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承4

***




「ほんっとうにありえない!」


最近、毎日こんなことを言ってキレている気がする。しかし今日も今日とて酷かった。


「まぁまぁ、落ち着きなよ」

「落ち着けるもんですか!むしろアンタはなんで落ち着いてんのよ!」


呑気になだめてくる王子に、私は毛を逆立てて威嚇しながら叫んだ。

今日は有力貴族たちとの会談があるとかで、王子と二人で挨拶をさせられたのだ。前回の突如開催された練習パーティー(仮)では会えなかった地方貴族たちが主だ。そこで私は、というか、私たちは散々な目に遭ったのだ。


「あのねぇ!王子も言い返しなさいよ」

「何を?君に対する侮辱はちゃんと反論しようとしたよ。君に止められただけで」


キョトンと首をかしげる王子に、私は苛立ちが増した。手渡されたクッキーを鷲掴みにして口に放り込み、バリバリと噛み砕く。


「私に対する評価は適切だったからいいのよ」

「……自己評価が妙にシビアだなあ君は」


不満げに眉を寄せる王子に、私は半眼になった。


「私が平凡な小娘で、この婚姻になんのメリットも価値もないのはその通りでしょう?そんな女を靴一足を理由に婚約者にしようとするアンタがおかしいのよ」

「そんなことないと思うけどなぁ……」

「あるわよ」


白々しく首を傾げている王子に深々とため息を吐いて、私は吐き捨てた。


「あのクソ爺、アンタへの態度はアレだけど、言ってることは一応まともよ?異常なのは私と結婚しようとしているアンタ」

「うーん……」


不満げに唇を尖らせている王子を放置して、私は何回目かのため息を吐く。思い返すだけでも腹が立つが仕方ない。この馬鹿に叩き込まねばならないのだ。私は気合いを入れ直した。


「そもそもアンタ、何を言われたか覚えてる?」

「そりゃもちろん覚えてるさ」


両手を広げて堂々と言い切った美貌の馬鹿は、満面の笑みでウインクを寄越した。


「あのおデブさんには、早めに君が特上の宝石だって分からせてやる必要があるよね!取り急ぎ何か現物の石を贈ろうか?」

「ちげぇよ」

「ぐぁ」


飄々と適当なことをぬかす王子様の股間を私は下から蹴り上げた。悶絶する軟弱者を見下ろして、私は腕を組んで仁王立ちする。


「宝石の話はどうでも良いんだわ。問題はアンタの()()()()よ!」






「こんなその辺の石ころを拾ってこなくても、いくらでも最上級の宝石を用意しておりますのに」

「え?」


小声で、けれど明らかにこちらに聞こえるように落とされた呟きに、私は眉を上げた。視線を巡らせれば、腹の出た悪趣味な中年男がこちらを睨んでいる。どうやらこいつの発現らしい。


「宝石にはわたくし、興味ありませんの。ごめんあそばせ」


にっこりと笑いながら、意図を捻じ曲げて返答する。隣の王子がきれいな微笑のまま口を開こうとするのを制して、一歩前に出た私は軽やかに笑い声をたてた。


「おや、平民のお嬢さんは、やはり素朴な感性をお持ちなのですなぁ」

「ふふふっ、恐れ入りますわ。ブディ財務大臣」


自己紹介を済ませているにも関わらず、私の名前を呼ぼうとせずさも馬鹿にした口調で言ってくる肥満男を名指しで私はコロコロと若々しい笑い声をあげた。


「でも、必要ありませんわ。殿下も素のままの私を好んでいらっしゃるのですって。ねぇ?」

「はは、そうだね。さすが大臣、彼女の良さを見抜くとはお目が高い。このみずみずしい美しさの前では、どんな石ころも霞んでします」

「ふふ、言い過ぎですわ」


いちゃいちゃと背筋の寒くなるような会話を繰り広げていると、見せつけられた大臣は眉間に深い皺を刻んで口の端をピクつかせている。そして、主導権を取り戻そうというように、無駄に豊満な体をゆすってわざとらしく大声で笑った。


「ははぁ、お仲がよろしいことで!ですが、王妃殿下は宝石蒐集がご趣味では?お話が合わないと大変ですなぁ」

「ご心配いただきありがたく存じますわ、お優しいのね」


脳内お花畑の純真娘を演じて、手を合わせて心からの感謝を捧げてみる。隣の王子が笑いをかみ殺しているのが見えたが放置した。私の好きにさせろ。なにせこの肥え太った醜男が喧嘩を売ってきたのは私なので。


「でも問題ございませんわ。先日お話したときにも、重い石で飾り立てなくとも、若さは何よりの宝石だと先ほど王妃殿下にもお言葉をいただきましたの」

「ほほっ、それはそれは、やはり王妃殿下はお優しい。まぁ、王家の方がお付けになるような装飾品は、平民出のお嬢さんの細い首には重すぎますものなぁ」

「あらぁ、たしかに私、首だけはこの会場のどの方より細いかもしれませんわ!」


嫌味の通じない馬鹿な小娘を演じれば、肥満男は苛立たしそうに瞼をぴくぴくと震わせた。仮にも王子自ら選んだ婚約者候補に対して、直截に嫌味を言うわけにはいかないのだ。私への攻撃に手応えがなくてよほど欲求不満なのだろう。無理に作り笑いをしているせいで、唇は引き攣り見苦しくめくれ返っている。いい気味だ。


