結1
一話前が未完成な状態で公開されていました。すみませんでした。書き直しましたので、よろしければお読みくださいませ。
王子婚約者候補誘拐事件の翌朝。
一晩ぐっすり眠った私は、朝一番で国王に呼び出された。
「まぁ、その顔を見るともう察しているだろうが」
ほのかに口の端に苦笑を滲ませた国王は一つため息を吐くと真面目な顔をして、しれっと冷たく見返してくる私に告げた。
「今回の絵を描いたのは私だ。息子のかつての婚約者は我が弟に殺された。いずれは息子が狙われるだろう。なんとかせねばならなかったが、わが弟ながら狡猾な蛇だ。たいした証拠はなく、冤罪で王弟を捕えることは難しかった。だから……シーラ嬢。私は最初から君を囮に使って、王弟を捕えるつもりだったのだ。これはちょうどよいと、あからさまに結婚を推し進めて、性急に婚約披露と立太子式典を予定し、王弟を焦らせた。蛇も、焦れば尻尾を出すからな」
「ほほ。私が平民だから、都合よく駒として使い捨てられると?」
「否定はしない」
不遜な態度で笑い、嫌味に首を傾げた私に怒りもせず、国王は渋い顔で頷いた。
「前回の婚約者が王城内で突然死した後は、当たり前だが、本当に大変だった。たとえ殺されるとしても、貴族令嬢よりも平民の方が、国に与える影響は少ないのは確かだ。まぁ、息子がほかの令嬢を受け入れなかったからというのもあるが」
揺らぎのない視線からは、長年王座に座ってきた王が数々の苦悩を乗り越えた果ての冷徹さがあった。
「だが、いくら婚約者候補に召し上げたとはいえ、今の君は平民で、貴族ではない。本来ならば、私は君を利用すべきではなく、力ない一人の民として守るべきだった。しかし国を守るために、私は君を危険に晒した……それが王のすべきことと考えたからだ」
静かな眼差しで一息に話した王は、私の目を見て続けた。
「シーラ嬢、今回は平民の君には到底逆らえぬ王命をもって、息子の婚約者候補という立場を押し付けて、……本当に、すまなかった」
項垂れて横に座るだけの王子を横目に、真顔の国王はとんでもない詫び言を口にして、その上、しっかりと頭を下げた。私は軽く瞠目し、側近たちは目をむいた。明らかにぎょっとして何かを口にしようとした側近たちを片手を上げるだけで制してて、王は口を開く。
「だが、こちらの事情を理解してくれるとありがたい。そして君はきっと理解してくれるだろうと私は信じているよ」
「……ええ、そうですわね」
正直なところ謝罪を受けるとは思っていなかった。前婚約者が殺された後も大した対応をとっていなかったようだし、命を駒に見ている爺かと思っていたが、想定よりはまともな狸親父なのね、などと内心で思っていることはおくびにも出さず、一瞬の沈黙の後で私はにこやかに微笑んだ。
「ふふ。まぁ、大変危ない目には遭いましたけれど。陛下の目論見通り、王弟殿下のしかけた罠にかかった間抜けは私ですもの。国王と王弟、こんな尊いお二人に負けたのならば仕方のないことでしょう。むしろ諦めもつくというものですわ」
「……そうか」
口元を隠して微笑む仕草が思わぬ上品さだったのだろう。私を疎んでいた側近たちは更にぎょっとした顔をして、私と国王をチラチラと見比べる。王は真剣な目で私を見据えたまま、何かを測るようにかすかに目を細めた。
「それに陛下のおっしゃる通り、無駄な王位争いで国が炎に包まれるよりは、死ぬとしても私一人のほうがはるかにマシですわ。謀反の種は早めに潰すのが最善。そちらでしょぼくれている王子様は、甘くてお間抜けで嘘がつけない御方ですから、陛下がそこのお馬鹿さんに知らせなかったのは英断だと思いますわ」
こちらを見もせずに俯いている情けない王子様をジロリと睨みながら嫌味たらしく言えば、王子は動揺したように小さく肩をゆすった。しかし顔を上げてこちらを見ることはしない。本当に情けない男だ。少しくらい言い返せ。国王も横目で息子を見るとため息を吐き、私を見て肩をすくめた。
「……ふふ、確かに息子が求めるだけあって、見事な娘だな」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
厳しく躾けられた通り、目と唇を柔らかく緩めて美しく笑う。まるで生まれつきの高貴な淑女のように物わかりよく、微笑の中で話をおさめた私に、国王はしばらく沈黙した。そして、深いため息をつきながら首を振る。
「いやはや、君のように肝が据わった女子が義娘になってくれたら、やはり嬉しいが、まぁ……そこは我が息子に任せるとするよ」
「任せてしまってよろしいのですか?陛下がお命じになれば、いつぞやのように、私は断れませんのに」
皮肉を告げて笑う私に、国王はパタパタと片手を振って苦笑した。
「いや、せぬよ。王家の威光で無理に婚約者を命じて、挙句の果てに将来有望な令嬢を喪うなんて救いのない結末は、一度で十分だ。私はハッピーエンドが好きなんだよ」
かすかな茶目っ気を覗かせて、国王は唇の片端で笑む。
「今後のことは二人に、……いや、君に任せよう。本人の意思を無視して、何度も命を懸けさせるわけにはいかないよ。……平民の娘である君の幸せが、『王子のシンデレラ』だとは限らないからな」
「お優しい国王様ですこと。さすがは王子様のお父様ですのね」
にこっと私は平民らしく無邪気に笑って片目を瞑った。
「では、話し合いのために、王子様は連れていきますわね」
「ああ、煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
この国一番の権力者の許可を得て、ずかずかと王子に近づいた私は、泣きそうな顔の情けない成人男性の首根っこをひっつかみ、謁見室を退室したのだった。
さて、普段の能天気さはどこへやら。深刻に思いつめた顔をしている馬鹿王子を、どうしてやろうか。




