4、正しい連休の過ごし方 <Side 和馬>(中編)
朝早くから大阪へ移動して、テーマパークへ。
テンションが異常に高いのは、ぐっすりよく寝た愛良ひとり。
里奈は今夜のことを心配して緊張している様子だし、俺と宗次は寝不足でふらふらしてる。
夜叉の準備で徹夜なんてよくあることだから、どうってことないけど、里奈が神経質になって心配してる。
今夜の作戦に、里奈が入れないせいもあるんだろうけど。
でも、里奈には里奈でがんばってもらわないといけない。
愛良の気をひきつけておいてもらわないと困る。
愛良に、怪盗夜叉の正体を知られるわけにはいかないからな。
4、正しい連休の過ごし方◎ <Side 和馬>(中編)
愛良からの大ブーイングの末、午後になって俺と宗次はなんとか愛良と里奈をテーマパークに残して、別行動をとれることになった。
今から神戸に向かって、最後の下見といかないといけない。
俺と宗次は顔を見合わせて、にやり、と笑った。
ふたりの間に流れるのは、緊張感ではない、高揚感。
すでに怪盗夜叉として活動するようになってずいぶんと経つが、次第に予告日の緊張感は高揚感へと変わっていった。
今夜もまた、警察をうまくまいて、獲物をとってみせるぞ、という高揚感。
・・・ま、歪んでいることは認めよう。
車を神戸へと走らせながら、俺は里奈の言葉を思い出す。
「怪盗夜叉は世間で何と言われていようと、泥棒は泥棒。犯罪者に違いない」
怪盗夜叉の弟子になりたいと新幹線の中で騒いだ愛良に、里奈が言ったひとこと。
それは、里奈が自身に言い聞かせている言葉にも聞こえたし、俺たちに再認識させようとしているようにも聞こえた。
「犯罪者・・・か。そうだよな」
「え?」
俺のひとりごとに、宗次が聞き返してくる。だけど、俺は小さく首を振っただけで、それ以上は何も言わなかった。
怪盗夜叉が犯罪者であることはわかっている。
それは、怪盗をするときから、覚悟していたことだ。
それでも、俺はどうしても<失われた誕生石>シリーズを集めたかった。
集めなければならなかった。
闇に飲まれ、堕ちることになっても――――――――――――――――・・・・・・・・・。
「和馬!!」
沈んでいく俺の思考を、宗次の言葉が引き揚げた。俺は、ゆっくりとした動作で、宗次を見返した。
「また、どうしようもないこと、考えてただろ?」
「・・・別に」
「まぁったく、どうして和馬はすぐにひとりで抱え込もうとするかね。俺たちを信用できないのか?」
「・・・まさか。信用してるから、夜叉をやってるんじゃないか」
「だろ?だったら最後まで信じてればいいんだよ」
「・・・・・・なんか、無茶苦茶じゃないか?」
「あ~!!なんだよ、せっかく俺が感動的なことを言っているのに!!」
「はいはい。信用してますから、しっかり<仕事>してくださいね~」
俺は宗次の言葉もさらりと流して簡単に受け答えをする。
宗次の言いたいことはわかる。
でも、怪盗夜叉を始めたときから、俺には決めていることが、ある。
異人館は、予告時間までまだずいぶんと時間があるというのに、ものすごい人だかりができていた。
それでも、今日は特別警備ということで、館内に一般客は入れないことになっている。
それを見ていて、昨日のうちに仕掛けをやっといてよかったなぁ、なんて呑気に眺めてしまう。
俺と宗次は、野次馬のふりをしながら警備体制をチェックし、逃走経路を明るい日差しのもとで再度確認した。
怪盗夜叉は警察の誰もが捕獲したい存在みたいで、兵庫県警も力を入れて警備をしている。
せいぜいがんばりたまえ、ってとこかな。
宗次と俺は、いたずらをする前の子供のように、顔を見合わせてにやにやと笑い合っていた。
予告時間から15分前。
俺はすでに怪盗夜叉の衣装で、獲物のすぐそばで待機していた。
なのに、厳重なはずの警備員たちはだ~れも気づかない。
それが抜けてるんだってことに、いい加減気付こうぜ、警察諸君。
<ビール>も館のそばで、仕掛けを発動させるために待機している。
ふたりをつなぐのは、いつも通り、通信機のみ。
『・・・さて、予告時間まで暇だな、夜叉』
