9話.物語は終わり、それでも続くものがあった
青空の下で、一組の男女が会話をしていた。
「姉ちゃん! それでどうなったんだ!?」
男の方は、十歳程の年齢だった。まだまだ少年といった方がしっくりくる年齢である。
「うーん、この後どうなるんだったかなあ……?」
対して今困り顔を見せている女性の年齢は、少年より五歳程高いように見える。姉ちゃんという呼び名も仕事して、この会話だけ抜き取れば、彼らは姉弟にしか思われないだろう。……事実だけを述べるならば、少年と少女に血の繋がりは無いのだが。
だがそれでも、親しい間柄なのは容易に想像できる。
「えー! こんなに良い所で忘れちゃうなんて、酷いぜ!」
「あはは……ごめんね? 私も人から聞いた話だからさ。滅多な事は言えないし」
「気になるよー!」
少年は少女に言葉を返した。少女は申し訳なさそうに謝罪をする。それは何処までも気楽で、心地の良い空気が辺りを支配していた。
つい先程まで、少女は少年に物語を語っていた。と言っても、それほど大した話じゃない。ごく普通の青年が強大な力を持つ少女に惹かれ、憧れ、そして最後には少女を護った。そんなありふれていて、けれども尊い夢物語。
「どうしても気になるなら……」
因みに少女の方は、この物語の続きを知っている。知っていて、それでも忘れてしまったと嘘をつく。何故ならば、その方が面白いからだ。
「姉さまに聞いてみるといいよ」
少女は少年にアドバイスをする。少年はいずれ、あの人に物語の続きをせがむ事だろう。その時の反応を予想して、金色の髪を持つ少女は口元に笑みを浮かべた。
木々が生い茂る森の中。その中にぽっかりと空いた空白の大地がある。木々に囲まれている森の中で、その場所は明らかに異質だった。
その場所の丁度中心。そこに、一人の女性がいた。
美しい銀色の髪に、黒いドレスを着ている女性だ。
女性はいくつもの感情を押し込めた表情をしていた。喜怒哀楽、ありとあらゆる感情が込められた、そんな複雑な表情だ。
「……サルク」
女性は、ポツリと呟きを漏らす。その言葉に込めた思いは、どれほどの物なのだろうか。しかし残念ながら、彼女の言葉は誰にも届かない。行き場の無い思いが、宙に溶け消えて行った。彼女の呟きを正しく理解出来る物は、この場所にいなかった。
正しくこの場所は静寂だった。木々も、そして彼女も、あらゆる命が沈黙していた。
ザッ、ザッ、ザッ。
この場所に似合わない足音が響き渡る。足音の主は、青年――いや、そろそろ壮年といった方がしっくりくる男性だった。
「ドラゴン……」
ふざけているのがはっきりと分かる声色で、男性は女性に声を掛ける。このやり取りは、彼らの中で何回も交わされたやり取りだ。下を向いていた女性はクスリと笑い、続く言葉を言おうとして――止めた。その代わりに、別の言葉を伝えたのである。
「名前で呼んでと、言ったではないか」
男性は暫しあっけにとられ、そして笑った。空はどこまでも綺麗で、そしてどこまでも平和で。これからもこの日常は続いていくのだろう。
なんて、根拠の無い確信を抱いたのだ――。
完結しました!
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