承3
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「まじで何この茶番」
「ごめんってば。僕は十年以上パートナーがいなかったから、父上もご機嫌になっちゃって」
「いやもうお前は死んだ相手を思って独り身を貫けよ」
本日は、二週間後に迫った王様主催の婚約披露パーティー、の練習のためのチョットしたパーティー。なんだそれ。
案の定、ろくでもない狸親父から二人でファーストダンスを踊れと言われたのだ。ここ最近死ぬ気で叩き込んだステップをなんとか繰り出しながら、私は毒づくしかない。
「一生独身かぁー。まぁ、正直そうしたいのは山々なんだけどもね、状況が許さないもので」
「おい」
「ふふ、失礼」
それは現在進行形で密着して私の腰を抱きながらの発言としていかがなものか。おもわず真顔で突っ込んだ私を見下ろして、王子は小さく笑った。
「唯一の直系王子としては、そう言うわけにもいかないからさ。もうこの流れに乗っちゃおうかなって」
「勝手極まりないわね。生まれながらの王子様はさすがの傲岸不遜ぶりだこと」
厭味ったらしい私の言葉を受け流し、王子は笑みを浮かべたまま頷いた。
「そうかもね」
あっさりした肯定にイラっとしてジロリと睨み上げると、王子は苦笑まじりに目を伏せた。
「……あとは、まぁ、……ね」
ぎこちなく足を出す私を優雅にエスコートしながら、王子は何かを言いかけた後で、くしゃりと目を細めた。柔らかく頬を緩めると、私を包み込むように見つめ、小さな声で呟いた。
「誰かと結婚しなきゃ行けないんだとしたら、靴が履けた君がいいなって僕も思ったりするもので、ね」
どこか祈るような言葉に、ふんと小さく鼻で笑う。勝手な話だ。
「まだお互いを知り合う前なのに?」
周りに気づかれないよう唇に微笑だけは刻んだまま、冷めた半眼で吐き捨てる。それでも王子はたじろぐことなく笑って言った。
「だって、ガラスの靴が選んだ女性だし」
ガラスの靴。
この男はそればかりだ。
「他の女のために作った靴で選ばれても嬉しくないんですけど?」
「他の女には履けないはずの靴を履けちゃったのは君だからさ」
「うぅ~~っ、はぁあああ」
運命かなって、と歌うように呟く呑気な王子様を見上げて、私はしばらく喉の奥で唸ってから深いため息を吐いた。
「くっ、なんで履けちゃったんだマジで」
さて、作り笑顔で嫌々のファーストダンスを終えたはいいものの、私を待つ会場は多方面に最悪だった。今日も今日とて嫌味と皮肉のオンパレード。平然と微笑をたたえてやり過ごしている王子の横で、私は早々に根を上げ、心の中で神と王を罵倒した。
「なんか変なオッサンに、王子様と婚約をすることになるから光栄に思えとか言われましたけど!」
地獄の挨拶回りの途中、あまりにも憎々し気に睨んでくるオッサンが謎過ぎて、私は王子と二人になった瞬間に問いただした。なんせ、私のドレスの下にある足をずっと睨みつけてくるのだ。キモイし謎過ぎる。苛立ちは限界であった。
「あー、あの人は王家お抱えのシンデレラ研究の大家だよ。魔法のガラスの靴について研究してる。靴が新しい別の女を選ぶなんてありえない!て気絶したんだ」
「気絶!?」
思いがけずインパクトのある話が出てきて私は目を見張った。そしてつまらないパーティーの中に現れた小さな愉快の種を手放すには惜しいと、王子の腕を引っ張って止めた。
「なにそれ面白い。もう一回話してきましょうよ!」
「くく、君のそういう感性が僕はかなり好きだよ」
ふにゃりと目を細めて、楽し気に見下ろしてくる王子をにっこりと笑って見上げて私は言った。
「憤死って本当にあるのか気になってたんですよねぇ」
「やめてあげよう?」
私の無邪気な発言に、王子は途端に真顔になった。そしてガチッと腕を捕まえたまま次の挨拶相手のもとへと向かっていく。チッ。ちょっとしたチャーミングな思い付きなのに。やっぱりつまらない男だ。
「何あいつ!きもっ!」
「感想が端的だね」
