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アーリア  作者: 猿蟹月仙
21/102

第20話『大合唱』

 燃え盛る焚き火の炎が、ゆらゆら揺れる赤い点となって周囲を浮かび上がらせ、それに合わせて半裸全裸の小人達の大きな影が幾つも幾つも躍り回る。


麦酒を回せ~♪ カップを空けろ~♪


今年の出来もどえらく良いぞ~♪


何~て美味いんだ、朝まで騒げ~♪


雄鶏鳴くまで目ん玉開けろ~♪


 肩を組んでは体を左右に揺すり、歌に合わせてカップを振り回す。30人からの大合唱が漆黒の夜陰に響き渡り、もちろんの事でアーリアも一緒になって歌った。


(うわぁ~、朝までコースだ~)


 ゲラゲラ荒れ狂うおっさん熱気。止まる様子も無く、それに押し流されていくアーリア。

 そんなアーリアの視界の隅で、ダンチョーが誰かと話をしている。座り込んで、額を寄せ合い何事か・・・


(あれ? あんな人いたっけ? あんな人・・・)


「ほれほれ!! アーリアちゃん!! もう一曲!! もう一曲じゃっ!!」

 不意に、お隣さんにぐいっと肩を引き寄せられた。

「うはっ!? は、はいっ!!」

 たちまち嵐の中の小船の如く、熱気の渦へと引きずり込まれ・・・



 ハッと気付くと、陽光暖かな真昼間!

 リュートを後生大事に抱えたアーリアは、体を丸めて大地に熱烈キッス中。

「・・・あ・・・あれ・・・?」

 口の中で、じゃりっと土の味。

 直接、頭骨に周囲を歩く気配がまったりと伝わり、それがなんとも心地よい。

 背にはマント。それにくるまれる様にして、日差しが四肢を暖めてくれている。それまたこれが心地よい。

「んふぅ~・・・」

 初めて能動的に息を吐く。

 どれだけ思考停止していたのか、気だるくもそっと体をまさぐり現状確認。これはある・・・これはある・・・これはある・・・何とも動物的感覚でなんとな~くに。


 ふと誰かが目の前に立ち止まった。

 その気配は明らかにあからさまで、攻撃的なオーラをびんびんに伝えて来る。

 そっと目を開けてみようと・・・

 ダン!

 目の前に、いきなり木の桶が!

 ちゃぷんと、水の跳ねる音。

「起きたな! 顔洗え!」

 フッと笑う様な気配。

 この声は・・・

 あかん・・・

 名前が出てきぃひん・・・

 あれれ、言葉のあんか変やのん。

 あれだ。あれあれ。あの・・・


「ポーク!」

「誰がじゃっ!!」

 ゴイン!

 ガチンと歯が。ぱっと目の前に光が散って、あたしはゴロゴロのたうった。

 笑いながら去って行く! あのやろ~っ!


 ガリリっと体の下で、リュートが悲鳴を上げて、慌てて跳ね起きた。

「あ~ん、せんせ~のリュートが~!」

 パタパタと土埃を払って、傷がどんなのか確かめる。

「う~・・・」

 大した事なさそうなので、ホッと胸を一撫で。そうなると、この頭頂部の痛みが怒りをふつふつと沸き立たせてくれる!

「こ、この豚野郎~っ!!」

 固まった四肢で何とか立ち上がり、ふらふらっと見渡すと、一瞬だがホークの姿が、かさりと草原の中へ消えてしまった。

「ばあ~か! ばあ~か! のろまな亀みたいに、這い蹲ってろよ~!」

「うっきーっ!! どこ行ったぁーっ!! そこかぁー!!」

 声はすれども姿は見えず、ほんにあいつは屁の様な。

 そんな古いお調子が脳裏をよぎるが、ダッシュであの辺に向かって駆け出した。


 木の桶には、気持ち良さそうな水が。あれで顔を洗ったら、どんなに気持ち良いか。

 昨日作った竈には、平たい石が置かれて、その上でぺったりとしたパンみたいな物が焼かれてる。焼き立て、美味しそ~!!

 一瞬でも後ろ髪を引いてくれる要素がころころしてたけど、それを振り切って全力疾走。

 すると、すぐ右手の草むらからあの野郎が飛び出した。

「そんなもんがお前の全力かよ! はっはぁ~だ!!」

 お尻ぺんぺんと、これまた滑稽なあっかんべー!

 頭の中で、何かがブチリと千切れる音が。

「こ、こ、このチビ○ロサンボがぁ~っ!!」

 差別的な言葉を次々と並べ立てながら、駈けた、駈けた駈けた、転んだ。すってぇ~んと。


「う~・・・」

 前を見上げると、草の向こうでこっちを見てるあん畜生。

 すっと澄ました表情が、にやっと笑う。

「うっきーっ!!」

 多少のダメージは無視! リュートは背中に回してあるから大丈夫! のはず!

 それにしても、すっごく暑い!

