第十話:お色気怪盗と、鉄壁の計算機(クラウス)
鉱山都市ガルドの「頑固親父の武器屋」。
店内は、一触即発の空気に包まれていた。
「帰れと言っているんだ。俺の剣は、金持ちの道楽道具じゃねえ」
店主のドワーフ、ガンテツがカウンターをバンと叩く。
しかし、私は引かない。
目の前には、レオナルドが欲しがっている「竜殺しの剣(レプリカではなく真作)」が鎮座している。
そして私の頭の中には、妹シルヴィアからの「三割増し請求書」がチラついている。
「道楽? 失礼ね。これは『投資』よ」
「投資だと?」
「ええ。この騎士にその剣を持たせれば、ドラゴンの一匹や二匹、すぐに狩ってくるわ。その素材をあんたの店に卸せば、ウィンウィンの関係でしょう?」
私が熱弁を振るう横で、レオナルドは剣のショーケースに張り付き、ハァハァと荒い息を吐いている。
完全に変質者だ。交渉の邪魔だから少し黙っていてほしい。
「ふん、口の減る嬢ちゃんだ。だが断る。俺は気に入った奴にしか……」
ガンテツが言いかけた、その時だった。
**バシュッ!**
突然、店内に白い煙が充満した。
煙幕だ。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
レオナルドが慌てて剣を抜こうとして、ショーケースに頭をぶつける音がする。
視界が遮られる中、私は冷静に指示を出した。
「クラウス! 商品確保!」
「畏まりました」
煙の向こうで、何かがぶつかる音と、女性の短い悲鳴が聞こえた。
やがて、換気扇が回り始め、煙が晴れていく。
そこにいたのは、床に組み伏せられた一人の女性だった。
黒いボディスーツに身を包み、豊かな胸元と太ももを大胆に露出した、いかにも「夜の蝶」といった風貌の美女だ。
彼女の手には、さっきまでショーケースにあった「竜殺しの剣」が握られている。
「……あらあら。手荒な歓迎ね」
女は、自分を取り押さえているクラウスを見上げ、艶然と微笑んだ。
その瞳は猫のように妖しく、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「離してくれない? ハンサムな執事さん」
「お断りします。現行犯ですので」
「つれないわねえ。……ねえ、見逃してくれたら、**いいこと**してあげるわよ?」
女は体をくねらせ、豊満な胸をクラウスの腕に押し付けた。
甘い香水の匂いが漂う。
普通なら、男なら誰でも鼻の下を伸ばす場面だ。レオナルドなんて、すでに顔を真っ赤にして「け、けしからん!」と叫びながら指の隙間からガン見している。
しかし。
私の執事は、氷の彫像のように無表情だった。
「……『いいこと』とは?」
「ふふっ、決まってるじゃない。大人の・お・礼♡」
女がウインクをする。
クラウスは片手で彼女を拘束したまま、もう片方の手で懐から電卓を取り出した。
「……試算します」
タタタタッ!
高速で電卓を叩く音が響く。
「貴女の年齢、容姿、および推定される稼働年数から算出した『市場価値』。対して、貴女が盗もうとした『竜殺しの剣』の推定価格は五億ゴールド」
「えっ?」
「結論。貴女の体による支払いは、利子にもなりません。却下です」
クラウスは冷徹に言い放つと、彼女の腕をギリリと捻り上げた。
「いっ、いたたたた! ちょっと! 冗談でしょ!?」
「私は数字に関しては冗談を言いません。……お嬢様、どう処理しましょうか。衛兵に突き出しますか? それとも、髪の毛をカツラ屋に売って少しでも被害額(精神的苦痛)の足しにしますか?」
女の顔が青ざめる。
色仕掛けが通用しない男。それがクラウスだ。
私はため息をつきながら、彼女の前に歩み寄った。
「ねえ、お姉さん。名前は?」
「……ル、ルナよ。怪盗ルナ」
「そう、ルナ。あんた、腕は良さそうね。この店の警備魔法を解除して侵入したんでしょう?」
私は彼女の手元を見た。
複雑な魔導ロックがかけられていたはずのショーケースが、綺麗に開けられている。
「ま、まあね。これくらい朝飯前よ」
「いいわ、採用」
「は?」
私はニッコリと笑った。
「あんた、借金はある?」
「え? まあ、カジノでちょっと……」
「じゃあ、今日からあんたは私の『所有物』よ。この剣を盗もうとした罪と、私の執事を誘惑して不快にさせた慰謝料。合わせて十億ゴールドの借金を背負って、私のために働きなさい」
「じゅ、十億ぅぅぅ!?」
ルナが絶叫する。
私は無視して、ドワーフの店主に向き直った。
「どう? 親父さん。この泥棒猫が破ったセキュリティの穴、教えてあげてもいいわよ。その代わり……」
「……その剣を、そこの騎士に売れってか?」
ガンテツは呆れたように笑い、そしてニヤリと口角を上げた。
「気に入った。泥棒を捕まえて、さらに店主に恩を売るとはな。……いいだろう。その剣、定価の半額で譲ってやる」
「二割」
「ああん? 四割だ!」
「三割。これ以上は出せないわ。その代わり、今後あんたの店を『竜殺しの剣を卸した店』として宣伝してあげる」
バチバチと火花が散る。
数秒の睨み合いの後、ガンテツは「ガハハ!」と豪快に笑った。
「いい度胸だ! 持ってけ泥棒!」
***
こうして。
私たちは「竜殺しの剣」と、新たな仲間(借金奴隷)を手に入れた。
店の外で、ルナが手錠をかけられたまま、涙目で抗議してくる。
「ちょっと! なんで私がこんな目に! 私、一匹狼の怪盗なのよ!?」
「あら、いいじゃない。衣食住は保証するわよ(馬車の荷台だけど)」
「ふざけんじゃないわよ! 隙を見て逃げてやるんだから!」
ルナが騒いでいると、後ろから賢者がぬっと顔を出した。
「おい、メスが増えたな」
「ひっ!?」
ルナが賢者の巨体を見て悲鳴を上げる。
賢者はルナの匂いをクンクンと嗅ぐと、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「なんだ、安っぽい香水の匂いだ。俺はシャルの方がいい匂いがする」
「……あら、そう」
私が少しだけドキッとしていると、クラウスがすかさず割って入った。
「お嬢様。ルナの『労働契約書』が完成しました。逃亡した場合は、爆発する首輪をつける条項も盛り込んでおきました」
「完璧ね。サインさせなさい」
ルナは絶望的な顔で、契約書に拇印を押させられた。
お色気怪盗ルナ。
彼女の「体で払う」という提案は、まさかこんな形(重労働)で実現することになるとは、夢にも思わなかっただろう。
***
**【本日の営業報告】**
**文責:クラウス**
* **売上:** 0ゴールド
* **仕入:** 竜殺しの剣(定価の30%で購入)、怪盗ルナ(無料)
* **負債:** レオナルド様の剣のローン(300年払い)
* **現在のパーティ:** 悪徳商人、性悪執事、鉄拳賢者、ローン騎士、借金怪盗
**【クラウスの一言メモ】**
ルナのボディスーツですが、機能性は高いものの、露出が多すぎて目のやり場に困ります(嘘です。布面積からコスト計算をしていました)。
お嬢様の教育上よろしくないので、早急にメイド服か何かを着せるべきかと存じます。
(第十話 完)