最高級品を身に着けていると思われるのに、やけにネットリとした気色悪い三十前後の男性、いや、十四歳の私からみたらオッサンだ。キモイオッサンとあいさつを交わした後。私は鳥肌のたった両腕をなだめるようにさりげなく、けれど必死でさすさすと擦った。
「一言しか挨拶していないのに、こんなに不快なことある?ってくらい不快でした」
「あの人も嫌われたもんだねぇ」
笑いをかみ殺した王子の、やけにフランクな言い方が気になりつつ私は喉に流し込まれた毒を吐き出すように「気持ち悪い気色悪い本気で無理」と繰り返した。
「一般的にはご令嬢に大人気の貴公子なんだけれどね。僕の次に」
「全然刺さらないわ。なんなら王子より刺さらない」
「……それは喜んでいいやつ?」
シンプルな私の本音に複雑そうな顔で首をかしげる王子に、私は押し殺したため息を漏らした。会場中の視線を集めている自覚はある私は、あからさまに顔をしかめるのは堪え、声に精一杯の苦々しさを込めた。
「目つきがねっちょりしてて、すごい生臭いにおいのする腐った沼地みたいな湿度感」
「比喩が容赦ないね」
「とにかくもう会いたくないですあのオッサン」
心底忌々しそうに吐き捨てる私を一瞬だけ気まずそうにちらりと見下ろしてから目をそらした王子は、とんでもないことを言った。
「それは無理かなぁ……あれは、王弟殿下だからね」
「は?王弟?ってことは王子の叔父?」
ぎょっと瞠目して見上げた私の責める視線を華麗に無視して、王子はあっさりと続けた。
「そう。つまり君の義理の叔父になるってことさ」
「無理すぎ」
ケッと行儀悪く吐き捨て、私は据わった目で王子を睨みつけた。
「あれと親戚になりたくないから結婚はマジで拒否したいですねぇ。……ってことで、早く私を解放してください。さぁ。はやく」
日課のように、いや、息を吐くように無理矢理結ばれた婚約の解消を迫る。しかし日に何度も繰り返されるやり取りだ。王子はにっこり笑って適当に流した。
「あーむつかしいけど善処しますねぇー」
「お役所言葉のお断りじゃん。お役人かよ」
「王子は究極の役人だよ。役人の総元締めだからね」
「随分とキラキラしい役人ですね?」
「……ッ、く、ふふっ」
「え?」
漏れ聞こえてきた笑い声に目線を上げると、ふくよかなご夫妻に温かい目で見つめられていた。たしか先ほど挨拶をした公爵夫妻だったか。慌てて唇の端を持ち上げて会釈すれば、王子も苦笑して肩をすくめた。
「おや、お恥ずかしいところをお目にかけてしまったようだ」
私と話しているときとは違う、どこか余所行きの少し低い声。ひょいと眉を上げる仕草にも余裕がにじみ、柔らかく弧を描く唇には控えめな自信がたたえられている。すっと纏う空気を変えられるのはさすがというべきか、私にもそういう態度で接しろと腹を立てるべきか。さっきからお偉い方々とのご挨拶のたびに見せられる『外向きの王子様』は、ひどく振り回されている私にも、うっかり頼れる素敵な殿方な気がしてきてしまう。
(……ホント、こうしていれば、イイ男なのにねぇ)
無言で微笑みながら私はあきれ果てる。本当に、せめて外面で口説け。なぜ情けなさ全開で向かってくるのか。己の顔面によほど自信があるのだろうが、私はあいにく見かけに囚われないオンナなのである。
「殿下は早くも幼な妻の尻に敷かれておりますな」
「いやはや面目ない。見られたのが公爵でよかったよ」
「確かに。仲がよろしいようで何よりだが、周りは見た方がよろしいな」
笑いをかみ殺した好々爺に言われて、気まずく顔を上げて王子と目を合わせる。そんな様子も微笑ましいと言わんばかりの視線を受け、私はいたたまれずに目を伏せた。たどたどしい取り繕いでは、ますます笑みを深められてしまった。
「結婚式が楽しみですね、シーラ嬢」
「……ふふ、ありがとうございます」
真剣に婚約解消を望んでいるのだが、言えるはずもない。ついでに、この二週間の密度が濃すぎるせいか、もはや王子との言い合いに馴れが出てきて、じゃれあいのようになってきてしまったことも自覚している。傍から見たら、確かに蜜月の恋人同士のいちゃつきにしか見えないだろう。
「……まずいわ」
何を馴染んでしまっているのかと危機感を抱いて眉間にしわを刻む私を、王子は楽しそうに見下ろしていた。




