観測者の涙
「……お前が、ループを作ったって?」
セイタは教室の隅で、信じられないというように千紗を見つめていた。
誰もいない夕暮れの空間。
ガラス越しの西日が彼女の髪を金色に照らしている。
「うん。全部、わたしが……君の願いを叶えたくて」
千紗は静かに、そう言った。
「どうして……?」
「君が、誰も選べなくて苦しんでいたから。
誰かひとりを選ぶたびに、他の誰かが泣いてた。
君自身も、笑えなくなってた」
セイタは黙って目を伏せる。
そのとおりだった。
やり直すたびに、罪の重さだけが増していく感覚。
“幸せ”は選んだ人にだけ与えられて、選ばなかった人には“孤独”が残る。
そんなゲームみたいな世界に、自分は囚われていた。
「でも、それなら……どうして、今になって話すんだよ?」
千紗はわずかに笑みを浮かべ、そして――その瞳に涙をにじませた。
「……もう、見ていられなかったから」
「え?」
「全部、君のせいじゃないの。
君は優しいだけ。誰よりも真剣に、誰かの気持ちを考えてた。
でも、見てるわたしの方が……苦しかった。
選ばれなかった子たちの涙よりも、君の“諦め”の方が、ずっと……」
セイタは初めて、千紗が“涙”を見せるところを見た。
神様は泣かないと思っていた。
彼女はどんな選択も冷静に見つめている“観測者”だと、勝手に思い込んでいた。
だけど今、目の前には一人の“少女”がいた。
「千紗……」
「……神様って、便利だよね。
なんでもできるし、なんでも見通せる。
でも……何も、選ばれない」
「……選ばせろよ」
「え?」
「選ばせてくれよ、俺に。
お前も含めて、全員。ちゃんと、最後まで選ぶ。
誰かを切るような結末なんて、もう選ばない。
その代わり――お前も、選択肢の一人になれ」
千紗の目が見開かれる。
それは彼女が、誰よりも欲しかった言葉だった。
自分が“神様”じゃなく、誰かの“ただの女の子”として見られること。
「……そんなの、ずるいよ」
「俺はずるいやつなんだよ。ずっとお前の優しさに甘えてた」
「……やっと、君が見えた気がする。
たくさんの世界を超えてきた“本当のセイタ”が、今ここにいる」
千紗の涙は止まっていた。
観測者の役目を終えて、少女は微笑んだ。
――世界のルールが、静かに、揺らぎ始める。




