5、迫るタイムリミット<Side 愛良>
楽しいゴールデン・ウィークの旅行はあっという間で。
なんで帰りには実お兄さんがいたのか謎だったけど、和馬お兄ちゃんたちと本当に仲良しなんだなって帰りの新幹線の中でも思った。
せっかくなら実お兄さんとも一緒に遊べたらよかったな。
そんな風に楽しい旅行の余韻に浸って1週間。
カレンダーを見れば、和馬お兄ちゃんのおうちで暮らすようになって3週間が経とうとしていた。
・・・ん?3週間?
大変!!!忘れてた!!!
5、迫るタイムリミット!! <Side 愛良>
「どうしよ~しずちゃん!!」
あたしは登校して開口一番にしずちゃんに泣きついた。しずちゃんは突然飛びついて来たあたしに驚いて、目を白黒させている。
「どうしたの、愛良ちゃん?!」
「あたしね、和馬お兄ちゃんとの生活が楽しくて忘れてたの!!」
「・・・なにを?」
尋ねてきたしずちゃんに、あたしは声を大にして叫んだ。
「あと1週間で、約束の1か月になっちゃうのよ~!!!」
・・・そう。
思い返せば、和馬お兄ちゃんの家におしかけた4月。
お兄ちゃんは、あたしを「1か月だけ預かる」と言ったのだ。その後は、頼りになる家でも見つけろ、という進言付きで。
あたしは、そのときは1カ月もあれば、「愛良がいない生活なんて考えられない。一生そばにいてくれ」ってお兄ちゃんに言わせるつもりだったし、その自信もあったんだけど。
毎日の楽しい夕食の用意とか、それ以上に楽しかった旅行の準備と余韻で、すっかり忘れてた。
だから、お兄ちゃんへのアプローチも全然できてない・・・・・・。
「追い出されちゃったらどうしよ~・・・・・・」
「そうしたら、私の家にくればいいよ」
しずちゃんは苦笑しながらそう言うけど、本当はわかってる。
しずちゃんだけの独断ではそれは決められない。しずちゃんのご両親の了解がなくちゃ。
・・・それに、そうなったら、またパパとママには帰国してもらって事情を説明しないといけないし・・・・・・。
「ううん!!やっぱりあたし、がんばる!!」
なにより。あたし自身が、お兄ちゃんとずっと暮らしたいし。まだまだ1週間あれば、がんばれるわ。
「あ、そういえばしずちゃん、今夜も夜叉の予告日だから、一緒にお兄ちゃんの家で見る?」
すっかり自信を取り戻したあたしは、すでに今夜の夜叉の活躍に思いをシフトさせていた。
「じゃぁ愛良、静子ちゃん。留守番頼むな」
「戸締りしっかりしてね。しずちゃんは気をつけて帰ってね」
今夜も和馬お兄ちゃんはバイト。
最近、夜のバイトが増えた気がする。でも、ぎりぎりまで家にいてくれるから、一緒に夕飯は食べてくれる。
最初のころより優しい和馬お兄ちゃんに、あたしは益々惚れこんでしまう。
そして、バイトにいくときはいつも、和馬お兄ちゃんと里奈お姉さんが一緒に家を出る。
こういう日は、実お兄さんと宗次お兄さんも家には遊びに来てるけど、お兄ちゃんよりも先に家を出てしまう。
なんで、和馬お兄ちゃんがバイトのある日に限って家に遊びに来るのかわからないけど、同じバイトとかなのかな、とあたしは勝手に解釈してる。
ふたりを見送って、あたしとしずちゃんはテレビの前にスタンバイした。
しずちゃんはいつも、夜叉の中継をあたしと見た後、しずちゃんのお兄ちゃんにお迎えに来てもらって帰ってる。
その経緯を知らない里奈お姉さんは、しずちゃんの帰り道もよく心配してる。
本当に、里奈お姉さんは気配りやさんの優しいお姉さんだ。
宗次お兄さんは幸せ者だなぁ。
もちろん、和馬お兄ちゃんをもっと幸せ者にするつもりだけど。
「最近夜叉の活躍、多いね」
新聞を広げながら、しずちゃんがそう言う。
「そうだね。外国からの展示物が多いからかな」
神戸の夜叉の活躍以降で、今夜は3夜連続の予告。
どれも都内で行われている美術展や宝石展にあるものが狙われている。
昨日、一昨日と予告され、今夜も予告日だ。
今のところ、夜叉はすべて盗み出している。しかも鮮やかにかっこよく!!