 こちらが立ち上がると、すっと身構え、こちらが走り出すと、同じタイミングで走り出す。

「ば、馬鹿にするなぁーっ!!」

「はーっはっはっはっは!! 悔しかったら、捕まえてみろやっ!!」

「なんじゃそりゃぁっ!!」


 素足ですたたたっと駆け抜けて行く丘小人の走りの、その見事な事。呆れる。まったくもって呆れかえる。

 こっちは、必死にひいひいモードなのに、どういう鍛え方をしているのか、背中をシルフが押してるんじゃないかって位に軽やか。

 駄目だ! 限界っ!!


 ばたんきゅ~と五体投地。草むらのベットにダイブした。

「なんだよ~、もうお仕舞いか~! だ~らしねぇ~なぁ~!!」

「や、やかまし~・・・」

 こちとら、元気のげの字も出ないくらいにへとへとだい!

 憎ったらしくも軽やかな足取りで近付いて来るあんにゃろめ。

 一瞬、ギラッとした殺意を覚えたけど、も~そんなのどうでも良い!ってくらいに暑い暑い。ここは地獄か、地の底か? み、水をプリーズ!!

 ごくりとつばを飲み込もうとするんだけど、舌が上あごに引っ付いてしまう。

「あ~、あんとき、あの水飲んどきゃ良かった・・・カラカラだったのが、カラカラカラカラって感じじゃないの・・・ど~してくれるのっ!?」

「知るか! そんな細っせー足で、追いつく訳ないじゃ~ん」


 そう言ってからホークは、えいっとばかりに素足でアーリアの細い足を引っ掛けるとゴロン、仰向けに転がしてみた。

 それでもわたわた何とか背負っていたリュートを庇うんだから、よっぽど大事に違いない。

「そんなに大事なのか~・・・」

 ニヤリ。

 言葉に出してみると、ビクッと怯えた色を瞳に浮かばせた。

(あ・・・)

 やり過ぎたかな~と、ヒヤリ。

 まぁ、いいか!

 ごろり。

 アーリアと少し離れた草薮に転がり込んだ。

「あ~、いい天気だ! 風が気持ち良いなぁ!」

 ま、こういう時は、お天気の話からってのが常識だ。

「知るか。ボケ、カス、ゴブリンの糞が」

(こ、この小娘ぇ~・・・)

 即答で帰ってきた言葉に、ぎゅっと拳を固めるホークだが、ここは成人小人としての余裕を見せるべきだろうと、考えを改めた。俺は大人。相手は子供ガキ

 ふふん。俺っておっとなぁ~♪


 何か目の前で変にニヤついているのが不気味だったけれど、アーリア的にはそれどころでは無かった。

 とにかく暑いのだ。水が欲しくて欲しくて仕方が無かったのだけれど、目の前の小人に頼むのはどうにも屈辱的。頼もうものなら、俺の小便飲むか的な事を言って来かねない。

 だがしかし、限界だ。

「あ、あのさ・・・」

「ん? 何かな? お譲ちゃん」

 うげげ。口調が気持ち悪い。だがしかし、限界だ。

「水、持って無い?」

「無い」

 即答である。

 判っていたけど、これが絶望だ。

 そして、この豚野郎はあろう事か、じっと己の股間を見つめ・・・えらく真面目な顔で・・・

「俺のションベン飲むか?」

「死ねっ!!!」

 あ・・・今の一言で、最後の力を使い果たした気分。

 くらっと暗転。目の前が真っ暗に。ああ、絶望で何も見えない・・・


 水の中ならこんな風に喉が渇くなんて事無かったのに。


 あのキラキラした水面が懐かしい・・・


 ああ・・・キラキラ・・・


 何とも言えない、水底からの光景が、アーリアを誘っている。


 人は死ぬ時に、それまでの人生での出来事が走馬灯の様に思い浮かぶと言う、そんな話を思い出した。


 そのキラキラに向かって、アーリアは手を指し伸ばす。


 口からは、名状し難い響きが。そのキラキラそのものへと呼びかけた。


 スッと鼻腔に水の気配が。


 まさかと思うけど、そっと目を開けて、腰紐を解いてるホークを見た。あたしの頭上で。おいおいおいおい!!


「ば、馬鹿ホーク!!」

「お、おおおお・・・」

 変な顔が更に変な顔になってる!

 元気があったら、即座にその股間へ、ぐーパンチを畳み込んでやるものを!

 そのホークの変な顔が、また数倍変な顔になった!

「お前、何やった!?」

「へ?」

 後頭部に冷たい感触。その勢いが増すと、見上げてる空に向かって、冷たくも心地よい水が吹き上がって見えた。

「水!?」

 そう言って開いた口に、確かに水が!

「水だ!」

 体をひねって四つんばいになると、リュートを濡らさない様に抱え込み、その草の下からそれらを押し上げる様に沸き立つ泉に、笑顔で頭から突っ込んだ。


 冷たくて美味しい水だった。

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