第十五話:聖都の門と、金の亡者な聖女様
ついに、私たちは旅の目的地である「聖都エリュシオン」に到着した。
白亜の城壁に囲まれ、中心には巨大な大聖堂がそびえ立つ、神聖なる宗教都市。
ここでは世俗の権力は及ばない。帝国の軍隊も、借金取りも入ってこられない、完全なるアジール(聖域)だ。
「やっと着いたわね……。これで枕を高くして眠れるわ」
私は馬車の窓から、輝く聖都を見上げて安堵の息を吐いた。
しかし。
「……なんだ、あの列は」
賢者が指差した先には、城門の前に続く長蛇の列があった。
ボロボロの服を着た難民や、病人を抱えた家族たちが、門の前で立ち往生している。
「お願いします! どうか中に入れてください! 娘が病気なんです!」
「神の慈悲を! 故郷を追われて行く当てがないのです!」
必死に懇願する人々に対し、門番の僧侶は冷酷に言い放った。
「慈悲? ええ、神は慈悲深いお方です。ですが、教団の維持費はタダではありません」
「そ、そんな……」
「入国税、金貨五枚。払えない者は立ち去りなさい。ここは貧乏人の来る場所ではありません」
僧侶が杖で難民を突き飛ばす。
私は目を丸くした。
金貨五枚? 一般市民の年収並みの金額だ。それを「入国税」だと?
「……ひどいですね。神の家が聞いて呆れます」
クラウスが軽蔑の眼差しを向ける。
レオナルドも「騎士道に反する!」と憤っている。
だが、私は違った。
「……なるほどね」
私の口元が、自然と歪んだ。
「気に入ったわ。ここ、ただの宗教施設じゃない。**『巨大な集金システム』**よ」
「お嬢様?」
「見てなさい。私がこの街の『流儀』を見せてあげる」
***
私は馬車を降り、堂々と門番の前に進み出た。
「止まれ! 入国税は……」
「あら、ご挨拶ね。私は難民じゃないわ。**『投資家』**よ」
私は懐から、ジェラール王子から巻き上げた金貨の袋を取り出し、ジャラジャラと鳴らした。
「この街の『神様』に、多額の寄付をしに来たの。……まさか、太客(VIP)を門前払いするつもり?」
「こ、これは失礼しました! どうぞ、VIP専用ゲートへ!」
僧侶の態度が一変し、揉み手をして道を開ける。
現金な奴らだ。
私たちは難民たちの羨望の眼差しを背に、悠々と聖都の中へ足を踏み入れた。
***
聖都の中は、外の惨状が嘘のように煌びやかだった。
清掃の行き届いた石畳。美しい噴水。そして、幸せそうに笑う富裕層の信者たち。
「……ねえクラウス。この街の道、変じゃない?」
「と、言いますと?」
「効率が悪いのよ。物流を考えたらもっと直線にするべきなのに、わざわざ『円と線』を描くように配置されてる。まるで……巨大な図形を描いているみたいに」
「宗教的な意匠でしょう。非合理こそが信仰の証ですから」
クラウスは興味なさそうに答えたが、私は妙な胸騒ぎを覚えた。
この街全体が、何か大きな意味を持っているような……。
その時、大通りから歓声が上がった。
「聖女様だ! 聖女様のお通りだ!」
パレードだ。
花びらが舞う中、豪華なオープンカー(魔導車)に乗った一人の少女が現れた。
純白の法衣に身を包み、金色の髪をなびかせた、儚げな美少女。
この聖都の象徴、**聖女アリス**だ。
「皆様に、神の祝福がありますように……」
アリスは慈愛に満ちた微笑みで手を振り、群衆に聖水を振り撒いている。
人々は涙を流して拝んでいる。
完璧な聖女だ。
……普通なら、そう見えるだろう。
だが、私の目は誤魔化せない。
馬車が私たちの目の前を通り過ぎた、その一瞬。
アリスが、隣にいる側近の司祭に耳打ちしたのを、私は(そして聴覚の鋭い賢者も)聞き逃さなかった。
「(……チッ。今日の賽銭、少ないわね。もっと奇跡(演出)を派手にしなさいよ。サクラの信者を増やして、泣きの演技をさせなさい)」
「(はっ、仰せのままに)」
アリスは一瞬だけ舌打ちをし、すぐにまた聖女のスマイルに戻った。
「……」
「……」
私と賢者は顔を見合わせた。
「おい、シャル。あいつ、お前と同じ匂いがするぞ」
「……ええ。間違いないわ」
私はニヤリと笑った。
清貧? 慈愛?
冗談じゃない。あの女、中身は私と同じ、いやそれ以上の**「守銭奴」**だ。
「面白くなってきたわね。この聖都、骨の髄までしゃぶり尽くしがいがありそうよ」
聖女アリス。
彼女は私の救世主になるか、それとも最大の商売敵になるか。
聖都編、開幕のゴングは、金貨の落ちる音と共に鳴り響いた。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **経費:** 入国税(VIP待遇費含む)
* **到着地点:** 聖都エリュシオン
* **観測対象:** 聖女アリス(推定属性:腹黒・守銭奴)
**【クラウスの一言メモ】**
聖女様の衣装、一見質素に見えますが、あれは最高級のシルクを何層にも重ねた特注品です。
推定価格、一着五千万ゴールド。
……お嬢様、強敵ですね。
(第十五話 完)




