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転2

「おい、起きろ」

「え?ッ、ぅあ、くっさ、なにここ!?」


乱暴に頭を揺さぶられ意識を取り戻した私の鼻腔を、嫌な臭いが鼻腔を直撃する。顔を歪めながら目を開ければ、赤い絨毯と黒い靴先が目に入った。


「えー!?ここ臭すぎない!?生臭ッ」

「……目覚めて最初に言うのがそれか。お前、()()()()()()()()()腹が据わっているな」


妙に感心したような声が頭上から降ってくる。ねっちょりした嫌悪感を催す、気色の悪い声。

寝転んだまま視線を上げれば、ここ最近会った人間の中で、最も不快だった人間の姿があった。


「……わあ、王弟殿下じゃないですか。やだぁ気色悪う」

「私相手によくもまぁそんな口の利き方ができたものだな、不敬罪で極刑ものだぞ」


純粋に本心からの発露として発言しただけなのだが、王弟殿下はなぜか面白そうに目を細め、フンと鼻を鳴らした。

ちらりと目を動かせば豪奢な屋敷の一室のようだった。しかし窓のない奇妙な間取りと、壁に無数に飾られた謎の細長い骨格標本が薄気味悪さを増長させている。


「ここでそんな気を遣っても仕方ないんでしょう?」

「ふはは、本当に肝が据わっている。アイツの嫁にするのは惜しいな。……お前、()()()()()()()になるか?」

「あはは、お断りです。さすがに生理的に無理なんで」


とんでもない申し出に、私はうげ、と吐き気を隠さず断った。しかし王弟は不思議そうに首を傾げる。


「生理的に?」

「多分生まれたときから嫌いです。なんなら生まれる前から嫌いかも。あはは」

「この状況でよくも笑えるな」


不快そうに眉を寄せた気障な男は、私の喉にトンと硬いものを押し当てた。チラリと視線を落とせば、鈍く光る短剣だ。ひんやりと冷たい刃を意識して、妙に冴える思考に、なぜか零れそうになる笑いを噛み殺す。あぁ、私って本当に大馬鹿。ここは怯えて見せた方が良いに決まってるのに。どこまで負けず嫌いなのかしら。


「私が指を少し押し込むだけで、お前の頸動脈は切れて血が噴き出し、すぐに死ぬのだぞ」

「まだ殺していないってことは、まだ殺さないんでしょ?」

「気が変わるかもしれないぞ」

「そうかもしれないけど、私にはどうもできないしね」


淡々と言い返す私に、男は気味の悪い目で私をじろっと見た。


「死ぬのが怖くないのか?」

「それほど。怖がっても死ぬ時は死ぬじゃないの。また来世で頑張るわ」


さっぱりと言い切れば、こちらを探るような粘着質な眼差しに呆れが混じり、王弟はしばらくの沈黙の後でため息をついた。


「……気の強い小娘だ。まったく、ガラスの靴はよくもまぁ似たような女を探し出したものだ」

「は?私が誰に似てるって?」


理解しがたい発言に、私は片眉を上げて疑問を呈した。王弟は妙に懐かしげに目を細め、くくくと喉の奥で笑った。


「お前を見ていると、あの公爵令嬢を思い出させるよ」

「王子の前の婚約者?はは、()()()()()()()どんな女だったのよ、そのご令嬢は」


興味深いご感想に、私は笑いながら問い返した。王子が口にする前の婚約者の評価はあてにならない。アイツは死んだ女を美化してしまっているから、何を聞いても褒めることしかないのだ。


「お前みたいな女だ。顔はずっと美しかったがな。殺されそうになっても鼻で笑う、イイ女だった」

「へぇ。殺されそうになった瞬間のカノジョを見てたの?」

「ああ」


私がそう尋ねれば、王弟はひどく嬉しそうに笑った。


「俺はあの娘が()()()()()()()()()()()()を、よおく見ていたからな」

「んん~!なるほど、だからか!」


うっとりと目を細められ、背筋に鮮烈な怖気が走る。ああ気味が悪い微笑。気持ちの悪い陶酔。他者の死の瞬間を見つめて悦楽を感じる気色の悪い男を前に、私は()()()()()を浮かべて、納得の声をあげた。


