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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第五部 解放篇

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結末 翼

 あの日から三ヶ月が過ぎた。

 蝕域の門は砕けた。前線を覆っていた暗黒の空は晴れ、人々は久しぶりに青空の下で笑った。

 だが、それで終わりじゃない。奏太はそのことを誰よりも知っていた。

 大陸の北端にひとつ。南方諸島にふたつ。西の砂漠地帯にも、門の気配が観測されている。異次元の脅威は消えてなどいない。扉をひとつ閉じただけだ。

 それでも——空気は変わった。

 奏太とガルベルトが生み出した魔道兵器の技術融合。それは帝国の枠を越え、隣国へ、さらにその先へと広がり始めていた。量産された新型魔道兵器の設計図は、かつて敵対していた国にすら渡っている。

 人類は初めて、ひとつになろうとしていた。

 「勝てるかもしれない」——そんな言葉が、酒場でも、街角でも、ごく普通に交わされるようになった。三ヶ月前には誰も口にしなかった言葉だ。

 希望。

 安っぽい響きだと、奏太は思う。でも、悪くない。


 カン、カン、カン。

 整備棟に金属音が響く。朝の七時。奏太はいつもの作業台に向かい、いつもの工具を手に取っていた。

 今日の仕事は三番機の左翼フレーム交換。昨日の哨戒飛行で歪みが出たらしい。パイロットのヴェルナーは「ちょっとぶつけただけ」と言い張っていたが、フレームの損傷具合を見る限り、「ちょっと」の定義を根本から見直すべきだろう。

 「奏太、七番機の調整も頼む! 午後の出撃に間に合わせてくれ!」

 食堂の方からリーゼの声が飛んでくる。

 「了解。昼までには終わらせる」

 返事をしながら、奏太は手を止めなかった。ボルトを締め、ワイヤーの張りを確かめ、魔力回路の接合部に指を這わせる。この世界に来て何千回と繰り返した動作。体が覚えている。

 ふと、手が止まった。

 工具を握った自分の手を見る。油で黒ずんで、あちこち小さな傷だらけの手。日本にいた頃の、白くて細い指はもうどこにもない。

 帰る世界を、奏太は失った。

 蝕域の門を破壊した代償。次元の接続点が消えたことで、元の世界への道は永遠に閉ざされた。あの日、ガルベルトにそう告げられたとき、不思議と涙は出なかった。

 たぶん、もう知っていたのだ。ずっと前から。

 スマホはとっくに電池が切れていた。家族の顔は写真でしか思い出せない。好きだったコンビニの肉まんの味も、もう曖昧だ。

 それでも。

 奏太は目を上げた。

 整備棟の高い天井。油と鉄の匂い。壁に並んだ工具たち。窓の向こうには、朝日を浴びた滑走路が伸びている。

 食堂からはスープの匂いが漂ってきた。リーゼが何か叫んでいる。ヴェルナーが笑っている。新人整備士のマルクが、また部品の名前を間違えて怒られている。

 騒がしい。うるさい。あったかい。

 ここが、奏太の帰る場所だった。

 故郷を失った代わりに、故郷を見つけた。そういうことなのだと思う。矛盾しているようで、していない。

 「鷹森整備士殿! 五番機のエンジン音がおかしいのですが!」

 マルクが駆け込んできた。顔中すすだらけで、目だけがやたら輝いている。

 奏太は笑った。

 「見てやるよ。工具持ってこい」

 戦えない英雄——誰かがそう呼んだ。剣も魔法も使えない。空も飛べない。敵を倒したこともない。

 でも、翼は作れる。

 飛ぶ者たちを空へ送り出し、無事に帰ってくるのを待つ。そしてまた、次の翼を作る。

 それが奏太の戦い方だった。最初から、ずっと。

 工具を握り直す。金属がひんやりと掌に馴染む。

 今日も飛ぶ者たちが帰ってくる。

 だから——整備棟の灯りは、消さない。


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