第十四話:国境の関所と、顔パス王子
聖都へ続く街道の難所、国境検問所「鉄壁の門」。
ここを越えれば、聖都のある中立地帯へと入ることができる。
しかし、問題があった。
「……検問、厳しいわね」
私は馬車の窓から様子を窺った。
関所には長蛇の列ができており、武装した兵士たちが一人ひとり厳重にチェックしている。
指名手配中の私たちが普通に通れば、即座に御用だ。
「どうしますか、お嬢様。強行突破しますか?」
「バカね。そんなことをしたら、せっかくのカモ(ジェラール)が逃げちゃうでしょ」
私は隣の馬車(豪華仕様)で優雅に紅茶を飲んでいるジェラール王子を顎でしゃくった。
彼をうまく使えば、フリーパスで通れるはずだ。
「よし、作戦開始よ。ルナ、メイクをお願い」
「はいはい。……で、今日はどんな設定?」
「『王子の熱狂的な追っかけと、その従者たち』よ」
***
数分後。
私たちはジェラールの馬車の後ろに続き、堂々と関所へ乗り込んだ。
「止まれ! 身分証の提示を……むっ?」
兵士が槍を構えるが、ジェラールが窓から顔を出し、キラリと歯を光らせた。
「やあ。僕だよ」
「こ、これは……ジェラール王子殿下!?」
兵士たちが慌てて敬礼する。
さすが有名人。顔パス効果は絶大だ。
「ご苦労。聖都へ慰安旅行に行くところだ。通してもらえるね?」
「は、はい! もちろんです! ……して、後ろのボロ馬車の方々は?」
兵士が私たちの馬車を指差す。
ジェラールは事前に私が吹き込んだ通りに答えた。
「ああ、彼らは僕の専属スタッフだ。僕の美しさを記録する画家と、衣装係、そして……まあ、ファンクラブの代表みたいなものさ」
「ファンクラブ……ですか?」
「うむ。僕の涙を管理する重要な役職だ。丁重に扱うように」
兵士は困惑したが、王子の言葉に逆らえるはずもない。
よし、勝った。
私は心の中でガッツポーズをした。
しかし。
「……待ちたまえ」
関所の奥から、一人の男が現れた。
四角い顔に、四角い眼鏡。見るからに融通の利かなそうな、堅物の隊長だ。
「王子殿下といえど、規則は規則。同伴者の身分証確認と、荷物検査をさせていただきます」
「なっ……無礼な! 僕の言葉が信用できないのか!」
「信用と規則は別問題です。……特に最近は、凶悪な指名手配犯が逃亡中との情報もありますので」
隊長の目が光った。
まずい。このタイプは権力に屈しない「正義マン」だ。一番厄介な相手だ。
隊長が私たちの馬車に近づいてくる。
荷台には「竜殺しの剣(盗品扱い)」や、指名手配犯の賢者が乗っている。見つかれば終わりだ。
(……やるしかないわね)
私は馬車を降り、隊長の前に立った。
「お勤めご苦労様です、隊長さん」
「……貴様は?」
「王子のマネージャーのシャルと申します。……これ、ほんの気持ちですが」
私は袖の下から、金貨の詰まった小袋を差し出した。
賄賂だ。
大抵の役人はこれで落ちる。
しかし、隊長は眉一つ動かさなかった。
「……私を侮辱する気か? 収賄罪で逮捕するぞ」
「あら、失礼。では、こちらは?」
私はさらに袋を追加した。倍額だ。
それでも隊長は動じない。
「金で正義は買えん! どけ! 荷台を改める!」
隊長が私の肩を突き飛ばそうとした、その時。
**ガシッ。**
隊長の腕を、巨大な手が掴んだ。
賢者だ。
彼は荷台からぬっと顔を出し、不機嫌そうに隊長を見下ろした。
「おい、四角いの。俺のメスに触るな」
「き、貴様は……! その風貌、指名手配中の『鉄拳賢者』!?」
バレた。
隊長が笛を吹こうとする。
万事休すか。
その時、賢者が言った。
「……金で買えねえなら、これでどうだ?」
賢者は懐から、一枚の紙切れを取り出した。
それは、ルナが偽造した……いや、違う。
あれは、ジェラール王子の**「直筆サイン入りブロマイド(限定レア)」**だ!
「……え?」
隊長の動きが止まった。
その視線が、ブロマイドに釘付けになる。
震える手が、ゆっくりと伸びる。
「こ、これは……市場には出回っていない、王子の『寝起きショット』……!?」
「欲しいか? 欲しけりゃやるぞ。その代わり、道を開けろ」
沈黙。
正義と欲望の葛藤。
そして三秒後。
「……よし、通れ」
隊長は素早くブロマイドを懐にしまうと、何事もなかったかのように背を向けた。
「点検終了! 異常なし! 総員、ゲートを開けろ!」
「「「はっ!」」」
重厚な門が音を立てて開いていく。
私は呆然と立ち尽くした。
金でも権力でもなく、**「推しへの愛」**が正義を上回った瞬間だった。
「……やるじゃない、賢者」
「あ? なんだあの紙切れ。あんなのがいいのか?」
「ええ。あんた、商人の才能あるかもね」
私たちは顔を見合わせて笑い、堂々と国境を越えた。
後ろの馬車で、ジェラール王子が「やはり僕の美しさは国境を超える!」と勘違いして手を振っているのを、生温かい目で見守りながら。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 賄賂(未遂・回収済み)、限定ブロマイド一枚
* **通過地点:** 国境検問所「鉄壁の門」
* **教訓:** 人の欲望は金銭のみにあらず。「推し活」のエネルギーは法をも凌駕する。
**【クラウスの一言メモ】**
あの堅物隊長の部屋には、おそらくジェラール王子の祭壇があるのでしょう。
後で「ファンクラブ特別会員権」を高値で売りつけに行こうと思います。
(第十四話 完)