<ビール>が呑気につぶやいてくる。
・・・だから、通信機を暇つぶしに使うなって何度言えばわかるんだ、あいつ。
「油断は禁物だぜ、<ビール>」
それでも応じる俺も馬鹿ってことかな。
相当暇を持て余しているのか、<ビール>は館のまわりの野次馬を逐一観察しながら俺に報告してくる。
野次馬を観察する癖は、<ダージリン>のせいでできた癖ってとこかな。
彼女の特技をいかすには、まずじっくりと人間観察をしないといけない。
<ビール>の報告を聞きながら、俺は<ダージリン>の教育の賜物を垣間見た気がして笑いをこらえていた。
すると。
『・・・<ビール>、すごい人だかりみたいね』
通信機の向こうから、今回の作戦にはいないはずの<ダージリン>の声が聞こえてきた。
『<ダージリン>?!なんで?!』
「・・・大方、愛良に怪盗夜叉の中継が見たいと騒がれて、携帯で見てるってとこか?」
驚く<ビール>と違って、俺は冷静に分析する。
『・・・そうよ、正解。さすがね。・・・準備は平気?』
くすっと笑って、<ダージリン>は答える。同時に、心配そうに尋ねてきた。
遠くの地ではらはらと心配する彼女のために、俺は明るく返した。
「大丈夫。時間になればすぐに獲物を盗み取るさ」
『・・・そう。じゃぁ、気をつけて。しっかりサポートしてね、<ビール>』
『余裕、余裕。テレビでよく見てろって』
<ビール>も陽気に返答する。
大丈夫。俺もあいつも、完璧な打ち合わせでここに挑んでいるわけだから。
『・・・・・・時間だ』
<ビール>の一声。
俺は今、<天使の宝剣>が守られている檻の<真上>にいる。そう、つまりは、警官たちの頭上。屋根からぶらさがるようにして、そこにいるわけだ。
予告時間の6時半になり、<ビール>の仕掛けが発動する。
報道陣のカメラが、どうやって怪盗夜叉がこの<天使の宝剣>を盗むのかと、そこに集中する。
すると、その短剣がみるみると膨らんでいくのだ。
はじめは気のせいかと思うほどゆっくりと。
けれど、それはじわじわと大きさを増し、膨らんでいく。
やがて、風船の勢いで膨らみ始めた<宝剣>に、警備していた警官たちが慌て始める。
それもそうだ。
誰も触れていないはずの檻の中の<天使の宝剣>が、突然膨らみ始めたんだからな。
くすくすくす、と俺は彼らの頭上で含み笑いをもらす。
じつは、こういうときが一番楽しかったりする。きっと<ビール>も今頃、テレビの中継を確認しながらにやにやしているに違いない。
俺は慌てる警官の中央で、檻の中でたしかに膨らんでいく<天使の宝剣>を見守っていた。
そして、バンっという大きな音と共に爆発し、あたりに煙幕を張ったのを見計らって、俺は獲物のそばに降り立った。
じつは、膨らんで破裂した<天使の宝剣>は、宗次お手製の偽物の風船。
その風船の中に、本物の<天使の宝剣>が隠れているわけだ。
煙幕で視界が悪い中、俺はわずかの時間も考えることなく、行動にうつす。
二重構造になっている檻の上からも横からも、<天使の宝剣>を盗みだすことは不可能。
では、<下>からは?
床下のタイルを一枚外し、そこからできた床と檻との隙間にワイヤーを入れ込む。
特殊加工されたこのワイヤーは、俺の意のままに動き、<天使の宝剣>を絡み取る。それは素直に床に降り立ち、するすると俺の手の元へと引きずり込まれていく。
そして、タイルの外れた床下と檻との隙間も難なくクリアし、獲物は俺の手の中に収まった。
ほっとしている場合ではない。
煙幕がそろそろ切れかかっている。
すぐに床下を元に戻し、俺は<天使の宝剣>を片手に、忌々しい檻の上によじ登る。
さぞや、檻の上に降り立ったかのように。
煙幕がはれるのと、俺が檻の上でスタンバイするのはほぼ同時だった。
先ほど奪った<天使の宝剣>を、カメラに向かって差し出す。
同時に、沸き起こる歓声。
野次馬のみなさんも喜んでくださっているようでなにより。
マスコミのみなさまも、カメラを撮影すること以外、仕事を忘れているようで。
ちゃんと中継もしてくれなきゃ、テレビの向こうの<観客>は、事情がわかりませんよ?
