ずに追跡してきたのだ!」
彼は目の下に濃いクマを作っていた。
真面目な男だ。あるいは、執念深い男だ。
「観念しろ! 今すぐ馬車を止め……」
**ドカッ!**
屋根の上から、食べ終わった猪の骨が飛んできた。
それがレオナルドの兜に直撃する。
「ぐえっ!?」
「うるせえぞ、雑魚。昼寝の邪魔だ」
賢者が不機嫌そうに顔を覗かせた。
レオナルドは落馬しそうになりながらも、体勢を立て直す。
「き、貴様! よくも私の『聖騎士の兜(ローン残高36回)』に傷を!」
「あ? 知るか」
「この兜がいくらすると思っている! 防御力だけでなく、通気性と防臭機能までついた最新モデルなんだぞ!」
レオナルドが兜を脱いで叫んだ。
その目には涙が浮かんでいる。
……ん?
私は商人の勘(嗅覚)を働かせた。
こいつ、怒っているポイントが「正義」じゃなくて「金(装備)」だわ。
「ねえ、レオナルド様」
「なんだ! 命乞いなら聞かんぞ!」
「その鎧、素敵ですね。ミスリル製?」
「ふん、見る目があるな。これはドワーフの名工に特注した『白銀の守護者』だ。ローンはあと五年残っている」
「剣は?」
「聖剣エクスカリバー(レプリカ・真打)。切れ味は本物以上だ。リボ払いで買った」
「馬は?」
「名馬ロシナンテ二世。維持費だけで私の給料の半分が消える」
私はニヤリと笑った。
カモだ。
こいつは正義の騎士じゃない。「装備マニアの多重債務者」だ。
「大変ですねえ。王都の警備隊長の給料じゃ、その支払いでカツカツでしょう?」
「うっ……そ、それは……」
「しかも、今回私たちを取り逃がした責任を問われて、ボーナスカットは確実。最悪、クビかもしれませんよ?」
「やめろ! 現実を突きつけるな!」
レオナルドが頭を抱えた。
図星らしい。
「そこで提案です」
私は身を乗り出し、悪魔の契約を持ちかけた。
「私たちと契約しませんか? レオナルド様」
「け、契約だと?」
「ええ。貴方のその素晴らしい装備、維持費が大変でしょう。私がスポンサーになります」
「なっ……!?」
「ローンの肩代わり、装備のメンテナンス費、そして新作装備の購入資金……すべて、我が商会が負担しましょう」
レオナルドの動きが止まった。
ゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえる。
「そ、その代わり……何をさせる気だ?」
「簡単なお仕事です。私たちの『盾』になっていただくだけ。……どうです? 正義のために貧乏生活を送るか、悪党の手先になって最新装備に囲まれて暮らすか」
究極の二択。
レオナルドは葛藤した。
騎士のプライドと、装備への愛。
正義と、欲望。
そして、三秒後。
彼は剣を鞘に収め、私の前に跪いた(馬上で)。
「……契約成立だ、ボス(お嬢様)。私の剣と盾は、今日から貴女のものだ」
「賢明な判断ね。歓迎するわ、レオナルド」
こうして、私たちのパーティに「借金まみれの聖騎士」が加わった。
ポンコツ馬車と、半裸の賢者と、ローンの騎士。
……戦力は上がったが、エンゲル係と借金総額も跳ね上がった気がする。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 中古馬車購入費(金貨3枚)、レオナルド様の馬の餌代
* **新規契約:** 聖騎士レオナルド(雇用形態:専属護衛兼パシリ)
* **負債増加:** レオナルド様の装備ローン残高(総額不明・要確認)
**【クラウスの一言メモ】**
レオナルド様の装備への執着は病的なレベルです。
先ほども「馬車の車輪が軋んでいる」と言ったら、高級な「剣の手入れ油」を差そうとしていました。
彼には早急に「経費削減」の概念を教育する必要があります。
(第八話 完)