()()()私はアンタを見るたびに吐き気がしたのね、ぷんぷん匂う血生臭いニオイを察したのよ。この人殺し」

「ははははは、実に活きがいい小娘だな!」


楽しそうな私に釣られるように、王子とよく似た顔の王弟も軽やかな笑い声を立てる。何も知らなければ、美しく快活な美男子だと思えたのかもしれない。泥沼のような藍色の瞳は爛々と異常な光を帯び、吐く息の生臭さはますます増したけれど。


「古来から政争に女の血はつきものだろう?美女の血であればなお良い。美女というのにお前は少し足らないが、まぁ許容範囲だ」

「知らないわよそんな()()。死ぬ国民を一人でも減らすためにあるのが政治でしょうが」


どこかの馬鹿が言いそうなことを口に出せば、王弟にも誰の受け売りか分かったのだろう。案の定嫌そうに薄い唇をゆがめて吐き捨てた。


「ふん、あの馬鹿王子に影響されたか?反吐が出そうな綺麗ごとだな」

「なんでも綺麗なほうがいいでしょ。女の子は綺麗なモノが好きなのよ。綺麗な夢を語る王子様とか」

「黙れッ」


喉元から離れた短剣が、勢いよくグサリと机に刺さる。コイツ意外と腕力あるのか、と内心で感心しながら、私はじんわりと汗のにじむ背中を意識した。正直余裕はないけれど、意地でもそんな素振りは見せられない。何度もこの気色の悪い男に良いようにされるなんて御免だ。


「あんな軟弱で、王者の風格など欠片もない若造が王位につくなどありえない!私が王になったほうが国民だとて喜ぶだろうさ!」


確かに、実際問題王弟もそれなりに国民人気はある。先の戦争で戦功を上げたからだ。血気盛んな若い男たちは、武功のある王弟を支持していた。でも大抵の女たちは、気の優しい王子様を応援している。どの女も、夫や子が戦にとられるのは嫌だからだ。

そして、()()なんてものは、ミズモノだ。その時々で評価は変わる。国民なんて勝手なモノなのだから。


「まぁ、あの間抜けが弱腰なのは否定しないけど」


苦笑混じりの私の言葉に、王弟がにやりと口の端を上げる。癪に障る笑みをぐしゃっと握りつぶしてやりたい気持ちで、私は薄笑いながら軽やかに言葉を継いだ。


「ぶっちゃけ関係ないわ。国民はどっちでもよいと思ってるわよ?それが良い政治をしてくれる、()()()()()ならね」

「正しい?民に為政の正しさなど分かるまい」

「……まぁ否定しないけど」


当然のように民を見下してくる予想通りの()()()()に、私は苦笑して頷く。事実だからだ。私たちは目先の自分のことだけで手一杯だから、国全体のことだとか、百年先の国益だとか、そんなことは考えていられない。

こんな会話を王子とも交わしたことがあった。文脈は違った気がするけれど。


「うーん……」


明るいはずなのに妙に薄暗い豪奢な部屋で、私は天井を見て考えた。この陰険男と馬鹿王子の違い。私が王子の方が王様に向いていると感じる理由。それは一体なんだろうかと。


「アンタは?王様になって何がしたいの?」

「何がしたい、だと?」


こちらを真顔で見下ろしている薄気味悪い男を、私はまっすぐに見て尋ねた。しかし王弟は私の問いを理解できないかのように瞬くと、不快そうに顔をゆがめる。そして、心底馬鹿馬鹿しそうに鼻で笑った。


「王族に生まれたならば、王位を望むのは当然だろう?生まれた順番だけで王位を得た我が兄より、私の方が強く王冠を求めていた。そして私の方がよほど武芸に優れ、学問だとて優秀だった。それなのに国の法は私が王となることを許さない。兄は嫌々と王になったのだ。栄えある玉座に対する冒涜だろう!」

「あー、なんか理解したわ。確かに()()()の方がずっと()()だわ」


王弟の言葉で、私の目からもポロリと鱗が落ちる。なるほど。おかげですっきりした。そんな感謝すら抱きながら、私はすがすがしい気持ちで王弟に言い放った。


「アンタ、王様向いてないのね」


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