第三十八話:契約結婚と、執事への無茶振り
暗黒帝国の城、最上階。
S.G.(賢者の姿から戻った男)は、私にグラスを差し出した。
「どうだ、シャルロット。私と手を組まないか?」
彼は甘く囁いた。
「君の商才、そして元皇女という血筋。私が持つ莫大な資金と武力。
これらが合わされば、世界を支配することなど造作もない。
私と結婚し、この世界の共同経営者になろう」
悪魔のプロポーズ。
普通なら断る。だが、私は商人だ。
彼の提示した条件(世界の半分)と、彼が持つ資産(魔石鉱山、武器工場、裏社会のネットワーク)を天秤にかける。
……黒字だ。圧倒的に。
「……いいわよ」
私はグラスを受け取った。
「契約成立ね。あんたの資産、私が有効活用してあげる」
「賢明な判断だ」
S.G.は満足げに頷いた。
そして、懐から分厚い契約書を取り出した。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「我々は忙しい。表の公務や儀式に出る暇はない。
だから、**『表向きの夫(傀儡)』**を一人用意しろ。我々はその背後で実権を握る」
なるほど。
自分たちは影に徹し、面倒な仕事は他人に押し付ける気か。
徹底した合理主義。嫌いじゃないわ。
それに……これは好都合だわ。
「わかったわ。じゃあ……」
私は後ろに控えていたクラウスを振り返った。
(ちょうどいいわ。この際、既成事実を固めておきましょう)
「クラウス。あんたがやりなさい」
「……はい?」
クラウスが素っ頓狂な声を上げた。
眼鏡がずり落ちている。
「私が、お嬢様の……夫役ですか?」
「ええ。あんたなら私の扱いにも慣れてるし、裏帳簿の管理もできるでしょ? 適任よ」
「し、しかし……!」
「命令よ。これは業務命令……そして『契約』の履行よ」
私が意味深に微笑むと、クラウスは首を傾げつつも、深く溜息をついた。
まだ気づいていないらしい。鈍感な男。
ま、今は泳がせておいてあげるわ。
「……承知いたしました。お嬢様の夫(仮)、及び帝国の共同経営者(代理)、謹んでお引き受けいたします」
「よし。決まりね」
私はS.G.に向き直り、契約書にサインをした。
これで、私は世界の半分を手に入れた。
……はずだった。
「素晴らしい。では、**私の影武者たち**にも報告しないとな」
S.G.が何気なく言った。
「……影武者?」
「ああ、言ってなかったか? 私は一人だが、影は無数にいる」
S.G.が指を鳴らすと、奥の扉が開き、**全く同じ顔をした男が数十人**現れた。
「資産も、権利も、そして妻も。全て私が管理するが、実務は彼らが行う。
君は彼ら全員を統率し、帝国を繁栄させるのだ」
数十人のS.G.(影)が、同時にニヤリと笑った。
「……は?」
私はペンを取り落とした。
影武者? 数十人?
ってことは、私は一人の男の妻になりつつ、数十人の男たちの管理職も兼ねるってこと?
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 労働基準法違反よ! クーリングオフ!」
「残念だが、契約書に『返品不可』と書いてある」
S.G.が契約書を掲げる。
そこには確かに、虫眼鏡で見ないと読めないような小さな文字で、特約条項がびっしりと書かれていた。
騙された。
悪徳商人の私が、契約の落とし穴に嵌められるなんて。
「……クラウス」
「はい」
「これ、どういう状況?」
「……計算上、お嬢様は『数十人の影を従える女帝』として、歴史に名を残すことになりますね」
クラウスが遠い目をしている。
最悪だ。
世界征服の代償が、こんなドロドロのブラック企業経営だなんて聞いてない!
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 世界の半分(契約上)
* **負債:** 夫(実質1名+代理1名+影武者多数)
* **特記事項:** S.G.が影武者軍団を擁していることが判明。
* **所感:** 私が夫役……。胃が痛いですが、給料アップの交渉材料にはなりそうです。
**【クラウスの一言メモ】**
お嬢様が契約書にサインした瞬間、S.G.の目が「獲物を捕らえた獣」のように光りました。
……彼の狙いは、単なるビジネスパートナー以上のものかもしれません。
(第三十八話 完)