「みなさま、お集まりいただき、ありがとうござます」
紳士の姿勢を崩さぬように、俺は檻の上で優雅に腰を折る。
そんな悠長なことができるのも、周りの警官が突然のできごとに放心してくれているからだ。
「<天使の宝剣>、たしかにいただいていきますね」
俺はまた、しつこいほどに<天使の宝剣>をカメラのまえに突き出す。
怪盗夜叉が<失われた誕生石>シリーズのひとつを手に入れた、と<組織>のやつらに見せつけるために。
マスコミを利用するしかなかった。
やつらを俺たちに引き付けるには。
だから、まどろっこしいやり方で、怪盗夜叉は<獲物>をいつも盗み取っているのだ。
派手なパフォーマンスでマスコミを騒ぎ立たせて。
「なにしてるんだ、やつを捕まえろ!!」
正気に戻った警部らしきえらそうな警官が、みなに号令をかける。
俺は、警官たちが一斉に飛びかかってくるのをするりと避けて、天井をつたって窓の外を目指す。
じつは、天井のあちこちに張り巡らしておいた、頑丈なワイヤー。これらを使えば、それをたどって移動するのは、俺にとっては朝飯前。
窓の外から這い出て、館の屋根の上によじ登ると、綺麗な神戸の夜景が視界に広がる。
「おぉ、夜景が綺麗だなぁ・・・」
『呑気なこと言ってないで、夜叉、早く移動しろ』
<ビール>から呆れた声で指示が飛んでくる。
「はいはい、仰せのままに」
次々とワイヤーを飛ばして俺は逃げ道を確保する。
するするとそれをつたって屋根から飛び降り、木々に隠れるようにして、館のうしろに控える森林に姿を隠す。
<天使の宝剣>を手に入れた。
第一段階はクリア。
・・・お次は・・・・・・・・・。
「・・・・・・っ!!」
パンっという高音と共に、突然ワイヤーが千切れた。がささっと音を立てて、俺は地面にたたきつけられる。
ワイヤーは切れたんじゃない、切られたんだ。
「・・・・・・やはり、いらっしゃると思ってましたよ」
幸い、木々に救われて俺は打ち身程度で済んだ体を起こし、軽口をたたく。
『・・・まさか、<組織>のやつらか?!』
<ビール>が尋ねてくるが、俺はそれに応じている余裕はない。
闇夜に隠れるようにして、悪意ある視線が俺を突き刺す。
ちりちりとした殺気。
見誤れば、撃ち殺されかねない。
先ほどワイヤーを切った高音の銃声からして、サイレンサーをつけた銃だろうから、銃声で場所を特定するのが難しい。
「・・・それを、こちらによこせ」
闇から聞こえる声。
俺は、危険だとわかっていながら、その声に応じることにした。
怪盗夜叉として。
「この<シリーズ>を手に入れてどうされるおつもりですか?<解読>することもできないというのに?」
挑発的に返せば、再びパンっという音とともに、一瞬で真横の木の幹に穴が開く。
銃弾が撃ち込まれたのだと、見なくてもわかった。俺はただひたすらに、その気配だけを追いかける。
「・・・黙れ。貴様はおとなしくその<シリーズ>を渡せばいいのだ」
「そうはおっしゃられても、お姿もわからないままでは、お渡しすることもできませんが?」
仮面で表情を隠しているのを幸いに、冷や汗をかきながらも、すまして答える。
通信機の向こうでは<ビール>がなにかを叫んでいる。
『やめろ、無茶をするな、夜叉!!作戦通り、逃げろ!!』
逃げろ?
いやだ、せっかく<奴ら>が俺の前に現れている。この手にある、<シリーズ>ほしさに。
俺は、無茶を承知で、暗闇の森林の中、命がけの賭けをすることに決めた。
怪盗夜叉として、<謎>を暴くために。
怪盗夜叉サイドともいえる、中編です。
たぶん、愛良サイドと見比べると、ちゃんとできて・・・・・・・るかな・・・・・??(おい)
和馬と宗次がやった大阪→神戸移動は、紫月も一度やったことのある移動です。
神戸の異人館を訪れたときは、まさかここをネタにする日が来るとは思ってなかったですけどね・・・(汗)
あ、でも、こちらの異人館はパラレルで!!(当たり前だ)