選ばれなかった未来へ
──放課後、誰もいない美術室。
静かな空気の中に、ただひとり。
莉子が、イーゼルの前で筆を止めていた。
「……セイタ先輩。来てくれたんですね」
背を向けたまま、静かにそう言った。
「今日、ここに来るって……誰にも言ってないはずなのに」
(そうか。莉子は……)
この世界では、俺は真央と付き合っていた。
沙耶とも程よく距離を取っていた。
「“今回は”そうするべきだ」
そう判断して選んだルート。
でも。
「──わかってますよ、全部」
莉子の手が震えていた。
「私のルートじゃない。そう思ってるんでしょう?」
言葉を失った。
でも彼女は続けた。
その背中は、笑っていた。
「ちゃんと理解してます。先輩が優しいこと。誰よりも真っ直ぐなこと。
それに……この世界が、何度も繰り返されてることも」
静かに振り返る莉子。
「ねえ、セイタ先輩。
もし“最初から”私を選んでたら、世界はどう変わってたと思いますか?」
それは、
「選ばれなかった未来」を知る者だけが問える言葉だった。
「……今、私が望むのは──」
「“私じゃない未来”をちゃんと見届けてほしいってこと、です」
そして彼女は、ほほ笑んだ。
寂しさと、強さと、誇りを込めた、優しい微笑みだった。
──涙が止まらなかった。
選ばなかった未来にも、こんなにも美しい“想い”があったんだ。
俺は、胸に刻んだ。
(全部を忘れない。
この痛みすら、未来に繋げてみせる)