あたしとしずちゃんは、今夜も手際よく予告した代物を盗み取って行く夜叉の姿に見惚れながら、テレビにかじりついていた。
「・・・なんか今夜の夜叉はいつもと様子が違ったね」
怪盗夜叉の中継も終わって、報道もひとしきり終わった後、テレビを消しながらあたしはしずちゃんに言った。
どこがどう、と具体的には言えないけど、なんか、いつもと感じが違ったように見えたのだ。
「そうね。動きがぎこちないというか・・・・・・いつもほど警察をおちょくってもいなかったしね」
「さすがに3夜連続は疲れたのかなぁ」
そういえば、夜叉っていくつくらいなのかな。
もうオジサンとかだったら、さすがに毎晩あのパフォーマンスは疲れちゃうのかもなぁ。
あたしとしずちゃんはそんな憶測をしながら、テレビ観賞の後片づけをした。
しずちゃんが帰ると、あたしはやることもなくなったので、寝支度を始める。塾の宿題も珍しくないし、今日は本でも読もうかな。
そんなことを考えながら階段をのぼっていたら、いきなり玄関ががたがたと騒がしく開いた。
「・・・え?」
いつもなら、和馬お兄ちゃんはバイトでまだ帰ってくる時間じゃない。
まさか泥棒?!
部屋に逃げようかどうしようか迷って立ち往生していると、玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「宗次、そのまま部屋に連れて行ってくれ。里奈、なにか冷やすものを用意してくれ」
それは実お兄さんの声。その緊迫した声に、あたしは安心よりも不安が襲いかかって、慌てて玄関に向かった。
そこには、宗次お兄さんに肩を借りてぐったりとしている和馬お兄ちゃんがいた。
「和馬お兄ちゃん?!どうしたの?!」
「どうしたもこうしたもないぜ、愛良。こいつ、高熱があるのに仕事しやがったんだ」
「え、熱?!」
夕飯を一緒に食べているときには気付かなかった。
それは一緒に食べていた宗次お兄さんたちも同じようで、苦々しげな表情を浮かべて和馬お兄ちゃんを部屋に運んでいく。
「あ、あたし、里奈お姉さんを手伝ってくる」
氷枕の場所、あたし知ってるんだった!!
でも、あたしよりも前からこの家に出入りしてた里奈お姉さんも当然氷枕の場所は知っていたみたいで、あたしが台所に行った時にはすでにそれはできあがっていた。
「あら、愛良ちゃん。騒がしくてごめんね」
「ううん。・・・和馬お兄ちゃん、熱があったんだね」
「最近忙しかったから、疲れが出たのかもしれないわね」
そう言いながら、お姉さんはてきぱきと氷枕とお水、薬を用意していく。
和馬お兄ちゃんの部屋に行けば、お医者さんの勉強をしている実お兄さんが、和馬お兄ちゃんを診察していた。
里奈お姉さんから薬を受け取ってそれを飲んだ和馬お兄ちゃんは、そのまま苦しそうにベッドに倒れこむ。
「まだ治ってないのに無理させたのは悪かったな」
「・・・・・・いや。俺もちょっと自分を過信してたのかも」
実お兄さんと和馬お兄ちゃんはそんな会話をしてる。
治ってなかったって・・・・・・ずっと風邪ひいてたのかな?
あたし、わからなかったな・・・・・・。
毎日一緒にご飯食べてたのに、お兄ちゃんの異変に気付かなかったなんて・・・・・・。
「愛良ちゃん?どうしたの?もう和馬も大丈夫だから、寝ててもいいよ?」
急に落ち込んで俯いたあたしに、里奈お姉さんが声をかけてくる。
あたしは首を必死に横に振った。
一緒に生活して、一緒にご飯を食べていたのに、お兄ちゃんの異変に気付かなかった。
あたしはそれがすごく悔しい。
何のためにお兄ちゃんと一緒に生活してるのか、これじゃぁわからない。
「愛良が必要だ」なんて言ってもらうどころじゃない。
「里奈お姉さんたちこそ帰っていいよ?今夜はあたしが和馬お兄ちゃんを看るから」
「愛良ちゃん?!」
「明日は土曜日で学校もお休みだから、大丈夫」
にっこり笑ってあたしは驚く里奈お姉さんたちに応じる。
実お兄さんは、和馬お兄ちゃんの脈を測った後、立ちあがって里奈お姉さんに言った。
「うん、容体は安定してるし。そのまま放っておいてもいいよ。愛良ちゃんも休んでても大丈夫だから。明日また、様子を見に来るね」
優しく実お兄さんはあたしの頭を撫でながら言う。
宗次お兄さんは苦しそうに和馬お兄ちゃんを見ていたけど出ていく間際に、
「・・・悪かった。もっと情報網を伸ばしてみるから」
とだけ言って出て行った。
情報網?
