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戦えない整備士、異世界転移して魔道兵器を修理してたらいつの間にか世界を変えていた——異世界整備録——  作者: 試作ノ山
第二部 証明篇

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第十八章 邪道

 フィンの初撃墜から三日後。

 変化は予想以上の速さで広がった。

 フィンの機体の操縦データが公開され、調整前後のパフォーマンス差が数字として証明された。訓練番長と呼ばれていた少尉が、実戦で撃墜を記録した。その事実は基地中に知れ渡った。

 パイロットたちが奏太の元を訪れ始めた。

 最初はヨハンの小隊の中堅パイロット。「レクター少尉みたいな調整、俺にもできるか」。次に別の小隊の若手二人組。「操縦桿が硬いんだが、柔らかくできないか」「右旋回の時に引っかかりがあるんだが」。さらにベテランのパイロットまで。「長年気になってた膝関節の渋さ、なんとかなるか」。

 整備棟の奏太の作業台は、いつの間にか「相談窓口」のようになっていた。

 奏太は断らなかった。一人一人の操縦データを分析し、個人に合わせた調整案を作った。作業台にはパイロットの名前と数値が並んだ紙が積み上がっていく。カティアが手伝いに来て、計測と記録を担当した。ディーターは無言で工具と部品を準備してくれた。

 ルーカスも来た。

「僕の機体もお願いできますか」

 淡い茶色の髪の青年は控えめに言った。フィンより背が低く、声も小さい。初めての大規模作戦を生き延びてから、少しだけ表情に余裕が出てきていた。

「もちろんです。まずは操縦データを見せてもらえますか」

「あの——俺、フィンさんみたいに劇的には変われないかもしれませんけど」

「劇的に変わる必要はないです。ルーカスさんに合った機体にするだけです」

 ルーカスの目が少し潤んだ。こういう言葉に弱い青年なのだ、と奏太は思った。

 状況は良い方向に動いていた。少なくとも、奏太はそう思っていた。甘かった。

 嵐が来たのは、翌朝の整備棟の朝礼だった。

 ガルベルトが、整備班全員の前に立った。百九十センチの巨体が朝の光を背にして、影が整備場の床に長く伸びている。琥珀色の目が、いつにも増して鋭い。赤褐色の髪を後ろに撫でつけた顔に、怒りが滲んでいた。

「諸君に通達がある」

 低い声が作業場に響いた。ディーターが腕を組んで壁に寄りかかり、カティアが背筋を伸ばした。他の整備班員も姿勢を正す。

「魔道兵器の整備は、魔道整備官の管轄である。この原則を、改めて確認する」

 ガルベルトの視線が奏太に向いた。

「資格なき者の介入は認められない。魔道刻印を持たず、魔力回路への理解もなく、正規の整備訓練も受けていない者が、戦闘用機体の内部構造に手を加えることは——制度上、許されていない」

 整備場が静まり返った。作業中だった整備士たちの手が止まり、工具を握ったまま凍りついている。

 技術論ではなかった。奏太の作業が機体を壊したとか、パフォーマンスを下げたとか、そういう話ではない。制度の話だ。権限の話だ。「お前には資格がない」。それだけで十分な排除の理由になる。

 ガルベルトは卑怯な手を使っているわけではない。事実として、奏太には魔道整備官の資格がない。魔道刻印もない。正規の訓練も受けていない。制度的に見れば、ガルベルトの言い分は完全に正しい。

 奏太は黙って立っていた。反論する材料はいくらでもある。フィンの撃墜データ。稼働効率の数値。パイロットたちの評価。でも、今それを持ち出しても逆効果だ。ガルベルトは感情で動いていない。制度という盾を構えている。

 カティアが唇を噛んでいた。師匠を支持する立場だ。ガルベルトの下で修行し、魔道整備の正統な後継者として育てられている。師匠の言葉に従うのが筋だ。だが——内心では奏太の技術を否定しきれない。データは見た。効果も確認した。技術者として、あの数字を否定することはできない。

 沈黙の中、思いがけない声が響いた。

「班長、規則の上では正しいですが」

 ディーターだった。

 整備場の全員が目を見開いた。ディーターが会議で発言すること自体が異例だ。二十年以上この整備棟にいて、作業以外で口を開くことはほとんどない男。その男が、師匠でもある上司に——異を唱えた。

 ガルベルトの琥珀色の目が、ディーターを射抜いた。

「何が言いたい」

「……実績がある。それだけです」

 ディーターは短く言って、口を閉じた。それ以上は踏み込まない。ガルベルトに面と向かって反対意見を述べることの重みを、ディーター自身が一番わかっている。だが言わずにはいられなかった——それだけの実績を、奏太は積み上げていたのだ。

 ガルベルトはディーターを見つめ、それからゆっくりと視線を外した。何も言わなかった。怒りを見せなかった。それがむしろ、この問題の深さを物語っていた。

 朝礼が終わり、整備班がそれぞれの持ち場に散っていく。

 奏太はガルベルトの背中に声をかけた。

「ガルベルトさん」

 巨体が足を止めた。振り返らない。

「ガルベルトさんの技術は本物だと思っています。魔力回路の調律は、俺にはできない。あの精度、あの繊細さは——二十年以上の経験がなければ絶対に到達できない」

「……」

「俺がやってるのは、ガルベルトさんの仕事を邪魔することじゃない。補うことです。魔力回路が完璧だから、物理構造を合わせれば機体はもっと良くなる。ガルベルトさんの調律あってこその、俺の調整です」

 ガルベルトは振り返らなかった。ただ、足が動いた。整備場の奥へ歩いていく。

 その背中が語っていたのは、怒りだけではなかった。

 奏太には見えた。あの背中に張りついている、もう一つの感情。あの背中が、ほんの僅かに揺れていた。否定の震えではない。何かを——自分自身に突きつけている、そういう震え方だった。

 ガルベルトは魔力回路の天才だ。だがその天才が、物理構造の欠陥に気づけなかった。魔力側は百点満点でも、物理側は七十点だった。その事実を突きつけられて——受け入れるには、時間が要る。

 カティアが近づいてきた。緑の目に複雑な感情が浮かんでいる。

「師匠には師匠の考えがあるんです」

「わかってます」

「でも——タカモリさんの技術が本物だってことも、わかってます。データが証明してますから」

 カティアの声は小さかったが、はっきりしていた。師匠と奏太の間で揺れる弟子の正直な言葉。右手の甲の魔道刻印が、夕陽を受けてぼんやり光っていた。一つだけの刻印。まだ修行中の証。

 ガルベルトへの忠誠と、技術者としての良心。その間で引き裂かれている。でも——カティアは嘘をつけない子だ。データが正しいと言えば、それを否定する器用さを持ち合わせていない。

 夕方、ディーターが奏太の作業台に茶を置いた。手には磨きかけのスパナが残っている。いつもの渋い茶。だが今日は、カップが二つあった。もう一つは——ディーター自身の分だった。

 二人は無言で茶を飲んだ。言葉はいらなかった。渋い茶の温かさが指先に染みる。窓の外で夕日が沈んでいく。格納庫の機体の影が長く伸びて、整備場の床を横切った。

 ポケットの六角ボルトを回す。くるくる。くるくる。

 焦るな。ガルベルトには時間が要る。あの男の頑固さは、二十年の誇りと痛みに裏打ちされている。一朝一夕で崩れるものじゃない。

 だが——「馬鹿げている」ではなく「資格がない」と言った。つまり、技術そのものは否定していない。否定できなかった。数字が語っているから。

 道は、まだ閉ざされてはいない。


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