「ははは、たしかに平民育ちとは思えない細いお首に細いお体。重いものを持たずに育った深窓の令嬢のようではありませんか」

「まぁ、そう見えますの?でも実は私、とっても力持ちですのよ。お嬢様方には持てないような重ぉい道具をもって、お掃除やお洗濯やお料理をしておりましたの」


言外に卑しい平民のくせにと言いたいらしいが、重いものを持ったことがないようなお嬢さんたちより私の方が遥かに心身共に強靭だ。遠まわしにそう言ってやれば、肥満大臣は忌々しそうな顔で私を睨んできた。うわ、顔の肉に眼球が埋まりそうじゃないか。みっともない。これだから召使いになんでもやってもらう金持ちはダメなのだ。私の中の軽蔑はぐんぐん巨大化した。


「おや大臣、彼女の細腰をいやらしい目で見るのはいただけないな」

「まぁ殿下ったら!そんな目で見ているのは殿下くらいですわ」


バチバチの乱闘の中へ、妙に生き生きと乱入をしてくる王子を言外に押しとどめ、私は嫣然と笑う。


「それにしても、大臣のご発言は殿下にも失礼ではありませんこと?」

「は。はて、なんのことやら」

「だって、宝石を用意する、なんて」


クスクスとさも愉快なことを聞いたかのように笑って、私はゆるりと目を細めると、侮蔑するように冷たくデブを見返した。


「まるで殿下が、用意してもらった宝石を身に着けることしかできない無能、とでも言っているようなものではありませんこと?」

「え、あ」


思いもかけない指摘だったのか、大臣はぽかんと口を開けて固まった。


「欲のない御方だから()()()()()を欲されないだけ。けれど望み求めたのならば、殿下は自ら竜の岩場に赴いて、伝説の紅水晶だって獲りに行ける男ですわ。偉大なる健国王の血をひく、勇猛にして慈悲深い、()()()()()()()()()()()()()()ですもの。……大臣のお考えは、違っていて?」

「ッ、いえ、そんな!殿下に何か思うところがあったわけでは」


遠回しではあっても、王位に思うところでもあるのか?と問われた男は慌てていた。こんな愚鈍な見た目でも、危険察知能力はそれなりに高いらしい。大臣サマをしているだけはある。


「あら、ではわたくしに?どんな思うトコロがおありだったのかしら?」

「え、あ、いえ、その」


危険思想を持っていると思われてはならないと咄嗟に否定したものの、今度は私に言葉尻をとられて詰めらる。こんな小娘に詰められるとは思ってもみなかったのだろう。大臣はぎょろぎょろと視線を彷徨わせて、唇を舐めるばかりだ。


「……小物ね」

「くふっ」


唇を動かさず、ぼそりと口の中で呟いた感想をすぐ隣で拾った王子が喉を痙攣させて笑いを噛み殺している。横目に見れば綺麗な顔に浮かぶ完璧な王子様然とした笑みは、今にも決壊しそうだ。ふるふると震えている。ツボにはまったらしい。


「ねぇ、大臣は私にどんなことを思ってらっしゃるの?浅慮で無知な私に、どうか教えてくださらない?」

「あ、あの……ぁ……ぅ……」


ぐいぐい迫る私から逃れるように、大きな体が後ろに数歩後退る。ダラダラと冷や汗を流しているせいで、大臣の白い襟がじんめりと湿っていくのを冷めた目で眺め、私は唇を緩めた。飽きた。そろそろ逃がしてやるか。


「あっ!まさか、()()()()()が選ばれるべきだ、ということですの?」

「へ?ッはい!?」


ハタと気がついたというふうに目を丸くして手を叩く。すると大臣は一瞬固まった後、発言の意図を理解すると、先ほどとはまた違う方向に慌てはじめた。


「や、え!?いや、まさかまさか!私は男ですし!既婚者ですゆえ!」

「あらそうですの!大臣は若く美しい男性がお好きなのかと思いましたわ!先ほどもお綺麗な少年を連れてらっしゃいましたし」

「とんでもない!我が家で預かっている隣国のご令息ですので!滅多なことを仰いますな!」

「アラァ!私の勘違いでしたのね、申し訳ありませんこと!」


大きな声で朗らかに言うと、周りがざわつき、大臣はますます顔色を悪くした。焦って否定しながらも、私を焚き付けると碌なことにならないと学んだのか、低姿勢に懇願してくるのが面白い。まぁ隣でこの国で二番目に高貴な男が微笑ましそうに眺めているものね。ここで私を非難する胆力はないでしょう。なにせ最初に突っかかってきたのはこのおデブさんなのだし。私がしているのは正当防衛ってやつである。多分。


「おほほ、面白い方。てっきりあなた()ご令嬢方と同じように殿下に片思いしてらして、殿下に選ばれた私に嫉妬してらっしゃるのかと」

「はっ、はははっ、面白い解釈でいらっしゃる」

「そうですわね!そんなはずありませんわよねぇ、狭い世界で蝶よ花よと育てられた物の分からぬ無知なお嬢様方と違って、大臣は物の道理の分かる、思慮深い方ですものねぇ」

「そそそそそうですとも!」


嫌味をふんだんにまぶした私の言葉と、背後で静かに笑っているだけの王子を見て自分の不利を悟ったのだろう。大臣は血の気のない顔で捨て台詞のように叫んだ。


「ガラスの靴が履けた貴女こそ、王子様の想い人シンデレラ!」


勝った。

そう満足して肥満大臣に別れを告げ、休憩のため別室に移動した、……のだが。


「はっ、しまった!」


私は、ハタと気づいた。


「ん?どうしたんだい?」

「本来なら、ここで私が婚約者に向いていないという方向に世論を向かわせるべきだったんじゃない?」

「……っ、あははははははは!」


自ら売られた喧嘩を買いまくって毎回返り討ちにしていたことに気づいて、私は頭を抱えた。しかし王子は大声で笑いながら「今気が付いたの?」と私を憐れむように見た。


「そういうところ、私は本当に好きだよ」


笑いすぎて涙のにじむ目元を拭いながら、王子はしみじみと言った。







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