あたしは意味がわからず首を傾げたけど、お兄ちゃんはびっくりしたような表情で里奈お姉さんに言った。
「里奈、あいつを止めてくれ。これ以上無茶をさせたくない」
「・・・うん、わかってる。でもね、和馬。私たちは和馬にもこれ以上無理してほしくないの」
里奈お姉さんと和馬お兄ちゃんの視線がぶつかる。ふたりとも真剣で、あたしはこのわけのわからない会話についていけない。
実お兄さんがそれを察してか、あたしの肩を抱いて部屋の外に導いた。
「愛良ちゃん。今夜は和馬をそっとしておいてほしい。しばらく外出も控えさせてくれないかな?」
「わかった。まずは安静にしないといけないのね」
「そういうこと。かしこいな、愛良ちゃんは」
それから実お兄さんは何日か分の薬をあたしに預けて、里奈お姉さんや宗次お兄さんと一緒に帰って行った。
あたしは和馬お兄ちゃんが心配で、もう一度お兄ちゃんの部屋に戻った。
すると、お兄ちゃんはすでにぐっすりと眠っていた。
熱があるせいで少し苦しそうだったけど、眠っているのを邪魔したくなかったから、あたしはベッドのそばでそっとお兄ちゃんを見守った。
眠っているからといって、部屋の外には行きたくなかった。
やっぱりお兄ちゃんが心配だからちゃんと見守っていたかった。ふと、あたしは薄暗いお兄ちゃんの部屋を改めて見回した。
いつもお兄ちゃんの部屋をゆっくりと観察することができなかったから、あたしはこれを幸いとお兄ちゃんの部屋を観察してみた。
広めのお兄ちゃんの部屋には、本棚がいくつかあって、そこにはびっしりと色々な本が入っていた。
マンガとか全然ないや。
洋書ばかりで、タイトルすら読めないものばかり。
どこの国の言葉かわからないけど、色々な国の本があるということだけはわかった。
他にも科学の本や、宝石の本もあった。
あたしはその宝石の本が気になって、いくつかあるうちの薄い一冊を取り出してみた。
窓際まで歩いて、月明かりでその本を開いてみる。
そこには、あたしが知っている宝石や知らない宝石がいくつも載っていた。
色々な宝石の名前や由来、誕生石の話がいっぱい書いてあった。
あたしはその本を夢中になって読み始めてしまった。
だって、やっぱり宝石ってきれいだし、女の子なら興味あると思うもん。
どれくらい時間が経ったかわからなかったけど、あたしはお兄ちゃんが小さな呻き声と共に目をうっすらと開けたのに気付いた。
まだぼぉっとしているお兄ちゃんに、あたしはびっくりしないように小さく問いかけた。
「・・・和馬お兄ちゃん、お水、いる?」
「・・・・・・・・・あい、ら?」
かすれた声であたしを呼ぶ。あたしはすぐにお水を用意して、お兄ちゃんに差し出した。お兄ちゃんもちょっと身を起してあっという間にその水を飲み干してしまった。
「なにかほしいものある?もっとお水飲む?」
「・・・・・・今何時だ?」
「え~・・・と、夜中の2時だよ」
「馬鹿・・・さっさと寝ろよ」
「やだ。お兄ちゃんが心配だもん」
あたしはぎゅっとお兄ちゃんの手を握り締めて首を横に振った。
手を振り払われるか、叱られるかのどちらかだと思っていたのに、お兄ちゃんはどちらもしなかった。それどころか、そっと手を握り返してきて、苦笑した。
「・・・大丈夫だから、お前も寝ていいよ」
「・・・・・・じゃぁ、お兄ちゃんが寝たら、あたしも寝るよ」
嘘をついてはいけませんってママによく言われてたけど、あたしはお兄ちゃんを安心させるために、嘘をついた。本当は部屋で寝るつもりなんかないけど、そう言わないとお兄ちゃんはきっといつまでも心配するから。
案の定、あたしがそう返事をしたら、お兄ちゃんはほっとした様子でまた眠りについた。
あたしは、そのままお兄ちゃんの手を握り締めたまま、お兄ちゃんの寝顔を眺めていた。
お兄ちゃんは、パパとママが死んじゃってからずっとこの家に一人だったんだ。
さみしくなかったのかな。
さみしくなくなんて、ないよね。
こうやって病気になっちゃったとき、どうしてたんだろう。
実お兄さんとかが看病に来てくれてたのかな。
でもきっと、今みたいに追い出しちゃってたんだろうな。
和馬お兄ちゃんの「大丈夫」は、みんなを安心させるために言ってるだけ。
本当はきっと、大丈夫なんかじゃないと思う。
だからね、和馬お兄ちゃん。
あたしがずっと、そばにいてあげるからね。
「・・・愛良、そんなとこで寝てたら風邪ひくぞ?」
お兄ちゃんの声が聞こえて、あたしははっと目を覚ました。
いつの間にか寝てしまっていたみたいで、あたしの背には毛布がかかってる。
顔を上げれば、顔色がよくなった和馬お兄ちゃんがあたしを見て笑っていた。
「部屋に帰れって言ったのに」
「だって、心配だったんだもん」
そう言いながら時計を見てあたしは驚いた。
お昼の12時?!あたし、いつの間にそんなにたくさん寝ちゃったの?!
「起こしてくれればいいのにぃ!!」
「俺もさっき起きたからなぁ」
嘘だ。絶対嘘だ!!
だって、毛布はさっきかけられたものじゃない。何時間も前からあたしにかけられていたみたいに、温かい。
なにより、ベッドのそばで腰かけていたはずなのに、なぜかあたしは今、お兄ちゃんのベッドの上にいるんだもん!!!
・・・・・・はしっこのほうだけど。
「それにしてもよく寝てたな」
くすくす笑うお兄ちゃん。もう、意地悪なんだから。
「お粥つくってくるから、お兄ちゃんはそこにいてね」
あたしは慌てて起き上がって台所に向かった。
すると、ほぼ同時にインターホンが鳴った。
「お、愛良。和馬の様子はどうだ?」
宗次お兄さんたちだ。
実お兄さんも里奈お姉さんもいる。あたしは3人を家にあげて、和馬お兄ちゃんの部屋までついていった。
「和馬、具合はどうだ?」
さっそく実お兄さんが診察を始めたので、あたしはお粥をつくるために再び台所に向かう。それを追うようにして、里奈お姉さんもついてきた。
「私もお手伝いしてもいいかしら?」
「うん!!」
お姉さんが手際よく手伝ってくれたので、和馬お兄ちゃんのお粥作りはあっという間にできあがってしまった。
ついでにみんなの昼食を用意するために、再び料理をはじめながら、里奈お姉さんはじっとあたしを覗き込んできた。
「・・・里奈お姉さん?」
「愛良ちゃん、この前のことだけど・・・・・・」
「この前?」
問い返せば、お姉さんは小さく首を横に振った。
「・・・・・・ううん、ごめんね。なんでもない」
何の話だかさっぱりわからなかったあたしは、そのまま料理の続きに入る。
するとまた、お姉さんがあたしに尋ねてきた。
「そういえば、愛良ちゃん。和馬と約束していた1か月だけど、本当に行く当てがあるの?」
「・・・・・・それが・・・」
ちょうど心配していたそのことを里奈お姉さんに言われ、あたしもまた不安になってしまう。
とうとうあたしは、行く当てがないことを里奈お姉さんに告げた。
「だったら、ずっとここにいればいいわよ。和馬はあんな調子で全然自分を省みないから、愛良ちゃんみたいにしっかりした子といるほうが安心するわ。食生活でも、ね」
「ほんとに?!」
「えぇ。和馬のことなら、私が説得するわ。ううん、きっとね、和馬も本当はそう思ってると思うから」
和馬お兄ちゃんに直接許しをもらったわけじゃないけど、あたしは里奈お姉さんにそう言ってもらってすごく心強かった。
そのあとのあたしはるんるんで料理をすると、和馬お兄ちゃんにお粥をあげて、みんなで昼食を囲んだ。
里奈お姉さんや実お兄さんは、あたしが負担になるんじゃないかって、もっと和馬お兄ちゃんの看病をしようとしていたけど、あたしはあえてそれを断って、みんなには帰ってもらった。
お兄ちゃんもゆっくりと休まないといけないしね。
あたしはみんなの食べたお皿を台所で片づけながら、上機嫌で皿洗いをしていた。
和馬お兄ちゃんに認められたわけじゃないけど、でも、お兄ちゃんにとって大切な友達である里奈お姉さんに認めてもらえたのはやっぱりうれしかった。
「・・・愛良」
「お兄ちゃん?!だめじゃない、寝てなくちゃ!!」
突然声を掛けられて振り向けば、お兄ちゃんが複雑そうな顔をしてそこに立っていた。
しかも裸足。
そりゃぁ、5月ともなれば暖かいから裸足でもいいけど、でも、今のお兄ちゃんは病人なんだから。
「裸足でここまでふらふらしちゃだめじゃん!!」
「・・・まるで母親のようだな、愛良は」
苦笑しながらも、お兄ちゃんはちょっとさびしげに笑う。
「違うよ、あたしはお兄ちゃんの恋人になるんだもん」
「・・・・・・夜叉の弟子になるんじゃなかったのか?」
「それとこれは別」
なんで和馬お兄ちゃんの恋人になることと、夜叉の弟子になることが並べられるのか、あたしにはよくわからない。
和馬お兄ちゃんの恋人になりながら、夜叉の弟子になることくらい、できるもん。
お兄ちゃんは小さくため息をついてから、あたしが洗ったお皿を布巾で拭き始めた。
「お、お兄ちゃん?!病人なんだから、寝ててよ。それくらい、あたしがやるよ?!」
「・・・・・・なぁ、愛良。おまえ、そろそろ1か月たつけど、行く先見つかったのか?」
お皿を拭きながら唐突に尋ねてきたお兄ちゃんをあたしは思わず無言で見返してしまう。
でも、意地を張っても仕方ないから、首を横に振った。
すると、お兄ちゃんがぐしゃぐしゃってあたしの頭を乱暴に撫でた。
・・・ひどい。髪がぐちゃぐちゃ。
「・・・だったら、ここにいればいい。なんだかんだで、愛良には料理やら掃除やらで家事全般世話になってるし、無責任に追い出すことはできないしな」
「ほんとう?!いてもいいの?!」
「ただし!!次の行く先が見つかるまでだ。ちゃんと、正式に世話になれる家を探すんだ。いいな?」
「うん、うん!!!」
あたしは壊れたおもちゃのように何度も首を縦に振った。
うなずいてはみたものの、たぶん、きっと、絶対、探さないけど。
でもたぶん、それはお兄ちゃんもわかってる。
わかってるのに、この家に置いておいてくれるんだ!!
「ねぇねぇ!!それってあたしを恋人にしてくれるってことでしょ?!」
「はぁ?!それとこれは別だろ」
さっきのあたしの口調を真似てお兄ちゃんが言い返してきた。
「なんで?!一緒に暮らすんだから、恋人でしょ~?!」
「おまえは家事をがんばればいいの。それを宿代にしてやるから」
にやっとお兄ちゃんは笑って、拭き終わった最後のお皿をあたしに渡した。
「でも、昨日みたいに一晩中看病なんてしなくていい。無理はしなくていいよ、愛良」
それはすごく優しい声色で。あたしは、なんでか、涙が出てきた。
なんでだろう、この家にいれることになってうれしいはずなのに。
「さびしいときはさびしいって言えばいいし。苦しいときは苦しいって言えばいい。泣きたいときは泣けばいいから。子供の特権だろ」
今度は優しくお兄ちゃんはあたしの頭を撫でる。
あたしはぽろぽろと止まらない涙を拭うこともしないで泣いていた。
和馬お兄ちゃんは、そっとあたしを抱きしめてから小さく言った。
「これからも、よろしくな、愛良」
あたしはそんな優しいお兄ちゃんの言葉を聞きながら、心の中で決意していた。
絶対、和馬お兄ちゃんのお嫁さんになるんだ!!
そんなわけで延長戦です(笑)
怪我したり風邪ひいたり、和馬は忙しいなぁ(笑)
愛良は両親が忙しくて我慢することが多かったのもあって、自分の弱音とかを吐くことをあまりしてこなかったと思うんですよね。
暴走する妄想とは裏腹に、甘えることが下手な気がする。で、和馬もそうだから、愛良の気持ちがわかると思って。
で、一方で和馬はどう思っていたかというと。
それは和馬サイドでお話することになるでしょう。